第9話 ハゲと守護獣と

「あー、やっちゃったかな…」




悪い癖が出たと思う。


もともと、性格的に何かがあれば首をつっこんでしまうところがあった。


そのせいで昔のことを思い出してしまったが、自分でやってしまったことで仕方ないことだ。


でも、強引すぎたのかなと今更ながらに思う。


僕は引きこもっているときは特に何をできることもなく、何かあれば現実を知らないのであれば、すぐに逃げれると思って、そうやって逃げていたのに、そんな僕が急にあんな喧嘩腰で、しかも喧嘩をうるようなことを人を巻き込んでしてしまうことになるなんて思わなかった。




「でも、シズエさんには元気になってほしいし、少しでも二人の仲が戻ってくれるなら…」




それが一番いいのだ。


だよね…


写真の中にいる人にそう声をかける。


そのためにも、僕もやることをやらないと…


すぐにゲームにログインできればいいのだけれど、今日久しぶりに学校に行って疲れたことと、朱莉という強烈な人に絡まれたことにより疲れていた僕は、気づけば家事を一通りこなした後に眠りについていた。


起きた時間は夜中の一時。


ゲーム世界と時間がずれているといっても、月曜日ということもあり、夜になればあちらも夜になっているはずだ。


僕は、ログインをすることにした。


えっと、ここはどこだったんだっけ…


まだ時間もそんなにたっていないはずなのに、ここがどこかわからないでいる。


いや、思い出せば、きっと…




「そうだ、宿屋かな…」




あの時はかなり疲れていたせいで、ここがどこか考えるのも億劫になっていたせいで、ここがどこなのか忘れていたのだ。


確かに、レイラさんが布団に入ってきたことを思いだしていた。


追い出して、一人で寝ることでログアウトしたから、ここにいるのだ。


でも、起きればというか、部屋を出れば、またレイラさんが来るのではないのか?


そんなことを思いながらも、少し警戒しながらも部屋を出ることにしたが、そこには誰もいない、ただの廊下があった。




「えーっと、心配のしすぎかな?というか、なんかこの世界で一人になるのは初めてだ。」




そんなことを口にするが、この世界にはまだ一日くらいしかいないので、まあこれからはこれが普通なのかもしれないとも考えてしまう。


でも、それはそれでいいのかもしれない。


初めての一人ログイン。


となれば、やることは探索だろう。


この世界のことは何も知らないので余計に、してみたい。


宿屋を出て外に行く。


ただ、こういうときにはどこにいけばいいのか…


外といってもここは一応見慣れているはずの現実世界のものとは違う。


近代的な建物ではなく、なんといえばいいのだろうか、中世ヨーロッパといえばいいのか、レンガや木などでコンクリート作りなんてものはないのは、ゲーム世界だと感心してしまう。


電灯も普通であれば電気のものだけれど、ファンタジーワールド特有の魔石というもので作られた、火を一定時間灯すことができるものだろう。


名前は魔道具とかっていいそうだ。


そんなことを思いながら、一人でのんびりと歩いていこうとしたときだった。


ちゃんと前を見ていなかった自分も悪かったが、人とぶつかってしまった。




「イタタ…」




相手は走っていたために、その場で倒れてしまった。


僕は慌てて手を差し伸べる。




「大丈夫?」


「あ、ありがとうございます」




僕と同じくらいの身長の少年は、慌てながらも立ち上がると、すぐにその場を立ち去っていった。


急いでいるのかな?


そんなことを思いながらも、少年が尻餅をついた場所には一枚の羽根が落ちていた。




「あれ、こんなのさっきまで落ちていたのかな…」




そんなことを考えながら拾おうとしたときだった。




「マ、マヤじゃね?」




そんな声がする。


僕を知っている人だろうか?


