3-2
たくさん運動下にもかかわらず、眠れない日があった。
そんなときは眠くなるまでロビーで本を読んだり温かいお茶を飲んでいいことになっている。
お茶を飲みながら、ぼーっと考え事をしていたら、ふと隣に人影を感じた。
「眠れんのか?」
寛二さんが新聞片手にこっちに近づいてきた。
そういえばこの時間によく新聞を読んでいるらしいと、隣の部屋のすみれさんが言っていたっけ。
「たくさん動いて疲れたはずなのに、なんだか眠れなくて……」
「まあまあ、そんな日もある。眠くなるまでここでゆうっくりすればいい」
消灯時間を過ぎていたのでまずいなと思ったけど、寛二さんがそう言うならと、しばらくいさせてもらうことにした。
「せっかくの機会だ。この王国のことを話してあげよう。何も知らずにここを離れちゃうのはもったいないだろう。ほっほっほ」
そういえば、何も知らなかった。
この王国ができたわけとかいったいなぜハランドゥル王国なんて名前になったのだろうか。
とにかく日々の運動や食事制限を守ることに必死だったから、考える暇がなかった。
ここに連れてこられたときは、なんだかへんてこな名前だなと思っていたし、なんでこんなにも青白い顔の人ばっかりいるんだろうって怖かった。
私もみんなのように青白い顔になっちゃうのかなと思ったら悪夢を見てしまったりもした。
「平たく言えばここは病院。だけど、病院って言ったらどうにかして逃げ出そうとする人がいるだろう?
逃げ出したり逃げたい、逃げたいと暴れたりする人を見るのはつらいんじゃ。
だから楽しく健康について学んでほしい、楽しく健康になってもらいたいと思った」
たしかに、やっている指導は病院と同じだ。
決まった時間に食事して、決まった時間にストレッチをしたり健康指導を受けている。
消灯時間だってあるし、栄養士さんも看護師さんもいる。検査をする手つきもまさに病院そのものだ。
「私が働いていた小さな病院は、扉を開けるだけで気持ちがどんよりとした。
看護師の主任みたいな人がいたんだが、その人は子どもにも老人にも同じ態度で接していたんだ。
子どもに言ったって分からんだろうって言葉を使いながらよおーくお説教しとった。
私はそれがつらくてねえ。先生ということも忘れてあるときそいつを怒鳴りつけた」
私にも思い当たることがある。
祖母にくっついて町医者に行ったとき、診察室の中から懇々と説教する声が聞こえてきた。
受付では事務の人が申し訳なさそうな顔で、てきぱきと仕事をこなしていたっけ。
待合室の空気がどんどん重たくなって、泣き出す子まで出始めた。その様子を見かねた祖母は、自分の番がきたときに、先生に尋ねた。
「先生は、本当に私たちの先生なんでしょうか」
先生は、何を言っているんだこの人はという表情をしながら、じっとカルテを睨みつけていた。
そして、一言こう言ったのだ。
「私のやり方に不満があるなら、医者を変えてもいいんですよ」
それ以来、祖母は病院を変えたし、ほかの患者さんも隣町まで足を延ばすようになった。
そして人が減ってしまった町医者はあっという間に閉院してしまった。
「私の怒鳴り声を聞いた受付の人たちや看護師仲間は拍手喝采だったが、その主任だけはふんぞり返っていた。
私はさらにそれが許せなくなってね。
病院に来ているということは心だって元気じゃないんだから、懇々とお説教をしてもだめなんだ。
なぜプロがそんなことに気づけないんだと疑問を持っていた人が多かったのもあったから、主任をくびにして病院ごと移すことを決めた。
それが、ここ。ハランドゥル王国なんじゃよ」
主任を除いたみんなが力を一つにするなんて素晴らしい。
きっと、たくさん戦いがあっただろう。
「その小さな病院には腹の具合が悪いって言ってくる人が多かった。
だから、少しでも腹にいいことを楽しく学んで取り入れてくれたらと思った。
そう、ここは腹の王国だってね!」
寛二さんの人柄が、この王国を作っているんだなと思ったら、心がふんわり温かくなった。
寛二さんが慕っている仲間だから、厳しさの中にちゃんと優しさがある人たちが多いんだ。
きっと秘密の話だと思うけど、私はこれをちょっとずつ広めていきたいって思った。
将来結婚して、子どもができて、もしもおなかの調子が悪くなったら、真っ先にここに連れてこよう。
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