第5話 ゴブリン掃討作戦

そこにいたのは、しっかりとした防具をした壮年の男だった。


見たことのない顔だな…


そんなことを思っている僕とは裏腹に、他のみんなは声を揃える。




「「「「ギルドマスター」」」」




なるほど、見たことのない、この人はギルドマスターなのか…


見事な戦斧を背中に担いでいることから、強いというのはわかったが、ギルドマスターということはそれなりの使い手というものなのだろう。


まあ今日ゲームを始めたばかりなので、どうなのかは知らなくて当たり前なのかもしれないけれど。


そう思っていると、ギルドマスターと呼ばれた男は口を開く。




「先ほどの魔法を発動しながら、森を出てきたのは誰の意見だ?どうしてそうする必要があると思った?」


「それは、すべて僕の独断ですね。理由は、もし、森の外に先回りされてゴブリンがいた場合、あの魔法で目くらましをしたうえで通過するためですね。さらに、味方である冒険者がいた場合は、魔法を使えば基本的には冒険者がでてきた可能性が高いと思ってもらうためですね」


「ほう…よくわかっているじゃないか…ちなみに、どうして魔法は攻撃魔法を使わず、サポート魔法を使用したのだ?」


「それは、使えないからですね」


「ほう…なるほど、攻撃魔法が使えないからとな…でも、今確認されているゴブリンは二種類上位種がいて、一つは力が強く筋力的に発達した、ホブゴブリン。そして攻撃魔法が使用できるようになったゴブリンウィザードがいるということをわかってやっているのかと思っていたが、これはまた、面白い。思い付きが当たったということか、はははははは」




豪快に笑うギルドマスターのことを、僕以外の人たちが怪訝そうに見る中で、僕は考え事をしていた。


ゴブリンウィザードがいるのか…


それは、ゴブリンの中でも知性が多少ある存在だ。


ということを考えれば、先ほどみた上位種はゴブリンウィザードのさらに強くなったものなのか?


いや、あれはさらに上。


そう、僕たちがゲームでもし、相手を見かけたときに、相手の名前が表示されたとすれば、こういう名前になっているだろう、ゴブリンロードと…


ただ、そのことを言う前に、それは始まった。




「ゴブリンが来ます」


「迎撃にあたれ!」




その言葉が聞こえた後に、すぐにギルドマスターから野太い声が響く。


そして、集まっていた冒険者たちが今まさに森からでてきたゴブリンたちの迎撃を始めた。




「これは…」


「はははは…まあ、ワシとしても嫌な予感がしていたからな」




確かに、森に入って少ししてゴブリンに出くわしていたし、そのゴブリンたちによる罠があったり、ホブゴブリンに出くわしたりと、かなり森を侵食されているイメージがあった。


でも、それにしても準備がよすぎる気がしてならない。




「それでも、すぐに他の冒険者を動かすというのは難しいことじゃないですか?」


「それは、わかっている。だから、ゴブリン退治にしては少し報酬金を上げておいた」


「でも、どうしてボクたちが出てくる場所がわかったんですか?」


「いや、わからんさ、でもワシらの予想でそんな感じがしたということだ」




そう言ってガハハハッと豪快に笑うギルドマスターを見て、こちらも苦笑いする。


でも、その予想がしっかりとできるくらいにはゴブリンなどのモンスターと戦ってきたということなのだろう。


そんな会話をしているときに近づいてくる人影が…




「レイラ、マヤさん」


「エリカさん」


「エリカ」




そこに現れたのは、この街のギルド受付をしていた、レイラさんの馴染み人である、エリカさんだ。


かなり息をきらせているところを見るに、走ってきたのだろう。




「驚きました、どうしてエリカさんはこちらに?」


「それは、ゴブリンが大部隊をもって進行してくるってことを聞いていたからですね」


「どういうことですか?」


「はい。ギルドでは基本的に、モンスター討伐に関しては市民の方、または冒険者の方が目撃した情報をもとに、ギルドの専門に任命もしくは専属でいる方により状況を確認してもらい、それにより依頼書というものを発行して、クエストにするというのが、一連の流れになるのですが、森で他の討伐を行っていた冒険者の方々から、ゴブリンと遭遇、またはいるのを確認したということを戻ってこられた四組中四組全ての方があったようでしたので、緊急的に調べようとしたところ、それを耳にしたギルドマスターによって先に大規模戦闘があることを予想して用意し、立ち向かうことにしたということになります。」