そう思って前を見ると、そこには禿げた男がいた。




「どちら様でしょうか?」




その顔に確かに見覚えがあったことにはあったが、人違いであってほしいと思う人だったのだ。


だからこそ、思わず知らない人のふりをしたけれど、それをわかっているのか、ハゲはなおも馴れ馴れしく、こちらに話してくる。




「ワイのこと、覚えてるやろ?」


「いえ、人違いでは?」


「そんなことないやろ、ワシとはあれやん、一年前にちょうど一緒にゲームやったやろ、それにテレビ電話もした仲やない?」


「記憶にございません」


「いや、なんで急に政治家みたいな返しになるねん。」




そんなことを話す、このハゲた頭をした男のことを、確かに僕は知っていた。


知らない人のふりをし続けたいくらいだけれど…


そう、それは一年以上前にとあるゲームで出会った、当時の仲間で、そのゲームの対策会議などという名目でテレビ電話をしていたのはいい思い出だ。


その中で、結婚するから来てくれと、みんなを一生懸命に誘っていたメンバーがこの禿げていた男だ。


僕は、まあその時もゲーム以外では人と関わりを持つのが難しいと思っていたので、もちろん遠慮したが…


その後にはゲームが急にサービスを終了するまでは仲良くしていた一人ではあったが、今はもうあれから時間もたつし、結婚式に行かなくなったところから、あまり人と絡むというのがまた、面倒くさくなってしまったせいで、出会って、何を話せばいいというのもわからないのだ。


あと、僕が知っている中でもかなりの変態だというところも嫌な理由でもあった。


ただ、そんな風にして声をかけられている時間はそこまで長くなかった。




「こらこら!何を言い寄っているんですか、あなたは!」




その声は、最近よく聞く声で、声のほうをみると、ノエさんが立っていた。


そして、そのままノエさんはハゲと僕の間に入りこむ。




「ちょっと、この人はわたしの連れなんですが、あなたは何のようですか?」


「ワイ?ワイは違うゲームで、そのマヤと一緒にパーティーやギルドをやっていたもんだよ」


「本当ですか、マヤ?」


「ううん、知らない」


「知らないって言っていますけど?」


「いや、違うんだ…だって、そいつはき…」




ただ、ハゲは確かに元パーティーメンバー。


だから、僕がゲーム世界では少し黒歴史としてあったことを話そうとしたとき、思わず服の襟首をつかむ。




「えっと、ハゲ?何を言おうとしているのかな?」


「いて…いや、お前はだって…」


「な!に!を!言おうとしているのかな?」


「いえ、何も…」


「わかればよろしい」




迫力に押されたハゲは何も言えなくなった。


これでよし、いらない過去をノエさんに聞かせるわけにはいかないのだ。


ただ、それでこの襟首をつかんでいるという状況から逃れられるわけではなく、ノエさんは僕のほうとハゲを交互に見ると…




「えっと、知り合い?」


「はい…本当に不本意ながらですが」


「おいおい…」




肩を落とすハゲをよそに、さすがに隠すことができなくなったこっちだって肩を落としたい気分だというのをわかってほしいのだ。


ここからどうしようかと思っていると、ハゲが再度こちらに声をかけてくる。




「そういえば、マヤは、ゲームで久しぶりに見たな。また、オンラインやり始めたんだな?」


「うん?ボクは…そうだね」




そう、ハゲはなんとなく、あれからオンライン系のゲームをやっていないのを知っていたのだ。


ということはこのハゲはオンラインゲームの新作が出れば逐一僕がいないのかチェックでもしていたのだろうか?


それはそれでストーカーのようで、鳥肌が立ちそうだが…


というか、よく奥さんも許したものだと思う。


そんなことを思いながらも、また、話すことに困っていると、ハゲは口を開く。




「そういえば、あの話は聞いたか?」


「どの話だよ?」


「うーん、まあ時間も時間だし、少し店でも入らないか?」


「いいけど」




そうして、ハゲにお店に案内される。


以前、ノエさんは口にすることはないが、どことなく僕たち二人の様子を不思議そうに見ているようだ。


ついた先は現実でいうところの居酒屋で、こっちの世界でも、それは同じなようだ。


通された席に座ると、少しの摘まめるもの、簡単にいえば現実でいうフライドポテトと飲み物を注文すると、席についた。




「それで、話って?」


「ああ…まずは、つい先日に、ゴブリンの大進行があって、それをギルドメンバーとさらには、そこに颯爽と現れた、女性メンバーたちがやっつけたという噂があるんだが、これは…」


