第8話 変わり始めるために
「何もできないな」
「全部あたいに負けてるくせにへらへらしてるだけのバカ姉のくせに!」
あたしははっとして目を覚ました。
寝汗で背中はびっしょりと濡れていた。
見ていたのは、あのゴブリンに言われた言葉、そして妹に言われた言葉だ。
今日は学校に行きたくないな…
端末で、ノエ…
絵里先生に休みますと連絡をしたあたしは、ベッドに寝転んだまま、端末をいじる。
ボーっと過ごす一日だ。
ゲームから帰ってきてからずっとこれだった。
もうマヤやんとは会えないだろうなと思いながらも、本当に短い時間ではあったけれど、楽しかった一日を思い出す。
いろいろあったせいで本当に疲れたものだったけれど、楽しいものだった。
あのゴブリンにあたしが全く役立たずになるまでは…
本当に何もできなかった。
攻撃を耐えることも…
せっかく体を鍛えても使えないなら意味ないよね…
あたしはダボっとした服の下にある自分の体を思い出して、一人自己嫌悪に浸っていた。
このままずっと部屋に引きこもっていれたら…なんてね…
できもしないことを思って、どこか自嘲気味に笑う。
そんなことを考えたりしながらも、ボーっと過ごして、気づけば学校が終わる時間になっていた。
もうすぐ帰ってくるであろう、妹の朱莉には、また嫌味を言われるのだろうと思った。
ただ、そんなときに珍しくチャイムが鳴った。
時間を考えれば、妹の朱莉が帰ってくるタイミングだ。
もしかして鍵でも忘れたのかな?
それともこの家では珍しい、宅配の可能性もあると考えたあたしは一応確認のためにインターフォンの画面を確認をした。
でもそこには朱莉が誰かと話しているのか、朱莉の後ろ姿だけが映っていた。
誰と話しているのだろうか…
さすがに誰か変な人に絡まれているのであれば、あたしがなんとかしないといけないと思っていたのだ。
だからドアを開けた。
でも、そこにいたのはマヤやんだった。
ゲーム世界の住人で、現実には存在するはずもないくらい、男だとわからないような容姿と、少し高い声。
ただ、話を聞いていると、どうやら朱莉に言い寄られているようだ。
そして、いつものようにあたしのことをバカにする朱莉に、何も言い返せない。
バカにすることに対して、かなりの勢いで怒ってくれたマヤやんのことに嬉しく思いながらも、公園では答えをだせないあたしのことを本当に残念に思っているただのいくじなしだと思ったのかもしれない。
でもそれが本当の自分なので、いくじなしでいいと思った。
家に帰ってくると、リビングには誰にもいなかった。
てっきりまた朱莉に何かを言われるのかもしれないと思ったあたしは、内心びくついていたが、それがないことに少し安堵しながらも、実の妹にあんなに言われていることに泣きそうになるのをこらえた。
「この後どうしよう…」
今日一日は本当に何もしていない。
あれからゲームにもログインできていない。
これまでゲームが始まってからログインしない日はなかったのに、ログインできない。
怖いのだ。
何もできないといわれた、あの言葉が…
確かにあたしは何もできない。
姉でありながらも、勉強も途中から妹の朱莉に抜かされ、女性磨きとして初めた筋トレなどもしすぎてしまったせいで、モデル体型の朱莉と違い、確かに胸はあるかもしれないけれど、それだけで、あとは筋肉に包まれた体になってしまった。
顔も可愛くないことはわかっていたので、普段は眼鏡をしていて…
ゲーム世界であれば、違う自分に変わることができると、ゲーム世界で出会った先生に教えてもらって、少しは変われたと思っていたけれど、それは思い違いだったのかもしれない。
性格がこんなだから仕方ないと、自分に言い聞かせている。
「どうすればいいんだろう…」
何も思いつくことはない。
一応先生にメールを送ったが返事は返ってこない。
ということを考えると、もしかすれば、また先生は定時にさっさっと帰ってゲームにログインしているのかもしれない。
