スナックの女②
斉藤さんが亡くなったという知らせが入ったのは、その翌日の昼過ぎだった。
徒歩でスナックから帰る途中で川に落ち、病院に運ばれたが救急車の中で息を引き取ったという。
「という訳だから、今日は臨時休業ね。悪いけど、ドアに貼り紙だけしといてもらえる?お願いね……」
電話の向こうのママの暗い声が、斉藤さんの死が現実であることを突きつけてきた。
そういえば、あの女の霊が俺に向かって"サイトウさん"と言っていた。
あれはもしかして亡くなった斉藤さんのことだったんじゃないか?
臨時休業の知らせを書いた貼り紙をドアに貼り、そのまま帰ろうとしたが、なんとなく気になってしまい鍵を開けて中に入った。
あの女の霊が、いちばん奥のカウンターチェアに座って俯いていた。
「君、斉藤さんが死ぬこと知ってたの?」
女は答えない。動くこともしない。
「……君は一体誰なの?何者なの?なんでここにいるの?」
女はゆっくり顔を上げると、カウンター内に並べられた酒のボトルをじっと見つめた。
「次はハマダさん……ハマダさん……」
「え?」
女はまた空気のようにすうっと消えてしまった。
ハマダ……そういえば、浜田という名前の客が一人いた。
べらべらと喋りたがる人ではなく、カウンターの隅で人の話し声を肴に酒を飲む、大人しい年配の男性だ。
しかし浜田さんは最近店に来ていない。
なんとなく気になった俺は、ママに貼り紙の報告をするついでに浜田さんのことを聞いてみようと電話をかけた。
「浜田さん?あぁ、言われてみれば最近来てないわね。元々そんなに頻繁に来る人じゃないけど、もう結構歳だしねー」
「そうですか……。ちなみに浜田さんって、ご病気とかは?」
「病気?うーん、聞いたことないけど……なんで?何か気になるの?」
「いや、大丈夫ならいいんです!それじゃ」
電話を切り、ぼうっと考える。
よくよく考えたら、斉藤さんが亡くなったのだってただの偶然かもしれない。
ひょっとしたら俺の頭がおかしくて、女の霊の幻覚が見えているのかもしれない。
そうだ、きっとそうなんだ。
それからしばらくして店が再開した。
ママは気丈に振る舞い、心配していたお客さん達にも明るく笑いかけている。
(ママが立ち直ってくれてよかった)
相変わらず女の霊は現れたが、こちらに接触してくることはないし、浜田さんに何かあったという話は聞かない。
やっぱりあれはただの偶然だったのだ。
それからしばらく経って、見ない顔の客が来た。ハンチング帽を被って杖をついた年配の男性だった。
「えー!やっちゃん!ちょっと、久しぶりじゃないの!」
ママが驚いて駆け寄る。
やっちゃんと呼ばれるその客は山田さんというらしく、ママ曰くここ数年店に来ていなかったらしい。
山田さんはママとの再会を喜びつつ、カウンター内のボトルをちらりと見た。
「浜さんは最後来たのいつだ?」
山田さんの問いに、ママがうーんと首を傾げる。
「浜田さんは……もう結構前じゃないかしら?ねえ」
ママの目配せに頷く。浜田さんのボトルを確認すると、半年前の日付が書かれたカードがぶら下がっていた。
(あれ……浜田さんって……)
嫌な予感がする。そしてその予感は的中する。
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