廃ホテル②
ホテルの一階には食堂と小さなカラオケスナックらしきものがあり、他はリネン室や従業員の休憩所、トイレがあった。
大浴場などはないらしい。
「奥のほうはやっぱ暗いな」
懐中電灯で足元を照らしながら奥へと進んでいくと、二階への階段が現れた。
「二階と三階は多分客室だよな?行ってみようぜ」
田村が我先にと階段を登っていく。
それに続いて俺達も登り始めるが、ここで島田が「ちょっと」と掠れた声を出した。
「ごめん、俺、帰っていい?なんか具合が悪くて」
島田は真っ青な顔で冷や汗をかいている。
「マジかよ、お前大丈夫?外で待ってるか?」
青山が心配そうに駆け寄ると、島田はこくりと頷いた。
青山はふらふらの足取りの島田を支えると
「俺、島田についてるからお前らだけで行ってきてくれないか?とりあえず外で待ってるからさ」
と言い出した。
「えっ、それなら僕も外で待ってたいよ……」
林が泣きそうな顔で青山のほうに行く。
さっきは怖くないかもなんて言っていたが、なんだかんだで怖かったんだろう。
結局肝試しは中断することになったが、俺は一人で二階へ行ってしまった田村を呼び戻すために二階へ行くことになってしまった。
いくら懐中電灯があるとはいえ、そして行く先に田村がいることがわかっているとはいえ、こんな廃墟を一人で歩くのは怖い。
階段を一段登る度にミシミシと音がして、その度にビクビク震えていた。
(俺ってこんな小心者だったんだな……)
二階に上がり、田村を呼ぶ。
しかしどこからも返事がない。
「おーい田村!肝試しは中止だ!帰るぞ!島田が体調崩しちまったんだ!」
目一杯叫んだが、自分の声が響くだけで田村の返事はない。
「んだよアイツ、ふざけてんのか?」
田村のことだ、きっと客室のどこかに隠れているのだろう。
俺はいちばん手前の客室のドアを開けた。
「田村……?」
部屋を見回すが、中に田村はいない。
客室内は思った以上に狭く、布団を一枚敷いてギリギリ荷物を置けるくらいの大きさだ。
和式のトイレがあったが、壁が外され剥き出しになっていた。
(こんな部屋じゃ隠れるに隠れられないか)
続いて隣の部屋、そして奥の部屋も確認する。
しかしそのいずれにも田村はいなかった。
(まさかアイツ、三階に行ったのか?)
仕方なく階段のほうに戻り、三階へ向かう。
この頃にはもう怖いという感情は無く、ただただ姿を現さない田村への怒りがあった。
「おい田村!帰るぞ!!」
再び叫んだが、田村の返答はない。
「田村!!マジで置いていくぞ!!」
いちばん手前の客室のドアを開ける。
後ろ向きで立つ男の姿が目に入りドキッとしたが、よく見るとそれは田村だった。
「田村!お前なんで……」
近づいて思わず声を上げる。
そこにいたのは確かに田村だったが、俺の知っている田村じゃなかった。
異常なほど口角を上げ、目を見開き、眼球を忙しく動かしながら唾液を吹き出している。
下半身はびしょびしょに濡れていた。
おそらく失禁したのだろう。
「田村、田村お前どうしたんだよ!」
思いっきり頬を叩くと田村の身体が人形のように硬直したまま床に倒れた。
その衝撃で我に返ったらしい田村が、俺を見てしがみついてきた。
「た、助けて、助けてくれ!早くここを出て、出よう……!!」
今までに見たことがない田村の泣き顔。
「わ、わかった、わかったから!早く帰ろう!」
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