とりあえずログインしてみよう。
あたしはいつものようにダイブギアを被ると、ゲーム世界で目を覚ます。
ベッドの上。
ログアウトした場所だ。
あれから少し離れた場所でログアウトしたことを思い出した。
まずは、どこの宿屋でノエやマヤやんがログアウトしたのかを調べる必要があるかな…
そう思って部屋から出て、宿屋を出ようとしたときだった。
「あ…」
そこには見覚えがある人が歩いていたので、あたしは思わず声をあげていた。
そして、それは目の前の知り合いに聞こえていたようだ。
「あ…とはなんですか?私はあなたのような非常識な相手と知り合いになった覚えはありませんが?」
「何を…」
「ええ?わかりませんか?一度否定されて逃げた人と何を話せばいいと思うのですか?」
「…」
「図星でしょう?何も言い返せないのでしょう?それであなたは何がやりたいのですか?」
「何も…」
「はあ…本当に覇気もなくなって、つまらない」
つまらない、そういわれて、唇を噛む。
そんなことは自分自身わかっていた。
つまらない人間だ。
朱莉にも言われた。
何も言い返せない言葉…
何も言い返せない、あたしに興味もないようにため息をついて、レイラは離れていこうとする。
このままでいいの?
ほんの会ってまだ、ときもたっていないような女性にただ、一方的に言われっぱなしで…
よくない。
だって、ここであたしが何もしなければ、もう二度とここから動けなくなってしまいそうだから!
「ねえ…」
「なんですか?私は忙しいのですが?」
「あたしと模擬戦しなさい」
「あの戦いで約に立てなかった、あなたが私に太刀打ちできるとは思いませんよ」
「そうね。でも、このままうじうじしていたら、本当に何もできないだけの人になってしまうから」
「それで、私に勝てると?」
「勝てない…わかってる。でも挑戦しないのは違うから…」
「そうですか、それであればギルドに行きますよ」
「どうして?」
「あそこには模擬戦会場が実はありますからね」
「そうなんだ」
そうして、ギルドに向かうことになったが、会話はなかった。
仕方ないことだ。
あたしも何を話せばいいのかなんて全くと言っていいほどわからないのだから…
ギルドにつくと、素早く手続きを済ませたレイラがこちらに戻ってきた。
「それじゃ行きますよ」
「わかってる」
ギルドの奥に通される前に、ギルド内が少しざわついていたが、その喧騒をあたしたちは抜けると、壁に囲まれた運動場のような場所についた。
そこには、あのゴブリンと戦ったときにもいた、ギルドの受付嬢であるエリカと呼ばれる人が真ん中に立っていた。
「えっと、どういうこと?」
「それは、私がやりすぎないようにストッパー役というものですね」
「あたしはそんなに弱いってこと?」
「それは戦ってみればわかります。使うのはそこにある木剣であれば、どれでもいいですからね。私はこれを」
レイラはそういうと、包丁より少し長いくらいの、戦闘で使っていたような大きさの木剣を二本手に取る。
あたしもいつも使っている大剣を壁際に立てかけると、同じようにいつも使っているようなものはさすがにないので、それより少し短い大剣を手に取った。
二人で一定の距離をとると、真ん中にエリカが立つと、あたしとレイラ、両方を確認すると、右手をあげる。
そこでお互いに構えをとる。
「それでは、開始」
その声とともに、右手が振り下ろされた。
こういう場合、セオリーというものをノエに聞いていた。
まず、戦闘というものはお互いに距離感を測りながら、行っていくもの…
だから、合図とともに、レイラがこちらにめがけて突進してくるとは思いもよらなかったのだ。
「ひ!」
それにあたしは思わず体を引いてしまう。
そこをレイラは狙いすましたかのように、低い姿勢になると、足を狙った回し蹴りをしてくる。
何もできることがなかったあたしは、それで尻もちをついて倒れてしまう。
