第13話 アースドラゴンを撃退せよ
「逃げるぞ」
すぐにその言葉がギルドマスターから聞こえる。
ただ、それに納得していないバカがこの場にいる。
「なんだ?」
「ドラゴンなんて俺たちで余裕」
どこからその自信がでてくるのかはわからないが、それでも確かに見た目はドラゴンというよりも、トカゲに近いような気がする。
そんなモンスターだから、あのときのゴブリンロードに比べると、弱い印象を受けるからだ。
でもそれは次のギルドマスターの言葉で覆る。
「そいつはワシの剣でも斬れんのだ」
「本当ですか?」
「ああ、傷をつけることも難しいかもしれん」
さすがにわかったのだ。
そのヤバさが…
ギルドマスターが担いでいる剣は大剣と呼ばれる部類の剣であり、それで斬れないということになれば、同じ剣を使うシズエさんでも無理だろう。
となれば逃げるのが大前提だ。
さすがに今の会話でまずいと思ったのだろう、おバカたちも逃げ出そうとしているが、一人がこけた。
まずいと思ったときだった。
「ブレスが来るぞ!」
その言葉とともにドラゴンが口に何かをためるのがわかる。
「アカリ!」
「わかったお姉ちゃん」
「ワシもやる」
「「「土よ、壁となりて我を守れ、アースウォール」」」
三人の声がそろう。
そして三枚の土の壁が出来上がった。
「ゴバアアア」
ブレスが壁とぶつかる。
一枚、二枚、三枚と崩されそうだ。
ただ、こちらもまだ強い攻撃はある。
「火よ、風よ、二つが混ざりて一つの魔法となせ、風よ火を燃やし強い火の玉になって敵を撃ちぬけ、ヒートボール」
ノエさんからその言葉がでると、赤黒いといえばいいのだろうか…
風と火の魔法が混ざって強くなった火の玉が岩の壁によって威力が弱まったブレスに当たって相殺した。
この状態では逃げるなんてことはできない。
そう思いながら、ギルドマスターに質問する。
「それで、あのモンスターはなんていうモンスターになるんですか?」
「土竜。アースドラゴンだ」
「そのアースドラゴンは?」
「わかっているとは思うが、ドラゴンの中では最弱だ。」
「最弱でこれですか?」
「ドラゴンというのはそういうものだろう?」
「そうかもしれませんけど…」
「それにあの皮膚が厄介だ」
「ですね」
その厄介となっているのは岩のような皮膚だ。
というよりも岩そのものなのかもしれない。
岩そのものを体に纏っているような感じだ。
これを切り裂かないといけないと考えるとさすがに骨が折れそうだ。
それに今更といえばいいかもしれないけれど、僕は武器がない。
まあこれは今日使う武器が木剣で行うというルール上、いらないという判断で何も用意していない自分が悪いのだけれど、こんなことになるとは予想していなかったのだ。
だからどうしようかと迷っていた。
というか、どうすればこの状況を打開できるのかということだ。
相手はアースドラゴン。
皮膚には岩がついていて、シズエさんやギルドマスターの剣ですら傷をつけることができない。
この相手を軽く倒せるといえば、思いつくのはイカルガだけれど、この場にはいない。
先ほどのブレスは岩のようなものを吐き出していたから、どういう原理かわからないけど、まあそういうものなのだろう。
こういうときのセオリーとしてあるのは、お腹が弱点でそこには岩の皮膚がないなんてこともあるだろう。
けれど、そんなことはここから見る限りでありえないということがわかっていた。
それはお腹の方にもびっしりと岩がひしめき合っているのが見えるからだった。
弱点がない?
ひっくり返せばもしかすれば、見えない弱点があるとか?
でもひっくり返すにはどうすれば?
前のようにノエさんとレイラさん二人の合体魔法であるサイクロンを使ってみる?
