白昼の廃屋③

それからしばらく、剛に電話をかけたりメールを送ってみたりもしたが、レスポンスは何もなかった。

このまま放っておくべきかとも思ったが、あの日無理矢理にでも剛を止めていればこんなことにはならなかったのではないかと、自分の弱さを責めるようになっていた。

このまま逃げていたらどうしようもない。

翔太は意を決して、剛の家に向かった。


剛はバイト先から程近い、古い木造アパートで一人暮らしをしている。

錆びた階段を登り剛の部屋のチャイムを押すと、ギィと音を立ててドアが開いた。

痩せこけて顔色が悪いが、剛だった。

「剛さん、お久しぶりです。お元気……そうには見えないですね……」

翔太が差し入れの袋を差し出すと、剛はそれを震える手で受け取り

「まあ、入れよ」

と、掠れた声で言った。


以前訪れた時はゴミ屋敷かのように物が散乱していたが、久しぶりに入った部屋は綺麗に片付いていた。

それどころか、テレビや電子レンジなどの生活に必要な家電すら無くなっている。

そして全ての窓ガラスに、黒い布が貼り付けてある。

まるで何かを隠しているようだった。

「剛さん、急にバイト辞めちゃうから心配してたんですよ。何があったんですか」

剛は翔太にもらった差し入れのスポーツドリンクをちびちびと飲みながら、ふうと息を吐いた。

「……俺、近いうちに実家帰るんだ。実家に帰れば多分もう追いかけてこない」

「追いかけてこないって……何が?」

「……見ただろ、女。あの家で」

そう言われ、あの日見たベランダの女のことを思い出す。翔太は無意識にあの女のことを思い出さないようにしていたのだ。

「……剛さん、記憶、戻ったんですね」

「ああ、全部思い出したよ」

そう言うと剛は、あの日の出来事についてゆっくりと語り始めた。


「一人で二階に行って、最初に入ろうと思ったのがあの寝室だった」

剛はいちばん手前にあった寝室に入ると、部屋の中をぐるっと見回した。

埃が積もったシングルベッドが二つ、その間に目覚まし時計の置かれた小さなテーブルが一つ、そして壁には家族写真が飾られたコルクボードのようなものがあった。

「その家族写真がさ、変なんだ。顔のところが全部黒く塗られてて……」

翔太はふと、和室で見た遺影のことを思い出した。あの部屋の遺影も確か顔を塗り潰されていた。

「その写真をまじまじと見てて気づいたんだけど、一人だけ顔を塗られてない女がいたんだ。どの写真でも家族と距離を置いてて、なんか家族の一員って感じじゃなかった」

その女は長い髪で顔を隠しており、どの写真でも同じ薄紫のワンピースを着ていた。

「それで俺、これなんかヤバい写真なんじゃね?と思って。翔太が外に出る音が聞こえたから、ベランダ出て声かけたんだ」

翔太に声をかけ、部屋に戻った剛は部屋の真ん中に不自然な赤黒い染みを見つけた。

それは長い間そこにあったというより、たった今何かを溢したような新しい染みだった。

(なんだこれ、さっきまでこんなのあったっけ)

その時、何かがバサリと落ちてきて剛の顔に触れた。見上げると、長い髪を垂らした女が蜘蛛のように天井に張り付いていた。


「ウッケケケケケケケケケケ」


女の顔はよく見えないが、真っ赤な口から赤黒い液体がボトボトと垂れているのが見えた。

剛はそこで悲鳴を上げ、気を失ったのだ。


「……そんなことが……」

翔太は言葉を失った。

とても信じられない話だが、あの日翔太もベランダに立つ不気味な女を見ている。

何より、いつも強気な剛が何かに怯えている姿が、それが現実であったことを物語っていた。


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