スポーツカーの主①
ある年の夏のこと。
久しぶりに帰省すると、庭に立派な赤いスポーツカーが停まっていた。
「なにこれ、誰の?」
尋ねると、車の後ろにいた兄がひょいっと顔を出した。
「俺のだよ。友達の形見」
「形見?亡くなったの?誰?」
「多分お前は知らない奴だよ。車好き仲間の雄太」
雄太という名前に心当たりはなかったが、確かに兄には車好きの友人が数人いた。
兄の話によれば、その雄太という人は交通事故で亡くなったらしい。
その時に乗っていた車はさすがに廃車になったが、他にもスポーツカーを四台所持しており、それそれ親しかった友人が形見として貰っていったという。
兄の元に来た赤いスポーツカーは、そのうちの一台だった。
「あいつが大事にしてた車だったから金は払うって言ったんだけど、お袋さんがどうしてもタダで持ってってくれって言うからさ、お言葉に甘えて貰っちまった」
「へえ、こんなの売れば相当な金になるだろうにね」
兄はハハッと笑うと、寂しそうに
「絶対売らねーよ」
と言った。
その日の夜のことだった。
眠りにつこうとベッドに入ると、外から車のエンジンの音が聞こえた。
時刻は既に午前二時を過ぎている。
(兄貴か?こんな時間にうるせーな……)
身体を起こし、窓のカーテンを開けて外を見る。
庭に置かれたスポーツカーの運転席に誰かが座っているのが見えた。
顔は見えないがおそらく兄だろう。
(うるさくて眠れやしねえ)
俺は兄にひとこと言ってやろうと部屋を飛び出した。
しかし、玄関のドアを開けると車には既に誰もいなかった。もし兄だったら部屋に戻るまでにどこかですれ違うはずだ。
「……なんだよ……」
呆然としながら部屋に戻る。
向かいの兄の部屋からは、大きないびきの音が聞こえてきた。
(さっき車に乗ってたのは兄貴じゃない……?)
急に背筋がゾクリとした。
翌朝、昨晩の出来事を伝えると、兄は
「はあ?お前夢でも見てたんじゃねえの?」
と笑った。
「いやマジだって!エンジンの音もはっきり聞いたし!」
「他所の家の車の音と勘違いしただけだろ」
そう言われてしまうと、だんだん自分の見たものに自信が持てなくなってきた。
確かに昨日の夜はヘトヘトに疲れていた。
リアルな夢を見ていたとしてもおかしくないのだ。
(持ち主が事故で死んだなんて聞いたから変な想像しちゃったのかもな)
俺はそれ以上兄にその話をするのはやめた。
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