「そうなんだ」


「はい。そして、その準備にあたり、こうしてギルドの職員も何名かが派遣されているというものになるのです。そして、後ろにはそれを支援する天幕が用意されていますので、まずはそちらにて装備を整えてもらうのがいいと思います。」




そういって後ろを指さすと、そこには確かにエリカさんと同じ服装をした、ギルド職員であろう人たちが十人ほどだろうか、簡単な医療テントの設営をしていた。


そうして一旦ということで後ろに待機する。


ここは森からは五百メートルほど離れているので、森から出てきたゴブリンたちを迎撃しているのが、遠目に見えていた。


少し休憩をした僕は立ち上がった。




「よし、行こう」




僕がそう声をかけると、ダイブ者である三人は同じように立ち上がった。


ただ一人、レイラさんが驚いたようにこちらを見る。




「そんな、他の人にお任せしていればいいんですよ」


「それはできないよ。あれを見たのはボクたちだけなんだから、対処しないと…」


「それは、私や他の人でやっておきます。マヤ様が行かなくてもいいことでしょう?」


「そうかもしれないけど…でも…」




そう、正直なところを言うと、かなり体は震えていた。


あの時の咆哮というべきか、絶叫した声が頭の中に残っていたからだ。


そして、ホブゴブリンとの戦闘のときも最後以外では特に役に立たなかったからだ。


でも、それでも僕は戦いにいきたいと思った。


それは少し高揚感もあったからだ。


それは昔からゲームをやっていたときに感じていたものであり、困難なクエスト内容やモンスターによって戦い方、戦略を考えたのはいい思い出だった。


確かに、まだこのゲームをやり始めて、十時間ほど…


現実に近すぎるせいか、モンスターを前にするとどこか怖く、確かに普段のように体を動かせているのかすらも疑問に思うほどだ。


ここで逃げ出してもいいのかもしれない。


でもそうなったとき、みんなは行くのだろう。


そうなったときに置いていかれるのは嫌だったし、まだ確かに少しの時間でしかなかったけれど、この仲間で受けたクエストをまだ、クリアしたわけではない。


どうせなら、最後まで一緒にやりたい。


それにレイラさんにもし、後ろに一人でいろと言われても、その約束は守れないだろうしな…


みんなと一緒に強敵を倒す。


それはオンラインゲームの醍醐味なのだから…


だから口にしていた。




「ボクは、あのゴブリンと戦ってみたいから…」


「そう、ですか…」




その真っ直ぐな瞳にさすがのレイラさんも、もう止めても無理だとわかってくれたのか、それだけを口にする。


そしてみんなの顔を見渡すと、僕たちはその場所を後にした。


前に行こうとするときに、シュウが口を開く。




「それで、作戦というのは決まってるのか、マヤ」


「いや、ないよ…」


「ないのか?」


「あははは…だって、これだけ周りに冒険者が集まっている状態で作戦もないと思うけど…」


「確かにな、こっからはどっちが倒れるかの勝負になりそうだもんな…」


「ちょっと、マヤやん頼りでまともに作戦なんか練れるはずもないあんたが何を残念そうにしてるのよ」


「うるせえ、お前だって脳筋なんだから似たようなもんだろう」


「違うし、このあたしには作戦があるんだから…でもそれには、ノエいいかな?」


「うーん…嫌って言っても、やるしかないでしょうしね」


「どういうこと?」


「複合魔法を使うってことかな」


「本当ですか?」




何それということを言う前に、いつもはかなり冷静なレイラさんが取り乱すくらいには、驚いている。


先ほどのこともあるから、どういう魔法なのだろうか?