でも、岩がついているドラゴンなのだ。
その重さは計り知れないとなると、ひっくり返すことができなかった場合、それを魔法として操るノエさんに負担がかかる。
ただでさえすでに魔法を一度使っているし、それでひっくり返すことができなかった場合にはさらに魔法を使ってもらうということになってしまえば、そんなところで魔力の無駄遣いをさせるわけにはいかない。
くそ、ここに武器があれば何か変わるはずなのに…
そう思うがそれはない。
そう思っていたときだ。
「ヤバいぞ」
考えて時間などほんの二十秒ほどだったが、その中でさらにギルドマスターの切迫した声が響く。
それでドラゴンの方を見ると、頭を下げているのが見えた。
何をしてくるのがそれだけでわかった。
突進だ。
先ほどのブレスと違って止まることがなければ突っ込んでくるし、頭も例外ではなく岩に包まれているので、硬い。
「ノエさん!」
「ごめん、マヤ君。わたしも連続では無理かな」
唯一この場合でアースドラゴンの突進と対抗できるであろう人に声をかけるがそれは難しいみたいだ。
わかってはいたけど、さすがにこのままではどうしようもない。
しょうがないやれることだけやってみるしかない。
僕は地面に手をついた。
「水よ、壁となりて我を守れ、ウォーターウォール」
水の壁ができるが、地面に手をついたまま離さない。
ただ一枚の水の壁ができたところで意味がないことがわかっているからだ。
それに魔法というのは自分の思い通りにできるというのなら、やることは決まっていた。
「こ、これは…」
「さすがにこういう発想はマヤ君だね」
水の壁を作り反射させる。
そして屈折させる。
突進してくる以上、どこを見てこちらにくるものなのかわからないので、これが有効なことなのかはわからないけれど、それはうまくいった。
ギリギリの横をアースドラゴンは突進によって通り過ぎたのだ。
そう、あんなに頭を下げながらも、しっかりと視覚でこちらを確認していたということがわかった。
やっていたことはただ、相手に見えるこちらのことを水と、太陽による光の反射で違う位置だと誤認させただけのものだ。
その間に、あの男たち二人と、エリカさん、ギルドマスターを後ろに待機してもらい、僕たちは前に立った。
アースドラゴンは並ぶこちらを一瞥して口を開いた。
「があああああ」
かなり大きめの咆哮が響いて、ようやくこちらも落ち着いての戦闘が始まる。
「マヤ様」
「わかってる、水よ、泡となりて相手を幻惑せよ、バブル」
レイラさんの声で僕はバブルで泡を発生させる。
このパーティーの中で実は水属性の魔法が使えるのは、僕とエリカさんしかいなく、この前線に立っているのは僕一人なので、レイラさんに言われるとわかっていた。
まあ、アースドラゴンという名前からわかるように、土のドラゴンなのだ。
ということは普通に考えて弱点は水とか草だ。
そして、このゲームにあるのは水魔法のみなので、攻撃できる水魔法を僕が使うことができればいいのだろうけれど、できないので決定打がないのだ。
といっても、攻撃できる水魔法を使えたところで、あの装甲を破れるのかと言われればわからないが…
相手をかく乱させるために泡を発生させたがうまくいくのかもわからない。
それでも、レイラさんは最初に前に出た。
「はあああああああああああ」
俊敏に動きまわることで、アースドラゴンに近づくと、もっていた大振りなナイフで斬りつけるが、キンという高い音が鳴るとともに弾かれる。
予想はしていたが、やはりだった。
次に攻撃力が高いとして、シズエさんが近づくが、そのときだ。
アースドラゴンは顔を少し下に下げる。
突進?
でもさっきよりも頭を丸めるようにしていないということは…
「シズエさん!」
僕のその言葉で何か警戒したのだろう。
攻撃しようとするのをやめて剣を構えなおすときに、それは見えた。
「しっぽです」
「オッケー」
岩石が飛んでくるような勢いで振られたしっぽがシズエさんに向かって振られる。
それに対してシズエさんは剣を下に構え、そして上に振りぬく。
「ふっ」
気合の言葉とともに振られたその大剣は、水平に振られたしっぽを上に弾いた。
