スナックの女③

「浜ちゃんさ、亡くなったらしいんだよ。一人暮らしだったからさ、発見が遅れて。見つかった頃にはもう腐敗も進んでたって」

胸がざわついた。

あの女の霊が言っていた"ハマダさん"は、やっぱりあの浜田さんだったのだ。


営業時間が終わりグラスを洗っていると、暗い表情のママに肩を叩かれた。

「ねえ、あんたさ、この間浜田さんのことなんか聞きたがってたよね。あれなんだったの?なんか知ってたの?」

「えっと……」

困った。下手に誤魔化せば、ママにあらぬ疑いをかけられるかもしれない。

俺は意を決して、あの女の霊のことを話した。

例え信じてもらえなくても、聞いてもらえればいいと思った。


ママは俺の話を聞き終わると、煙草の煙を吐きながら目を拭った。ママの目には涙が溜まっていた。

「その子、こんな子じゃなかった?」

ママはそう言うと、店の隅に置かれていた古い引き出しから写真を取り出した。

まだ若いママと並んで写る、笑顔の女性。

間違いなくあの女の霊だった。

「この子ね、この店がオープンした時からいたキャストだったの。すごく歌が上手くてね、おまけに話し上手だった。私この子のことがすごく好きで好きで、いつか私がこの店を引退する時が来たら、この子に店譲ろうかなとか考えてたくらいなのよ」

しかしこの女性は、店が改装で長期休暇に入っていた頃に、一人暮らしの自室で命を落としてしまったという。

8月の猛暑日、熱中症だった。

女性の死はしばらく誰にも気づかれず、電話に出ないことを不審に思ったママがアパートを訪ねたことで発覚したそうだ。

「もうね、悔しかったわよ。改装なんてしなければ、あの子は死ななかったんじゃないかって。ずっと自分を責めててね……」

写真を握り締めて泣き出すママ。

その背後に、いつの間にかあの女性の霊が現れていた。

女性の霊は涙を流しながらゆっくりママに抱きつき、口を動かした。


「ママ、自分を責めないで。あたし今でも、このお店が大好きなの」


ママが顔を上げると、女性の姿は消えた。

俺はやっと気づいた。あの女性はママやお客さんのことをずっと心配してたんだ。

そして亡くなったお客さんが自分のように長いこと発見されず、悲しい思いをしなくて済むように、もうすぐ亡くなる客の名前を告げていたのだろう。


それから、女性の霊は二度と店に現れなかった。

しかし、店を辞めて長い年月が経ち、俺もすっかりおじさんになった頃、一度だけ夢に出てきた。

「ママに、ありがとうって伝えて」

女性の霊はそう言って消えてしまった。

ちょうどその日、ママは老衰でこの世を去った。大往生だった。



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