確かに、ノエさんは風と火の二種類の魔法に適正があるようだったが、それを混ぜて魔法を放つなんてことが、まだ実装まもないこのゲームでできるということからの驚きなのだろうか?


いや、でもレイラさんはこの世界の住人なのだから、もしかすれば本当に、複合魔法というのはこれまでの概念を壊すものなのかもしれない。


そう考えていたのはどうやらレイラさんも同じだったらしく、一瞬取り乱したが咳払いをして、落ち着かせると口を開く。




「ということは、火を風により強化するってことですか?」


「はい。複合魔法の範囲攻撃である、ファイアストームを使います」


「炎の嵐…それは心強いですね。」


「はい、なので、わたしとマヤ君を後衛で、レイラさんとシズ、シュウを前衛で対処という感じでどうでしょうか?」


「マヤ様をなぜ?」


「複合魔法ということで、詠唱に極度の集中力が必要になるので、護衛ということでいきます」


「わかりました。確かに私と発動した合体魔法でも発動にかなり時間をかけましたしね。それで、いつから魔法に入られますか?」


「すぐにでも詠唱に入ります。」




そのノエさんの言葉の跡にすぐに、これまでのゴブリンではないやつらがきた。


見るからにわかるのはホブゴブリンだ。


後は、いかにもな杖を持っているのは、たぶんゴブリンウィザード。


そして、驚いたのが、あのモンスターであるオオカミに乗った、ゴブリンライダーと呼べばいいのか、そんなモンスターたちがいた。




「ホブゴブリンが二体に、ゴブリンウィザードが三体、ゴブリンライダーが一体みたいだね」


「はい、あのオオカミに乗ったゴブリン以外は私たちも幾度となく戦闘経験がありますので、ほら行きますよ、シズエ」


「本当に、このメイドさんは、どうしてあたしとノエで扱いが違うのか教えてほしいよ」


「そりゃ、お前が脳筋でまともに話ができないからだろ…」


「なんだと、シュウ。あんたはどっちの味方なのよ」


「そりゃ、俺は大人な女性の味方だ。」


「くう、この胸を見ているのに大人じゃないってことなのかな?」


「ふっ…性格に問題ありだろう?」


「いい度胸じゃない。そんなあんたはしっかり前衛できるんでしょうね」


「できるっていうか、そのためにこいつを出すからな」




そう言ってシュウが取り出したのは盾だ。


それも体の半分くらいにもなる、あきらかな中盾以上はあるような代物だ。


どうりで、後ろの天幕でごそごそと何かをしていたわけだ。


盾もあるんだと感心していると、それを見ていたレイラさんんが少し呆れたようにして口を開く。




「盾ですか?」


「そうだよ」


「本当に、男は…そんなもので戦えると思っているのですか?」




さすがにその武器に不満があるレイラさんが言うが、それをシズエさんが横から止める。




「まあ、さすがに使えないものを装備はしてこないよ」


「本当ですか?」


「そうそう…まあ使えなければ、あたしたちのパシリになるだけだからさ」


「そうですか…それではマヤ様の手足として動いてもらうことにしましょう」


「本当にね」


「いや、俺の意思…」


「それじゃあ、行くわよ」


「あー、無視ですかー…まあいつものことだな」




三人は前衛として戦っている人たちのもとに向かって進んだ。


そして、僕は詠唱に入るであろう、ノエさんの近くにいた。




「ふう…」




ノエさんは、まだため息の段階ではあったが、かなり集中をし始めたのがわかる。


ただそれに気づいたのだろう、こちらにやってきたのは、ゴブリンライダーだ。


機動力を生かして、こちらに向かってくるそれに僕は対峙することになった。


前線でも、三人がホブゴブリン二体と相対していた。







「くそ、ホブ二体とか、これまでと難易度が違うだろ、さすがに…」