痛みに一瞬目を閉じて、開けると、目の前には木剣があった。
「この程度ですか?」
「ち、違う」
「なら立ちなさい。あなたが、今後マヤ様に近づくことがおこがましいことをしっかりと教えてあげますから…」
レイラはそういと、バックステップで少し距離をとる。
その間に、あたしは立ち上がった。
やっぱり強い。
最初からあたしがまだ少ししか知らないセオリーというものを完全に無視して攻撃をしてくる。
でも、まだ最初の一撃だけ…
次こそ、しっかりと反応して反撃をしてみせる。
だからこそ、次はあたしから仕掛ける。
立ち上がり、構えをお互いに取ったところで、あたしは前に走った。
十歩ほどで間合いに入る距離。
間合いに入ってさえすれば、力が強いあたしが絶対勝てる。
だからこそ、剣を振るうために右肩に背負うように走ったのだが、三歩目のときに目の前に剣が迫っていることに気がついた。
「え!」
慌てて剣でガードするが、狙われたのは顔あたり、走っていた足はとまり、視界は自分の大剣によってさえぎってしまう。
まずい、そう思った時には、後ろからザっと地面を蹴る音がして、腰に衝撃がきて前のめりに倒れる。
「ぐ…」
腰に蹴りをもらったのだろう。
受け身もうまくとれなかったあたしは、顔から地面に倒れる。
ズキッと痛みがはしる。
「ちょっと、レイラやりすぎでしょ」
それに、慌ててこちらに駆けよってくる音がする。
エリカがあたしのことを気遣ってこちらに寄ってきているのだろう。
ただ、まだ起き上がれないでいるあたしに向かってレイラから声がかかる。
「もう、終わりですか?」
「ちょっと、レイラ…顔から打ったんだから、もう無理でしょう?」
「でも顔に少し怪我を負っただけですよ?」
「それでも女の子なんだよ」
「そうですね。ですが、ここで終わるか決めるのはそこの人ですよ」
上からレイラに見下ろされているのがわかる。
でも仕方ないこと…
本当にそうなのだろうか?
自分で諦めているのではないのだろうか?
そして、諦めれば解決するのではないかと思って自分をさらけ出すのができなくなって、気づけば何も言えなくなっていた。
ゲーム世界だからと、おしゃれも少ししてみて、ノエと出会うことでギルドランクも上がって、周りの人からすごいといわれるようになって調子にのっていた。
でも現実を変える勇気はなくて…
あれ、そういえば、マヤやんってどうなんだろう?
あの可愛さであれば、一緒の学校にいたことがわかっていれば、学校では暗くてあまり友達もいないあたしでも、その噂くらいは聞くことがあっただろう。
それなのに、一回もそれを聞いたこともない。
ということは、もしかして何かあってマヤやんも一歩踏み出したということだろうか?
だって、同じクラスにあんなにかわいい男の子がいれば、朱莉がすぐに自分のものにしようとしたと思う。
そっか、そうなんだ…
「あたしはまだやれます」
「シズエさん、大丈夫なんですか?」
「はい…あたしはまだ、何もしていませんから!」
立ち上がって、レイラに顔を向ける。
それを見たレイラは、笑う。
「ようやく、少しはいい顔になったんじゃない、シズエ」
ここであたしは、久しぶりに名前を呼ばれたことに気が付いた。
あたしも思わず笑みをこぼす。
そうだ…
あたしはまだ何もできていない。
いや、挑戦すらもできていない。
しているのは、逃げていることだけ、違うことをして納得させようとしていただけだ。
それじゃあ、あたしが今、少しでも一緒にいたい、マヤやん…
それに、ノエにだって見捨てられるかもしれない。
それだけは嫌だ。
顔が痛い。
でも、余計に集中力は増した。
「レイラ、ごめん」
「謝らなくていいですよ、覚悟が本当に決まったのなら、来てもらえればいいだけです」
「わかった…いくよ」
ぐちゃぐちゃと考えるのをやめる。
レイラは、マヤやんは、ノエは…
戦闘中にどんなことを考えているのだろうか?