「ボクたちかな?」


「ま、だろうな。それは実は予想していた。んで、そんな前と同じで強いマヤに、とあるクエストの誘いをだそうと思ってな」


「うん、それはいいけど、その喋り方きもいよ」


「ふ…ひどすぎんか、それ?」


「酷いことはないと思うけど」


「く、ワイはそんな子に育てた覚えはないぞ!」


「あなたの子供ですらありませんから…」


「いや、そうだけども、こう、言葉のあやっていうの?あるじゃん?」


「え、すみません、よくわかりません」


「普通にドン引きするのはやめて…えっと、そちらの美女もそう思いますよね」


「えっと、あははは…」


「相手にされなくなったからって、急に他の人にふるとか、かなりやっていることが気持ち悪いですよ」


「いや、わからんだろ」


「へえ、それじゃあ、なんでそのハゲ頭にしているのかな?」


「いや、そりゃ美女に頭をなでてもらうために決まっているだろう?」


「決まってないから、というか久しぶりにその発言を聞いて、鳥肌がたったよ。結婚したんだから自重しろよ」


「ふ…だから自重して、こちらからは一切触らないようにしている」


「どんな自慢なんだよ、普通にかなりドン引きだからね、ノエさんもかなり顔が引きつっているのがわかるでしょ」


「ま、イケメンの宿命よな」


「うん、その無駄に自己評価が高いところはすごいと思うよ」




そうなのだ。


この問題発言をするところは、やはりあのハゲで間違いない。


スキンヘッドという髪型にしているこいつは、確かにどことなく僧侶感が出ていて、言葉を発することがなければ問題はないのだが、話だすとかなりやばいのだ。


というか、スキンヘッドにした理由が女子に頭を触ってもらいたいからという、煩悩しかないようなものなので、かなりというか僧侶といった先ほどの言葉が失礼なことだ。


さすがのノエさんも、かなり顔を引きつらせていることから、そのヤバさというものが再認識された。


まあ、でも今はそんなことが問題ではない。




「それで、さっき話そうとしていたクエストっていうのは?」


「ああ、それな。実はここから少し歩いた町で受けられるものなんだがな、なかなか面白そうな内容なんだが、攻略の仕方がわからなくて、今詰んでいるらしいんだが、興味がないかなって思ってな」


「うん、内容がわからないことにはどう答えていいかわからないけどな」


「そうだな。まずは順を追って説明するか…」




そういうと、一枚の紙をまず見せてくる。


これはクエストの依頼書のようなものだろうか?


ただ、上には大きく緊急の文字が躍っていることから、なかなかに切羽詰まった内容のものだとわかった。


そこには、町の守るためにいる幼鳥がいなくなってしまったので捜索してほしいというものだった。




「まずは、この紙に書いてある、幼鳥探しというのでワイは他の簡単にいえば、その場しのぎのそこそこ腕が立つメンバーによってパーティーを組むと、いなくなったとされている山に向かったんだ」


「うーん、そもそも幼鳥がどういう存在かわからないけど…」


「えっと、そこから説明が必要なのか?」


「まあ、ボクはまだ、ゲームにログインして二日とかだからね」


「そうなのか?でも、この設定というか世界観は一応だが、ネットにも書かれていたぞ」


「本当に?」


「えっと、書かれてはいましたよ。ただ、わたしも他の国に行ったことはないので、どこがどこなのかはわかりませんけどね」


「そうなんだ」


「そうだな…簡単にだが、それを説明すると、ここがマーテル共和国。南の大きな海の近くに国を抱えているのが、流通都市カイ。北にあるのは、雪があり、かなり寒いとされている、北の国スノー。隣というべきか、この国と反対側にあるのが、同じようで、このマーテルと戦争を幾度となくやってきた、ノートル王国っていうところだな。そして、このマーテルには神鳥が、カイでは神海龍が、スノーでは神獣が、ノートルでは神龍がいて、それぞれがこの国を守護するものとされている。ただ、その神と名の付くものであっても、国全てを把握できるわけではないから、距離がある場所などには幼いと名前のついた自分の家来を派遣しておくというのが、やっていることだったのだが、その一体である、幼鳥が現在行方不明というので、探しにきたというのが、最初のことになるのだが、わかるか?」