「でも、やるしかないだろ、今回のゴブリンの魔石はギルドから、二倍の買い取り金額を提示されてるんだからな」


「だったら、もう少し綺麗に魔石を残すように倒すということができないか?」


「おま、このモンスターの数でそれを簡単にやれっていうほうが難しいだろう」


「確かに、そういわれたら、俺だって自身はねえな…」


「それで、このホブ二体はどうするんだ?」


「今、せっかく話をそらしたところだったのによ…」




そうして男たちが覚悟をきめてホブゴブリンと武器をまじえようとしていたときだった。


目の前のホブゴブリンたちはこちらを見ていないことに気づいたのだ。


そして、後ろから声がする。




「シズエ、まずは一発お願いしますよ」


「わかってる。はああああああ」




颯爽とやってきたのは大剣を担いだ少女だった。


冗談から走ってきた加速を含めて勢いをつけ、大剣を両手で振りぬく。


それにはさすがのホブゴブリンも先ほどまで悠々と振っていた、こん棒を防御にまわすしかなかったようだ。




「ガキン」




鈍い音がして、お互いの武器が弾かれる。


そしてその隙間を、後ろからさらに加速してきたメイド服を着た女性が追い抜き、そして両手に持っていた大型ナイフによって胸元を斬りつける。


傷はまだ一撃なので、弱いがそれでも俺たちが苦戦をするはずだったモンスターに簡単に傷をつけてしまうとはたいしたものだった。


ただ、大剣のほうの少女が口を開く。




「そんなのすぐに一刀両断しなさいよ」


「そんなことが普通にできて、さらにやろうとするのはあなたくらいですよ、脳筋さん」


「何よ、あんたがガリガリなだけなんでしょ、その胸みたいに」


「む、胸は余計ですよ。私だって、私だって、今後はご主人様にもまれて大きくなるんですから」


「ははん、そんな妄想は自分の中だけでとどめておかないと、いろいろと恥ずかしいよ」


「いいますね。そっちだって自慢できるのは胸だけでしょう?ほかの体の部位はどうせ鍛えすぎで柔らかくないてごつごつして、そんなのじゃ、男性に抱きしめられることなんか皆無じゃないんですか?」


「そ、そんなことない…それにあたしは、マヤやんを抱きしめたいと思っているから、それでいいんですー」


「へえ、ご主人様がいないところで、私の前でご主人様の名前を気安く呼びましたね」


「それが何がいけないのかなー」


「くう…」


「ほら二人とも、喧嘩するなよ」


「「あんた(あなた)は黙ってて」」


「いや、俺の扱いよ…」




なんか喧嘩をし始めたなと思ったら、イケメンが割り込んできた。


それも普通じゃありえないと思ってしまう、盾のみを装備したやつだ。


こいつがもしかして、今の言葉に出てきたご主人様というやつなのかと思ってしまったが、あの扱いのひどさを見るにたぶん違うのだろう。


そうなると、この見た目は美女の二人に溺愛されている男なのかはわからないが、やつはどういう人間なのだろうかと気になってしまう。


というか、そんないい気分のやつがいるのなら爆発してしまえと思ってしまう。


ただ、そんな考えも、すぐに焦りに代わる。




「おい、あぶねえ」




そう、体制を立て直したホブゴブリンが、またこん棒を振ってきたのだ。


だが、こちらの心配は杞憂に終わった。




「ふっ」




小さな気合のもと、盾を持った男がこん棒の間に割り込むと、盾の上を滑らせるようにして受けた。




「へえ、やりますね」


「まあ、盾は得意だからな。ただ、攻撃手段が盾で殴るくらいしか今のままじゃないけどな」


「まあ、シュウだけならそうかもね。でもあたしたちがいるからね」




そういうと、大剣の少女が足を斬りつけ、それを嫌がったホブゴブリンが距離を取ろうとしたところで、待っていたメイドさんが先ほど少女が斬った位置と全く同じ位置を斬りつけることで、さらに傷を深めていた。