僕たちが前のゲームではスラッシュとよんでいたような技だ。
すごい。
そんなことを思うが、それで相手の攻撃は終わりではない。
弾きあげたのが悪いのか、そのまま振り上げたしっぽを振り下ろそうとする。
ただ、それはアースドラゴンが意図しての攻撃ではなかったので、攻撃の態勢がかなり悪く、勢いもない。
それでもしっぽは岩に包まれているので強力であることに変わりはない。
「アカリ」
「わかってるよ。」
その攻撃でこれまでのシズエさんであれば慌てるはずだったが、すぐに妹である朱莉さんの名前を呼ぶ。
その呼びかけにわかったと返事をした朱莉さんは、地面に手をついた。
「土よ、壁となりて我を守れ、アースウォール」
朱莉さんは魔法を唱えた。
土の壁として出てくるのは、シズエさんの足元からだ。
確かにこういう戦いの仕方を考えてはいたが、すぐにしかもぶっつけ本番でやるというのは、さすが姉妹だというところだろう。
そして、それを成功させるのもさすがというべきだった。
土の壁によりアースドラゴンのしっぽ攻撃の上に回避したシズエさんは、そのままもっていた大剣で背中を斬りつけた。
それでも、高い金属の音がして大剣が弾かれる。
「くうう…」
それによりシズエさんの手が痺れたのか、苦悶の表情を浮かべている。
やっぱり難しい。
硬い外皮にドラゴンということでそれなりに大きさがあるので、攻撃範囲も大きい。
うまく連携を使って外皮である石を削ったところで、本体にダメージを負わせることができるのかというのも疑問なところだ。
あと、外皮を頑張ってはがしてもて、もう一度はるなんてことをされればこちらも打つ手がない。
だから、本当は一番ここで必要になるのは、あのドラゴンを追い返すこと。
どうすれば追い返すことができるのか…
「結局は外皮を削るしかないのか…」
その解答に行きつく。
「ノエさん!」
「何、マヤ君」
「最強の魔法をお願いします」
「任せて…でも、一度しか使えないよ…」
「大丈夫です、それでなんとかします」
「マヤ君を信じるからね」
この中でもっとも火力があるであろう、ノエさんの最強の魔法だ。
これを当てて、外皮が本当にはがれるのかはわからない。
まあそれでもやってみないとわからない。
まずは魔法が当たるように誘導しないといけないから、まずはそこからだ。
「レイラさん」
「マヤ様の頼みとあらば」
先ほどの会話から、ある程度何をしてほしいというのがわかったのだろう。
レイラさんは前に出てくれた。
ここで素早く動いてかく乱できる能力をもつのはレイラさんとレイラさんにはついてはいけないだろうけれど、次にできるとすれば僕になるだろう。
ただ、武器がない。
そして、この状況ではレイラさんから武器をもらうということも躊躇うことになるからだ。
理由は、目の前で起きた。
一定の距離をとって、攻撃といっても剣で傷をつけることができないので、ワイヤー付きナイフを投げて、少しでも相手の動きを止めようとしていたときだ。
何か体に巻き付くのがわかり、それを嫌がったのか、アースドラゴンは体をふる。
そして体をふることで、しっぽも左右に動き、攻撃として当たるというよりも、掠める程度ではあるが、それをナイフで弾いたときにナイフが折れたのだ。
「くっ」
レイラさんは、ナイフを地面に捨て、新しいナイフをどこからかだした。
予想していたこととはいえ、あんなにあっさりと壊されてしまったことに驚きを隠せなかった。
このままでは同じようにナイフをまた壊されてしまうことになるだろう。
「シズエさん、朱莉さん!」
「どうすればいい、マヤやん」
「地面を揺らす魔法を」
「任せて、やるよ朱莉」
「わかってる、お姉ちゃん」
「「土よ、地面を揺らせ、アースクエイク」」
魔法を発動し、地面が揺れる。
ただ、アースドラゴンという名前をもつだけあり、体の重みもあるからか、ほとんどびくともしない。
少しびっくりさせたという程度だろう。
そのときだ。
「ヤバい、ブレスがくる」
レイラさんの声が響く。
アースドラゴンもこちらの攻撃がくらわないことがいいことに、ためているのがわかる。
どうする?
