スナックの女①
大学を卒業したものの就活が上手くいかなかった俺は、知人の勧めでとあるスナックで働き始めた。
駅から大分離れた辺鄙な場所にあるそのスナックは、外観こそ寂れているものの意外と地元客で賑わっていた。
俺の仕事は店内の掃除とカラオケ機器の準備、酒やつまみの在庫管理と提供、食器洗い、女の子や客の送迎などなど、所謂雑用だ。
とは言え、水割りやハイボールなんかは女の子が各テーブルで作って出すし、つまみは高いからか注文する客自体が少ない。
普段はカウンターの中でボトルの整理をしつつ、客のカラオケに合いの手を入れたり女の子の愚痴を聞いたりする。
理不尽に客に怒鳴られたり、無茶振りをされることもあるが、それでもそれなりに楽しく働けていた。
しかし、働き始めた頃からひとつ気になっていたことがあった。
それは、入り口のドアの所にいつも女の幽霊がいることだ。
輪郭がぼんやりとしていて姿はハッキリとは見えないが、白いキャミソールワンピースのようなものを着た、茶髪の若そうな女の子に見える。
身体はとても細く、折れそうな手足がいつもゆらゆら揺れている。
その霊は俺以外の人間が入ってくると、いつの間にか姿を消している。
そして翌日にはまた同じ場所でぼうっと立っているのだ。
ある日、いつものように誰よりも早く出勤し開店準備をしていると、背後に気配を感じた。
はっとして振り向くと、いつもはドアの前にいる女の霊が真後ろに立っていた。
「うわっ、なんだよ!」
思わず尻餅をつくと、女がパクパクと口を動かした。
「え?なんて?」
蚊の飛ぶような細い声で女が言った。
「サイトウ……サイトウさん……」
女はそれだけ言うと、すうっと消えてしまった。
その直後、ママがドアを開けて店に入ってきた。
「おはよー、って何あんた。なんでそんな所に座ってんのよ」
「あ、いや……」
さすがに霊の話なんてママにはできない。
その日もいつものように常連客が来店し、賑やかな夜を迎えた。
深夜になり一人二人と客が減り、最後まで残ったのは斉藤さんという人だった。
斉藤さんはママの幼馴染で、昔はママと恋愛関係にあったこともあるらしい。
「昔のママは可愛かったんだよ。今はもう乾涸びたカエルみたいだけど」
「ちょっとやだぁ〜」
二人のやり取りを微笑ましく見ていると、ドアの前に影が見えた。あの女の霊だ。
(いつもは俺一人の時しか現れないのに……)
女の霊と目が合う。初めて顔をちゃんと見たが、やつれているものの結構美人だった。
女はまた口をパクパクさせたが、何を言っているのかわからなかった。
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