それでも、ホブゴブリンはタフでまだ倒れることはない。


そんなときだ。




「くそ…」


「すまん、そっちにいった」




そんな声が横の方から聞こえる。


まずい。


でも俺にはどうしようもできない。


そう、ホブゴブリンの二体目がこちらに向かっていたのだ。


相手をしていたのは、このタイミングでクエストを受けていたそれなりにランクの高い冒険者のはずだったが、それを一時的に突破したらしい。


加勢をしなくてはとは思うものの、足手まといにしかならないともどこかで思ってしまった。


だが、そんな状況を前で戦っている三人はむしろ喜んでいた。




「きたー」


「ええ、本当にちらりとここに参戦する前にご主人様にいわれた言葉を思いだしましたよ」


「いや、本当にな。マヤのあの、予測と予想というのか?すごいよな」


「何を言っているのですか?ご主人様はすべてがすごいですよ」


「いやまあ確かにそれはそうなんだけど、どうして俺はいつもきれられないといけないんだよ」


「それは、マヤやんのことでいらないことを言うからだよ」


「へいへい、俺は盾にでも引きこもっていますよ」




そんな軽口を発しながらも、ホブゴブリン二体の攻撃をやり過ごし始めたこの三人の冒険者に俺はただ感動を覚え、いつかは追いつくことを誓うのだった。







そんな誰かの決心がこちらに届いているはずはなく。


僕は苦戦を強いられていた。




「く…」




強い。


素直にそう思える相手だった。


ただゴブリンがオオカミに乗っているだけだと思っていたけれど、それは間違えだということを、すでに何度か剣を交えるうちにわかった。


これならもっと小さい剣を借りるべきだった。


そう考えるが、すでに後の祭りだ。


そう、あのとき、ホブゴブリンを倒す際に、魔法の犠牲となった蛇腹剣は使えるものではなくなっていた。


それはそうだ。


たぶん武器としてのランクが低いから、仕方ないことだと思っていたし、だからということで、シュウから俺は盾を使うから、これを使ってみるかと渡された大剣ではないけれど、長剣の部類に入るこの剣ではゴブリンライダーの素早さに対応しきれていなかったのだ。


やっぱり、初めて使う武器というのは難しいものだ。


ただ、よかった点といえば、素早さが早いものの、そのスピードを扱いきれていないのか、正確な位置に攻撃を仕掛けてこなかったことだ。


そう、簡単にいえば攻撃のタイミングがずれており、体をかすめたりはするものの、攻撃がちゃんとは当たっていないということだ。


といっても、このまま戦っていてもじり貧なのは事実だ。


それに、今のところノエさんにはり付いているからか、ノエさんを直接狙うということは相手ができていないのもこちらとしてはよかった点だ。


ちらりと前線を見ると、すでにホブゴブリンが二体ともあの三人のもとに向かっているので、あちらはノエさんの魔法待ちということになるだろう。


ゴブリンウィザードに関しては、すでに一体をギルドマスター率いる精鋭たちが倒していて、さらにもう一体を狩ろうとしているところだ。


ということは、やっぱり一番重要なのはここだな。




「ふう…」




息を整えて集中する。




「ギャア」




上に乗ったゴブリンが何かを言って、それに呼応するかのようにオオカミがこちらに駆けてくる。


もう何度目かにはなるが、それでもオオカミの動きには驚きがあった。


何か支持があるのか、時折地面を蹴って方向を変えながらこちらに向かってくる。


そして、グッと一瞬だが、オオカミの足に力がこもるのがわかる。


まずい、くる。


そう感じたときには遅かった。


目前に迫ってくるゴブリンの顔。


武器を振る位置を予想して、長剣で受ける。


だが受けた感覚がこれまでと違い軽いことに気づいた僕は、すぐさまその場を転がっていた。




「はあはあはあ…」




転がることにより距離をとった僕は立ち上がると、深く息を切らせていた。


先ほどまでたっていた位置には、斬りつけられた髪の毛が落ちていた。


ゴブリンライダーは当たったことにギャアギャアと騒ぎ立て、さらにはオオカミに向かってギャアギャアと何か支持を出している。


くそ、本当にださい。


あれだけ、前線にいってくれたみんなには、ホブゴブリン一体を相手していれば、うまくいけばもう一体も引き寄せられるので、それを耐えて最後にノエさんの魔法を放って終わりです。


