白昼の廃屋④

「あの日からだと思う。部屋の中で、誰かに見られてる気がして」

窓ガラスや洗面台の鏡の前を通る時に、必ず背後に何かが映る。

はじめはぼんやりとしていたそれが、日に日にはっきりしてきた。

「髪の長い、薄い紫のワンピースを着た女……あの廃屋で見た奴だった」

女の顔は髪で隠れているが、赤い口元だけははっきりと見えた。その口元は大きく笑っている。


剛は家中の鏡を処分した。外せないものは布を貼った。

鏡だけでなく、テレビや電子レンジなどの家電にもふとした時に映り込むため、それらは極力処分した。

窓ガラスに布を貼っているのも、それが映り込まないようにするためだった。

カーテンだと風で捲れる為、絶対に捲れないように布を貼ったのだという。

「スマホも、画面を見るのが怖くてさ。しばらくずっと使えなかった。お袋から電話が来て、話したら実家帰ってこいって……明日、親父が迎えに来てくれるから、それまでの辛抱なんだ」


帰り際、剛は翔太に「ごめんな」と頭を下げた。

「いえ、俺は大丈夫なんで……剛さんこそ、無理しないでくださいね」

「うん……あのさ」

剛は辺りを見回し、小声で言った。

「俺、あの家の家族は心中じゃないと思ってる。多分あの女に殺されたんだよ。だからお前も、もうあそこには近づくなよ」

「……いや、俺怖がりだから二度と行かないっすよ……」

翔太が困り顔で言うと、剛はやっと笑顔になった。

「だよな!……悪かったな、元気でな」


階段を降りてアパートを離れる。

ふと、足を止めて振り返りそうになるが、堪えて再び歩き出した。


その日の夜、剛のアパートで火災が起きた。

逃げ遅れた剛は翌日、遺体となって発見された。

「こんな古い木造アパートなのに一部屋燃えただけで済んだんだって」

「でもそれで死んじゃったんでしょう?まだ若いのにねぇ」

アパートの周囲に集まった野次馬があれこれと他人事のような話をしている。

様子を見に来た翔太は、その野次馬の中に異様に髪の長い女がいることに気づいた。

(あ、あの女は……)

薄紫のワンピース姿。間違いなく"あの女"だ。

女はニヤリと笑うと何かを囁いてそのまま何処かへ消えていった。

遠く離れていても、その囁き声は翔太の耳に届いた。


「だれにもしゃべるな」





数年後。

就職し街を離れた翔太は、あの廃屋が取り壊されたという話を聞いた。

ドライブがてら見に行くと、確かに廃屋のあった場所は更地になっており、売地の看板が立てられている。

あの家で何が起こったのか、あの女が何者だったのか、剛の身に何が起こったのか……

今となっては確かめる術はない。



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