「いや、そこまで説明されたら普通にわかるよ」


「だな。それで、ワイたちは幼鳥探しに、その幼鳥が祀られている小高い山に向かったんだ。」


「それで?」


「結論から言うと、幼鳥ではなく神鳥が出てきて、逃げかえってきてしまったってところだな」


「ええ?神鳥に話を聞けばよかっただけじゃないの?」


「ふ…それが怖くでできなかったんだよなー…」


「え?雑魚なだけじゃん…」


「おい、それはワイには一番言ってはいけないセリフなんだぞ」


「え…だって、ちゃんとパーティーで行ったんだったら、話くらいはできると思うけどな?」


「いや、それがお互いに認識した途端にあの神鳥は風のブレスをはいてきたんだぜ、それによって一人が飛んでいき、それにビビったみんなで逃げてきたってわけだな」


「いや、なんで自慢げなのかはわからないけど、それで、そのクエストを受ける理由っていうのはあるのか?」


「いやー、ドライ。もう、うざがっているのが態度でバレバレなんだよなー」


「うん?出会うのがハゲいるさんじゃなければね…」


「いや、ハゲいる言わないでくれるかな、ワシにはゲイルというプレイヤーネームがあるんだが…」


「それで、興味がある内容って?」


「はい、これも無視。まあいいけどな」




そんな風に、話すと全く昔と変わっていない、このゲイルというハゲに懐かしさを覚えながらも、会話をしていたときだった。


袖を引っ張られる。


隣にいたノエさんが、少し心配そうにこちらを見ているのだ。


その意味がなんなのか、今聞くこともできたが、先にゲイルの話が始まる。




「ほれ、報酬の中に、これがあるんだな…」


「何?」




そこに書かれていたのは、神鳥のペンダントという名前が書かれていた。


効果多数。


一点ものと書かれている。


いや、怪しすぎる…


ただ、怪しすぎるが、ほしくなる一品でもあった。


こういうものを見ると、かなりゲーム心をくすぐられるからだ。


でも、すぐには決められないことがおきる。




「あの、わたしをほったらかしにして話を始めるのはやめてください」


「ふふ、これはワシたちゲーマーの性というものなので、部外者は黙っていただこうとワシは言いたいですね」


「ふーん、わたしの可愛いマヤ君にそんな危ないことをさせていいと?」


「ワシはその可愛いマヤと長い間一緒のゲームをしていた中なんだがなあ」


「へえ、だからって今一緒のパーティーで活動しているわたしのことをほったらかしにして話を進めるっていうのはどうかと思いますよ」


「保護者みたいなことを言われてもな、これはワイとマヤの問題であってあなたは関係ないですよね?」


「へえ!」


「ほお!」




ええー…


なんか喧嘩が始まったんだけど。


というか、僕の意見とかは何も聞かないってことでいいのかな?


本当に、この状況をなんとかしてほしいんだけど。


そんなことを思いながらも、再度クエストの内容が書かれた紙を見る。


やっぱり書かれているのは、いなくなった神鳥の幼鳥を探すクエストで、報酬は本当に効果が今一つ信用ならないもの…


というか、現実の世界で、そんな神と呼ばれる動物たちのなんらかの能力がついたものがあるのであれば伝説級の国宝ではないのか?


