白昼の廃屋②

剛はまだ二階から戻ってこない。

(ここで大声で呼んだら近所の人が気づいちゃうよなあ……)

そんなことを考えていると、二階からおーいと声が聞こえた。

顔を上げるとベランダに立つ剛と目が合った。

「え、つ、剛さん、なんでそんなとこに」

「翔太、ちょっと二階上がってこい!すごいモンがあるぞ!」

剛はそれだけ言うと顔を引っ込めてしまった。

「いや、二階は行きたくないって言ったのに……」

その時。

「ぎゃああああああ!!!」

けたたましい叫び声が響いた。剛の声だ。

「剛さん!?どうしたんですか!?」

急いで家の中に入り、二階へ向かう。

剛は階段を登ってすぐの所にある寝室らしき部屋の真ん中で、上を向いたまま突っ立っていた。

失禁したのか、足元が濡れている。

「剛さん、どうしたんですか!」

問いかけても応答がない。

顔を見ると、白目をむいて口から涎を垂らしている。立ったまま気を失っているようだ。

「と、とにかく帰りましょう!」

翔太は剛の手を引くと急いで家を出た。

翔太に手を引かれている間も、剛は虚な表情で何かブツブツと喋っていた。


「はあ、はあ」

息を切らし、やっとの思いで門を出る。

ふと振り返ると、先程剛がいたベランダに誰かが立っていた。

薄い紫色のワンピースを纏い、長い黒髪で顔を隠した、異様に首の長い女……

その女が、こちらに向かってゆっくりと手を振っている。髪が揺れ、徐々に顔の一部が見えてきた。

(これ、まずいんじゃないか……?)

翔太は剛を背負うと、急いでその場を離れた。あの女の顔を見たらやばいと本能で悟ったのだ。

結局、剛は翔太の家に着くまで気を失ったままだった。


「ごめん、俺、記憶無くて……」

翔太に渡された麦茶を飲み干し、小さく呟いた。正気に戻ったようだが、冷や汗をかいている。

「どこからの記憶がないんですか?」

「どこからって……それもよくわからないんだ。あの家に入ったのはうっすらと覚えてるけど、その後はなんか……思い出せない夢を思い出そうとしてる時みたいな、とにかく曖昧な記憶しかないんだ」

まるで別人のように静かになってしまった剛は、翔太に礼を言うとふらふらの足取りで帰っていった。

問い詰めれば彼が何を見たのかわかるかもしれないが、翔太にはそんなことをする勇気はなかった。

なんとなく、思い出させないほうがいいと思ったのだ。


数日後、バイト先の居酒屋に行くとシフト表の剛の名前が二重線で消されていた。

「あれ、剛さんどうしたんですか?」

翔太が尋ねると、店長が舌打ちしながら答えた。

「あいつ、昨日急にバイト辞めるって電話してきやがった。ったくこの忙しい時期によぉ。そういやお前あいつと仲良かったよな?なんも聞いてねえの?」

剛とは、あの廃屋に行ってから一度も連絡を取っていなかった。

「いや、俺は何も聞いてないっすね……」

そう、本当に何も聞いていない。

しかし翔太は心のどこかで、あの廃屋での出来事が関係しているのではないかと思っていた。

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