なんてことを言っていたくせに、僕自身は、ホブゴブリンよりは弱いと思うゴブリンライダーに苦戦している。


服汚れたな…


転がったせいで頭が少しくらくらする。


前髪、邪魔だな…


前髪を目の位置くらいでつかむと、そのまま長剣ですっと切った。




「これで視界はオッケー」




後はどうやって、このゴブリンライダーを倒すかだ。


ここまでいいようにやられて、見えてきたものがある。


まず、ゴブリンが持っている武器は鉈と呼ばれる、刃物系武器だ。


そして、次に命令というのを上のゴブリンが出しているということだ。


そこが普通のゴブリンと違って頭がいいからできることなんだろう。


だから、ゴブリンライダーというものになれたと考えるべきだ。


頭がいいから学習をして、そして修正をして、さっきみたいに幾度目かの交錯で、とうとう攻撃を当てられたと考えるべきだ。


だとすれば、僕がやるべき戦い方は、先ほどまでとは違うやり方で相対するということだけだ。


服も汚れたし、あとどうなっても、これ以上は汚くなることはないかな。


そう考えたとき、僕は左手を地面に置いていた。


これまでと違う行動にあきらかに警戒をするゴブリンライダーは、こちらに不用意に攻めてくることはない。


でもそれなら、こちらは好都合だ。




「水よ、壁となりて我を守れ、ウォーターウォール」




それにより、水の壁が目の前に出来上がる。


お互いの姿が水の壁越しにしか見えなくなった状態だ。


これにはさすがのゴブリンライダーもどこかうろたえているように、ギャアギャアと騒がしくなった。


ただ、このままでは確かにこの水の壁が出ている間だけお互いに不干渉になるだけで、もしお互いに姿を見失うことになれば、不利になるはあきらかに僕のほうだ。


それは、守るべき相手がいるからだ。


でも、素直にここに隠れているつもりは全くなかった。


だって、いろいろなことを試してみたくなったからだ。


確かに追い込まれている状況ではあるけれど、ここで逆転の一手が、できれば形成は一機に交代する。


それくらいに、相手は油断していると思う。


よし、やれるな。


僕は剣を上段に振り上げた。


そして、水の壁に向かって振り下ろした。




「シッ」




小さく気合を込めて振りぬいたそれは、壁を斬り、さらには水しぶきをとばした。


古典的な手ではあるけれど、一定の効果があるのはまず目くらまし…


ただ、それは水の壁を破壊しただけで、水しぶきはほんの少しだけ、ゴブリンライダーに飛んだ程度で、それで目くらましになったのかといわれると、全くなっていないと考えるくらいだ。


でも、これで終わりじゃない。




「水よ、泡となりて相手を幻惑せよ、バブル」




中に浮く水の玉を発生させる魔法を使う。


普通であれば、目くらましに使う魔法だろう。


でも、僕にはそもそも攻撃魔法が使えないのだ。


そうなると、こういう距離を置かれた戦いにおいて、かなり厳しいものになっていた。


だから考えた…


これを打つ!


野球のホームを思い出す。


振り方なんかは見よう見真似だ。


腰の高さにあった水の玉を打ちぬいた。


普通であれば考えつかないような方法だろう。


でも、この魔法はそんな使われ方をすると想定をしていなかった出来事だからか、それともすぐには壊れてしまえば、自分にも被害がくることだからか、打つことができた。




「はは…」




思わず笑みがこぼれる。


弾き飛ばした水の玉は、オオカミの前の地面に当たってはじける。


それにオオカミが思わずというふうに飛びのいた。


こちらをバカにしていたゴブリンは油断をしていたのだろう。


しっかりとオオカミにしがみついていなかったそいつは、振り落とされた。


チャンス。


その瞬間に僕は走っていた。


そして、ギャアギャアとわめきながら、オオカミに乗ろうとしているゴブリンに迫る。


届く!