一応、この国の守護獣?みたいな存在だってさっき言っていたし…


だから、この国宝級のアイテムがもらえるというのはありえない。


確かにそうだ。


ただ、気になるのはそこではない。


下の方に注意書きされているのを先ほど見てしまった。


それは、もしかしたら神鳥に会えるかもというものだ。


確かに注意には神鳥に会うことになれば、すぐに逃げるようにと書かれている。


でも、もしできるのなら会ってみたいよな…


そんなことを考えていると、気づけば夜はさらに更けていく。


そのあと、僕が口を挟まないまま話が進み、明日の夜に三人でクエストをするということになってしまった。


うん、僕は強制参加が望ましいようだ。


まあいいけど…


そうして、次の日の夜。


早めに家事全般を済ました僕はゲームにログインした。


特に学校では変わったことはなかった。


いや、初日のようなことがなかったというべきだろうか…


そう、今日はその元凶である朱莉さんと、今日もというべきか静江さんも休んでいた。


今更ながらに静江さんはゲームの中でも本名そのままなので、朱莉さんもそうなのかなと考えると、少しあの吹っ掛けた勝負も楽しみだな、なんてことを思ってしまう。


そんなことも思いながらも、時間より少し前にきた僕は、すでによくないものを見てしまった。




「ちょっと、もう少し離れてもらえませんか?」


「え?あなたと待っている人がおんなじなので、ワイはこのままいますよ」


「ふう、ここでその光っているものを落としましょうか?」


「ふ、こう見えてもワイはな、冒険者ランクDのかなり上のプレイヤーなんだぞ、返り討ちにして…」


「え?わたしはCランクですよ。よかったです。ウィンドカッターで落とせそうですね」


「すみませんでしたー」




そんな言葉とともに、ノエさんの目の前で土下座を始めたハゲた男…


かなり注目を浴び始めているその場所に僕はいきたくなくて、さすがに遠巻きに見る。


ただ、さすがに土下座し始めたことにノエさんはドン引きしている。




「ハゲた頭の人に頭下げられても、どこが頭かわかりませんのでいいです」


「すみません…というと…」


「ハゲた頭が地面の色と同じで気持ち悪いです」


「え、気になるところそこ!」




ノエさんの言葉に僕は思わず見ていた場所から出てツッコミを入れてしまう。


そして、そのせいでいらぬ注目を浴びた僕は、顔から火が出るような思いをしながらも、なんとかその場を逃げるように後にした。


ちなみに、二人は追いかけてきた。


そうして、外に出る手前で追いついた僕たちはようやく、みんなで外に出ることになった。




「それで、ここからその町にはどれくらいでつくのかな?」


「えーっと一時間くらいだな」


「えっと、移動手段とかないのかな?」


「ふ、任せろ用意している。」


「これ?」


「そうだ」


「うん、こういうのって物語でしか見たことなかったけど、本当にあるもんなんだね」


「ま、昔だってあったんだからあるだろ」




そこにあったのは馬車だ。


違うところは引いているのが馬ではなくて、牛型のモンスターみたいなものだ。




「えっと、この動物?ってなに?」


「ああ、ブルだよ」


「ブルねえ…」


「まあ、確かに見た目は、よくあるやつだよな」


「そうなんだよね」


「わたしも初めてみたけど、これはうん…何かで見たことあるモンスターだね」




そんなことがありながらも、僕たちはブルが運転する、馬車に乗った。


なんと表現すればいいのだろうか?


道も整備されているといっても石畳の道になっているので、こういう経験をしたことがないが、乗り物酔いが酷い人にはかなりきついものなんだなということがわかるくらいには揺れる。


歩いていって、一時間、この馬車なら十五分くらいらしいので、そこを考えると楽ができるだろう。


ただ、一人を除いては…




「おぶる…」


「降りるか?」


「そこは大丈夫かって声じゃないのか、おぶる…」


「いや、だって汚いし…」


「おい、でもクエストのことしっかりと知っているのワイしかいないんだから、ここはいたわってく、おぶる…」




そうなのだ。


これを手配したゲイルがかなりの勢いで吐きだしたというかえずきだしたのだ。


僕とノエさんはそれを遠巻きにみて、誰も心配をしないという状況ができてしまった。


ただ、一人を除いて…




「お客さん、大丈夫ですかい?」


「く…優しいのはNPCだけじゃないか…」


「NPCというのがなんなのかはわかりませんが、さすがにこちらとしても、中で吐かれるというのは、掃除が大変でしてね…」


「く、心配は心配でも、商売の心配だったということか、これはワシも予想できなかった」




そんな一人えずきながらも、走行していたときだった。


勢いよく馬車が止まる。


思わず、僕はノエさんの体に密着してしまった。




「ご、ごめんなさい」


「心配しないでください…」


「「(柔らかい…)」」




お互いが、お互いの体を触ってそんなことを思っていたこととは知らずに、一瞬照れるが、すぐに外の状況を確認しようと、馬車から顔を出す。


そこにいたのは、ゴブリンというわけではなかった。


まあ、ゴブリンもつい最近見たというだけで、そんな頻繁に見るようなものでもないような気もする。


簡単に言うと、そこにいたのはかなり大きな鳥だったのだ。


漆黒に輝く羽と、包まれてしまいそうな大きな体。


神聖に見えながらも、どこか怖いその鳥はもしかして、と思うよりも早くに、運転をしていた男が地面に膝をつき、頭を下げていた。




「これは、イカルガ様。祭典でもないのにどうしてこちらに?」


「ふむ…なんとなく見覚えがある顔が上から見えたものでな」




え、喋れるだ?