さっきはなんとか三人で作った壁と、ノエさんの混合魔法で乗り切ったが、今回それは無理だろう。
ノエさんには魔法を放つためにまだためてもらっているし、それ以外の人で全力で防御魔法を唱えたところで、守れるという保証はない。
わからない…
でも…
僕は前に走った。
アースドラゴンに向けて…
「マヤ様!」
「マヤやん?」
驚く二人をよそに、僕はなんとかそれを止めるべく走る。
そして、それは奇跡か必然か…
「マヤ!」
それまでいなかった人の言葉が響く。
持っていたものに、僕はにやりと口角をあげた。
「おらよ!」
持っていたそれを投げた。
真っ黒で細長い剣。
僕が待ち望んでいたものだ。
持った瞬間に重さがしっかりとくる。
すぐに鞘から引き抜いた。
「…」
最初見た瞬間にほぼ全員が息を吞む。
瞳をもっていかれそうな黒い刀。
「ふふ…」
笑いが思わず口からもれる。
いける。
しっかりと地面を蹴った僕はそのまま、後ろ脚を斬る。
スパっというような音がしそうな勢いで斬れ。
そしてアースドラゴンはバランスを崩した。
「がああああー」
バランスを崩したアースドラゴンは、そのままブレスを上空に向かって放つ。
黒刀と簡単に呼ぶことに決めたその刀を鞘にしまう。
そして、後ろに飛んでみんなのもとに戻る。
「すごい剣ですね、マヤ様」
「本当にね、斬れるとは予想外だったよ」
「まあ、俺が作ったもんだからな」
「シュウ、あんたが作ったんだすごいね」
「ほうほう、感謝してくれていいんだぜ」
「いや、でも使うのがマヤやんだから斬れてるってところもあるんじゃない?」
「まあ、それは…」
その言葉でチラリとこちらを見るシュウに、僕は苦笑いを返しておく。
まあ、そもそもこれまで全力で剣を振って、壊れなかったことがなかったので、このゲームにきてようやく剣を振るったのかもしれない。
でも、なんだろうか、この剣嫌な予感がする。
それを感じて、シュウの方を見ると、うんうんとうなずいている。
「やっぱり、マヤにはわかったか、その剣は、一度斬るたびに納刀しないと切れ味がすぐに落ちる剣なんだ」
「マジですか…」
「ああ…残念だが鍔迫り合いなんかになると、本当にナマクラになるな」
「それはきつくない」
「まあ、それを差し引いてもさっきの切れ味がでると考えてくれ」
「わかったよ。あと、この剣白くないんだけど、白い羽根は?」
「いや、一緒に使ったはずなんだが、黒だけが残ってしまってな」
「そっか…」
再度黒刀をしっかりと握りしめる。
性能はわかった。
となるとやることは一つ。
そして、そのときノエさんから声が響く。
「マヤ君、いけるよ」
その言葉で、全員でうなずく。
「やろう!」
全員がうなずいた。
アースドラゴンは先ほど斬られた足が気になるのか、足で地面をガンガンと踏んでおり、こちらを見ていなかったが、いけるということがわかったのだろう、こちらに向き直る。
「がああああ」
咆哮をしたと思うと、顔のあたりに石が集まる。
「まじか…」
「これは本当に、ノエの魔法を当てるしかない気がするね、マヤやん」
「マヤ様。では行きましょう」
「お姉ちゃん、どうするの?」
「あたしたちは、タイミングを見て、アースクエイクだよ。だね、マヤやん」
「そうですね」
ここまでくれば全員が何をするのかをわかっている。
アースドラゴンは岩を纏って、突進する構えだ。
普通であればまっすぐ魔法を放てば当たるのかもしれない。
でも、岩を纏っているということを考えれば、さっきよりもさらに防御が硬くなっているというところで、一度はしっかりとバランスを崩したうえで、僕が刀で斬り、少しあの岩の鎧を削ったところで魔法を当てるということだ。
「があああああ!」
アースドラゴンは体を固めて、突進を開始した。
「ふ!」
まずはレイラさんが残りのワイヤー付きナイフを投げて、出だしのスピードを緩め、さらにはしっかりとノエさんの正面に来るようにワイヤーの張り具合を変えて、設置する。
それによってしっかりと正面を向いた。
「一応、俺もやっとくぜ、火よ、陽炎をつくり相手を幻惑せよ、ミラージュ」
そして、話題には入れなかったが、シュウが陽炎を作る魔法で、こちらの姿を少し曖昧にさせる。
「「土よ、地面を揺らせ、アースクエイク」」
シズエさんと朱莉さんが、地面を揺らすことによって、さらに相手は少し攻撃のスピードが緩む。
「ノエさん、行きます」
「オッケー」
先に駆ける。
しっかりと、小脇に黒刀を構え、そして振りぬく。
居合。
やっぱりゲームでやって一番気持ちのいい技。
ひゅっと音がなって、先ほどのように皮膚に届くというものではないが、それでもしっかりと纏っていた一部の岩が崩れる。
そして、魔力の高まりとノエさんの言葉が響く。
「風よ、火を燃やせ、火力を上げろ、威力を上げろ、青い炎となれ、ブルーフレイム」
青い炎。
それはこれまでの赤いものではなく、僕らの知識にある通りであれば、温度が違う。
アースドラゴンはそれに包まれた。
「ギャアアアアア」
さすがにその温度の炎に包まれることがなかったのだろうアースドラゴンは、歩みをとめた。
そして体を振る。
炎に包まれているため、さすがに手は出せないが、それでもかなりのダメージを与えているのがわかる。
ただ、倒しきれるほどではないのか、苦悶の声を出しながらも、地面に潜った。
地面の中でゴゴゴゴゴゴゴと音が鳴り、それが遠ざかっていくのがわかる。
それを聞き終えた僕たちは、やったと歓声をあげたのだった。
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