「はああああ!」




僕は、地面にすれすれに剣先をおろしていた長剣を斬り上げた。


下から上への斬り上げ。


技の名はスラッシュ。


他のゲームときは確かに大剣で使っていた技だったが、この能力値では、この少し長剣ですら、それくらいの重さはある。


だからこそ、ゴブリンを切り裂きながらも、その剣に振られるようにして、足が地面から少し浮く。


ここで、仕留めないとだめだ


そう感じていた僕は、なんとかとどめると、そのまま地面に叩きつけるようにして、攻撃の勢いを殺すと、そのまま左の肩に担ぐようにして力をためる。


攻撃を受けると思っていなかったゴブリンはあまりの痛さなのか、もがいている。


ただ、このままでは倒しきってはいない。


でも次できめる。




「これで終わり!」




そう言葉にしながら、その担いでいた剣を力の限り振り下ろした。


そしてそれは、ゴブリンと逃げようとしたがゴブリンによって逃げれなくなっていたオオカミを切り裂いた。


かなり不格好ではあったが、大剣でいつもやっていたコンボである。


スラッシュからのダウンスラッシュがきまった。


倒せたことに安堵しているときだった。


ふわっと一瞬空気の流れが変わるのがわかる。


これはと思って、その事象を起こしているであろう人のもとを見る。


そこでは短剣を赤というよりも茶色に近い色になったそれを正面に構えたノエさんだった。


異変に気付いた前線にいた冒険者たちが魔法がくるであろうと思ったのか、魔法が通る道をあける。




「火よ、風よ、二つが混ざりて一つの魔法となせ、火を巻き起こす風の竜巻となせ、ヒートトルネード」




そして、その言葉とともに火柱が一つ上がり、それを風の竜巻が包んだ。


火の竜巻となったそれは、ホブゴブリンに向かって進む。


異変に気付いたホブゴブリンたちはそこから離れようとするが、シズエさんたちが足に傷をつけてくれていたためか、本来のように動くことができなかったホブゴブリンたちは、それまでに蓄積されていたダメージによって火の竜巻が体を包んだ。




「ギャイイイイイ…」




二体分の絶叫が響き渡り、それは断末魔となった。


二体のホブゴブリンが地面に倒れたときだった。




『おおおおお…』




ホブゴブリンたちを相手していた冒険者たちの喜びの声が聞こえる。


ギルドマスターたちのほうも、ゴブリンウィザードを倒し終え、一件落着になる。


誰もがそう思っていた。


でも僕はわかっていた。


まだ終わりではないということを…


ここからが本当の戦いになるかもしれない。


どうやら、そう思っていたのは僕たちの、あれを見たものだけだった。


だからだろう、森から出てきたそいつを、一人の冒険者は迂闊にも近づいたのだ。




「なんだ?普通のゴブリンにしては、いい装備をしているな、俺にくれよ」


「おいおい、山分けでいいだろう」




だが、それに気づいた僕は叫んでいた。




「おい、やめろ!」


「あ?何言ってんだ?」




でもその言葉は遅かった。


愚かにも、攻撃をしようとしたそいつは武器ごとそのゴブリンによって殴り飛ばされた。




「大丈夫か?」




殴り飛ばされた味方にもう一人の男が駆け寄る。


先ほどまでの勝利のムードは消え、全員が戦闘態勢になるが、それを見たそのゴブリンは、口を開いた。




「ふむ、先ほど大きな魔力の高ぶりがあり、どうかと思ってきてみれば、なんだ腑抜けしかいないのか?」




ゴブリンがしゃべっている。


そんなかなり異質な状況ではあったけれど、誰も言葉を発することはなかった。


いや、しゃべれなかったのかもしれない。


だけど、そいつは見ていた。


ある一点を…


そしてその一点に向かって走り出した。

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