っということは、この漆黒の鳥がこの国を守っているという神鳥という存在なんだ。


このどことなく神々しい姿を見て、なんとなくそんな気はしていたが、実際にその存在を見てみると、確かに少し、気圧されるような感じがする。


そして、そのイカルガ様と呼ばれた神鳥が見ているのは、ゲイルのほうだ。


そのゲイルは気持ち悪いのと急な強キャラの登場により、顔を白くしているし、どことなく目もぼんやりしている。


それを見て、さすがにイカルガ様も少し悩んでいるのか、顔に手というか羽をやっている。




「ふむ…この姿がダメなのかの…ふむ、姿を変えよ…」




その言葉とともに、体が光ったと思うと、光量が徐々に小さくなると、そこにいたのは一人の女性だ。


黒髪に、全てが大きな大人の女性という感じで、ただ着ているものが、黒のドレスという点をおいても、かなりきれいな女性だった。




「久しぶりになったから、多少は成長したかの?」




そういいながら、自分の胸を触る女性に、ゲイルの目が輝きを取り戻していくのがわかる。


本当に変態というのはどうしようもないということだ。


そんなことを思いながら、ノエさんを見ると、ノエさんもかなり目を輝かしている。


ただ、それは魔法でそんなことができるのだということに嬉しそうな少年の目というべきだろうか…


よだれが多少出ているように見えるのは気のせいだということにしておきたい。


もう少しみんな自重してくれよと思うが、どうしようもないのかもしれない。


そんなことを思いながらも、大人の女性になったイカルガ様と呼ばれた黒い鳥はこちらというか、ゲイルの方を見ている。




「そこにいる頭が輝いているおぬし…」


「えっと、ワイのことでしょうか?」


「そうだ。おぬしのことだ。確か、会ったことがあっただろう?」


「えーっと覚えていないのですが?こんなにきれいな姿だと、忘れることはないと思いますが?」


「おぬしはバカなのかの?あったことがあるのは、この姿ではなく、さきほどの真の姿のほうなのだぞ」


「そうと言われましても…」


「あー、もうじれったいのう。ほれ、丘の上ですぐにおぬしらは逃げていったじゃろ」


「あのときの?」


「そうじゃ」


「かなりビビッて、しっかりと姿を見ることができなかったので、わかっていませんでした。」


「ふむ、そうなのか?それなら仕方ないの。それで、あそこにきたということはクエストを受けたということじゃな?」


「はい。そうなのですが…まだ何も解決策というものがありません…」


「ふむ、そうなるじゃろうと思って、やつの寝床を捜索してきたら、こんなものがあってな」


「こ、これは…」




それを見たゲイルはかなり驚いた声を出したが、それが何なのかはわからない。


ということで、ノエさんと僕も後ろから少し覗かせてもらうことになったのだけれど、そこに書かれていたものにビックリした。


それは、僕たちが現実に着ている制服のようなものに包まれた女性の絵だったのだ。


後ろにいた、こちらの世界の住人である馬車を運転していた男は、それを見たが、わからなかったのか、「なんですかな、これは…」とつぶやき、僕たちは乾いた笑いしかだせなかった。


ここで、僕はノエさんとゆっくりと後ろに離れる。




「えーっと、ノエさん…先ほどの絵はどう思いますかね?」


「うんと、どうって言われても、たぶん誰か冒険者の人がその幼鳥に気に入るかなって渡したんじゃない?」


「そうだよね…もしかして、これって…」


「マヤ君が着る流れになるかもしれないね」


「最後の手段ということでお願いしたいんですけど」


「うーん、どうなるかだね」




頼むと思いながらも、先ほどの絵に描かれた女性は、制服に包まれ、それだけなら、女性であるノエさんが着ればいい話なのだが、着ていた女性の体形が問題だった。


身長はそれなりに低く、さらに貧乳で、さらには制服も裾が少し余ってダボっとしているものだ。


貧乳、低身長。


なるほど、低身長という部分には少し疑問は残るが、ノエさんよりも低いのは確かだし、女性が出ているであろう場所も出ていない。


まあ、これは男なので、当たり前なのだが、絵の女性と似ているという点については、かなり遺憾だったが、でも実際学校に行き、久しぶりに他の人と話をしたりするとかなり自分が女性よりの顔をしていることを認めるしかない。