みんなのことだからわからない。
でも、わかることはある。
あたしはみんなと違う。
だから、ずっと力があるから、力で押せばいいもと考えていた。
でも、それは違う。
確かに近づければそれで、これまではよかった。
ただ、この戦闘ではレイラには全く近づくことができなかったし、あのゴブリンとの戦闘では力負けを完全にしていた。
ホブゴブリンでさえも、両手で、ただの力比べだけをしようものなら、こちらは一方的に負けてしまうだろう。
それがわかっていたのに、力任せに武器を振ることしかしなかった。
確かに、周りに仲間がいたらそれでよかった。
でも、みんなに並ぶには今のままではダメだ。
少しでも前に、強くなるために何かを見つけなければならない。
試す価値はあるかな…
あたしは、剣を握っている手の力を極力ぬいた。
地面に剣をつける。
そして、レイラに向かって走る。
距離は先ほどと同じで、十歩ほどだ。
ガガガと、木剣を引きずる音が足元でしているが、それでいい。
構えをとっていれば、それだけで走るスピードも少し落ちてしまうのだからだ。
その行動に、さすがのレイラもバックステップをとる。
そして、すぐには動けないと思ったのか、横にステップする。
ただ、あたしはそれをわかっていた。
木剣を放り投げる。
横幅が広い大剣だからこそ、それはレイラの体に確実に当たるように飛んでいく。
「くっ」
初めてレイラが少し焦りの表情を見せた。
それはそうだ。
木剣といえども大剣だ。
筋力もあたしよりも低いであろう、レイラがその攻撃を完全に防ぐことができたとしても、隙が生まれることは容易にわかっていた。
だから、そこを詰める。
ただ、レイラもこちらの行動をわかっているのだろう。
ジャンプで木剣を飛び越える。
そして、飛び越え際に木剣のナイフをこちらに投げてくる。
でも態勢を崩したことで、その勢いは先ほど見た投げナイフのスピードに比べても遅い。
だからこそ、そのナイフを横から殴ることによって防ぐ。
それを見た、レイラが着地しながらも、変な目でこちらを見る。
「迎撃の仕方が完全に筋肉バカのやり方ですね」
「仕方ないじゃない。」
「でも、さっきと違うことは今のでわかりました。」
「それならよかった」
そうなのだ。
武器を投げてから気づいた。
武器というのは確かに攻撃を防ぐ手段であり、攻撃をする手段ではある。
ただ、忘れてはいけないのは、そこまでに使用するのはすべて体だということだ。
あたしの場合、考えていたのはどうやって武器を使って攻撃をすればいいか、それだけしか考えていなかった。
それは、あっているようで、違っていた。
最終結果として武器を使って攻撃をするというのは確かにその通りなので、わかるのだけれど、そこまでの過程の話しだ。
相手してきた攻撃をどう防ぐのかというものだ。
いや、レイラやマヤやんの姿を見ていればかわすという方法が効率的なのだとわかった。
「ねえ、レイラ…あたしってバカ力かな?」
「ふ…あんな大剣を持てるだけで、かなりバカ力だと思いますよ」
「そっか…どうやったら強くなれるかな?」
「そんなの、ぼっこぼっこにやられてからわかるものです」
「確かに、そうなのかもね」
「嫌に聞き分けがいいですね」
「だって、少しでもみんなの隣に立ちたいから!」
そうして、再度戦いを挑んだが、うまくかわさたあたしはレイラに足払いをされて、尻もちをつき、負けてしまった。
「ダメだったか…」
さすがに三回目で、この三回目はかなり粘っていたので、体力的にかなり疲れていた。
ゲーム世界の話なはずなのに、疲れるなんて、おかしいのかな…
そんなことを思いながらも、倒れたあたしの目の前に手がさし伸ばされる。
その手をあたしはとった。
「最後は少し、ましになったのではないですか?」
「あははは、ありがとう。」
「いえ…少しなので、ここからはしっかりと修行でもしてもらいますけどね」
「えっと、お手柔らかにお願いします」
「ええ、頑張ってください」
こうして、少し前に進むことができることになったあたしは、レイラと特訓をすることになった。
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