そんなことを思いながらも、ただこちらに被害が来るなと思っていたが、そんな甘い話はなかったのだ。




「おぬし、この絵の少女に似ておらんか?」




み、見つかったー…




「いえ、そんなことはないですよ。ボクは男ですし…」


「男とな?ふむ…」




そういうと、イカルガ様はこちらに近寄ると同時に胸を触ってきた。




「なるほど、確かにこれはおなごの体つきというわけではなさそうじゃの」


「ちょっ、ちょっと…そんな体を触るのは…」


「どうした?そんなに慌てて、おぬしのこれじゃったかの?」




そういって、イカルガ様は親指を立てる。


なんだろうか、この古い例えかたというか、おじさんのような感じは…


というか、本当に彼氏だとして、彼氏に対して親指を立てる人いるのかとも思う。


そんなことを思いつつも、このままにしておくとまずいなと感じ始めた僕は、さすがに会話に割り込むことにする。




「えっと、彼氏ではありませんけど、ボクは男なので、その恰好は嫌です」


「なんでじゃ?」


「いや、だって男なんですよ。それなのに女の恰好って…」


「でも、おぬしは可愛いじゃないか!」


「うん、男だからかわいいといわれてもかなり複雑な感情になるってことがわかりませんかね?」


「なんじゃと、そんなこと言われても仕方ないじゃろ、わらわだってこの絵のような女性に姿を変えることができたらいいのじゃが、わらわたちのような守護獣たちは人間の姿に変わることはできても、その姿は過ごしてきた年齢と同じになるからのわらわは大人の女性にしかなれないということじゃの」


「く…なんでかしらないけどバカにされている気分だよ」


「そんなことはないのじゃ、ただ、かわいいと伝えたかっただけじゃったのじゃが…」


「それならこの服を着ろっていうのはおかしいと思うんだけど…」


「それは…その頼むのじゃ」




そういうとイカルガ様はこちらに頭を下げる。


さすがの行動に僕も慌てた。




「えっと、どうしたんですか急に?」


「それはじゃって、わらわがお願いをしておる立場なのじゃから、ここは頭を下げるのが礼儀というものじゃと皆は言っておったからの」


「かなり断りづらい言い方をされるのはどうかと思うのですが…」


「わらわの頼みかたが悪いとな?」


「それはだってねえ…」




馬車を運転していた人…


そして、たぶんこのハゲに関してはただ僕の女の姿を見てみたいだけだと思うけれど、それでも二つの目が完全に断るわけないよねといわんばかりに見ている。


ここはどうするべきか…


助けを求めて、ノエさんの方をみる。




「えっと、その…」




それだけを言うと、顔をそらされた。


これはあれだ。


ノエさんももしかしたらこっちに被害が来るかもということで、僕になんとかしてほしいようだ。


確かに、大人になれば、絵のような制服を着るのはさすがに恥ずかしくなるよね。


わかる。


わかるんだけど、僕ばかりがこう被害を被っているのが嫌だ。


ただ、いやいやな僕の姿を見て、イカルガ様も何かを思ったのだろう。




「おぬし、すまぬな。受けてくれるというのであれば、わが羽根を贈与しよう」


「羽根ですか?」


「そうじゃ、こう見えても、わらわの羽根は国宝の剣にも使われ…」


「謹んで受けさせてもらいます」


「そ、そうか。やる気になってもらえたならよかったのじゃ」




それはそうだ。


伝説級の武器を作れるような素材というのはかなり嬉しい。


少しの犠牲でそんないいものがもらえるというのであれば本当にほしい。


そう思うのはゲームをやっている人間の一人として当たり前のことだ。


というか、武器を使っていて、まあ初めてまものないといっても自分ががしっかりと使っていける武器というものがなかったので、このタイミングでそんなものが手に入るというのが、かなり嬉しい。


今更ながらに、朱莉さんとの決闘の内容が、PVPなのかPVEのどちらかなのを決めていなかったので、武器を手に入れるという点でもかなりありがたい出来事なのかもしれない。


ただ、気になる点はある。




「もし、着るとなるのはもう、仕方ないこととして諦めましたけど…服ってあるんですか?」


「えーっと、わたしがつく」


「イカルガ様、何かありますか?」


「えっと、マヤ君?わたしの話しって聞いてくれてるのかな?」


「そうじゃの…一応わらわは魔法で服を編むことができることはできるのじゃが…」


「本当ですか?」


「おーい、マヤ君?」


「そうじゃ、この絵の通りに作ることはできますか?」


「任せるのじゃ、すぐにできるのじゃ」




そういって、制服の描かれた紙をイカルガ様は凝視すると、手を目の前にやる。




「魔力の糸よ、わらわが望む姿を形作るのじゃ」




その言葉とともに魔力の糸が伸びると、それは絡みつき、本当に魔力を糸のように操ることで服を編んでいるようだ。


こういうのを見ると、やっぱり現実の世界ではないんだなっていうことがわかる。


ここでようやく、僕は無視を決め込んでいたノエさんの方を見る。




「それで何か言いかけていましたか?」


「それは、その、わたしが服くらい作ってあげようかなって思ってね」


「いえ、遠慮しておきます」


「なんで?こう見えても、わたしはこれまで自作でコスプレ服を作って、イベントに参加してきたことだってあるんだからね」


「それがあると思ったから嫌なんですよ」


「どうして?」


「それじゃあ、聞きますけど、ボクはこの制服と同じようなものをそのまま作ってくださいって言ったらどうしてました?」


「そりゃ…」


「わたし好みに、マヤ君が似合う服にアレンジして作りますーですか?」


「な、なんでわたしの考えがわかるの?」


「うん、だってねえ…」




そういうことが一回あったからだ。


それは、この隣でアホみたいにどこを見ているのかわからない感じで立っていながらも、しっかりと聞き耳を立てているこの男…


の奥さんのせいだろう。


その昔、顔みせたときに、コスプレのインスピレーションが沸き立つといって、話をしてものの数分でその人だけが僕の服を勝手にデッサンし始めたときにはかなりカオスだったものだ。


今思うに、そんなこともあったから余計に会いたくなくなったのかもしれない。


昔から僕の周りには変な人が集まりすぎだと思う、本当に…


そんなことを思いながらも、イカルガ様が作っている服を見る。


ちなみに、ノエさんは的確な返しに何も言い返すことができずにもぞもぞというか、もごもごしている。


ただ、驚いたことに、その後たった一分ほどで服は完成した。


いや、本当に描いてある絵と瓜二つというのは、驚きだ。




「着替えて見せるのじゃ」


「着替える場所がないんですが?」


「ふむ、少し待つのじゃ」




そういうと、イカルガ様は神鳥の姿に戻った。


翼を広げて人が入れるスペースを作る。


たぶん、そこで着替えろということなのだろう。


まあ、そこぐらいしか本当に身を隠せるような場所がないので、僕は仕方なくそこで着替えることにした。


うん、まあ知ってたよ…




「できたかの?」


「はい」


「えーっと、さすがにぴちぴちすぎない?」


「いや、うん…かなりね」




そうなのだ。


採寸を完璧にしていないから仕方ないとはいえども、絵に描いてある女の子を元に作り出したのだから、服は小さくなって当たり前なのだ。


ただ、そのぴちぴちな服を着た僕を見て、ノエさんはかなり驚くというか、少し口をパクパクとしているので、驚きすぎて少しというかかなりきれいな顔が台無しになってしまうくらいには崩れていた。


ハゲはというと、まあ、言わなくてもわかるくらいの顔をしている。


表現をしにくいという顔だ。


簡単に言うと十八禁の顔なので、これを表現したくないというのが正直なところだ。


さすがにこのぴちぴちの感じでいるのは恥ずかしいので、イカルガ様に直してもらうことにする。




「あの、さすがにサイズがあっていないと思うのですが…」


「ふむ、少し待つのじゃ」




そう言葉にすると、イカルガ様は人の姿に戻った。




「どれどれ…確かにかなり小さく作りすぎたようじゃな」


「なんとかなりますか?」


「任せるのじゃ、わらわの魔力でこの服を作ったのだから、手直しもわらわが完璧に行うことができるのじゃ」


「それならよかった」




そうして、魔力を通した手で僕に触れたとたんだった。


服が完全にずれ落ちたのは…


目を見開くノエさんと、ゲイル…


僕はというと、イカルガを殴り飛ばしていた。

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