クレア似の女とジャム王様

 眩しさに目を閉じ、次に開けたときには広いのに妙な圧迫感のある場所にいた。

 先ほどまで開店待ちをしていた面子は皆、茫然として――

 いるかと思いきや、ジローちゃんがカン高い声をあげた。

「なんだよぅ、今日こそレムたんに『ごちそうさまでした』っていわせようと思ったのに!!」

「パチのほうはごちそうさまって言わないんだよ。最初3000取ってもスンって終わるんだよ!」とモグラ。

 緊迫感ないことこのうえないが、妙な緊張感を孕んだ石造りの空間――

 そこに、自分を含めた五人がいた。

 輪駆りんくは周囲を見渡し、それから愕然とした。

 自分たちと距離をおいてどこかで目にしたような甲冑が並んでいる。いや、

 微動だにしないが飾り物の甲冑ではなく、あの中に人が入っていると直感する。前方には高い位置に王様然とした男と、傍らにいるうら若い女性。

 季節も場所も間違えたような上半身ビキニ様の薄布、一枚布がそのままスカートのように下半身を包んでいる女性は、比喩ではなくぴょんぴょんと飛び跳ね、

「やりましたわ、お父様!」といった。

「クレア……?」

 つぶやいたのはモグラだった。

「ク、クレアは実在したんだ……!」

 そういわれると確かに「秘宝伝」というスロットに出てくる、クレアというキャラクターに似ているような気もする。ノーマルのロリのほうではなく、久々のATの『解き放たれた女神』に出てくるクレアに。

 いやいやいや、そんなことをいっている場合ではないだろう、と輪駆は思う。

 なんだこの状況は?

 ここはどこだよ!

 おまえらはずらっと並ぶあの甲冑姿が見えてないのか!

「よく来た、勇者よ」

 低く通る声で「お父様」と呼ばれた、王様然とした姿の男はいった。かなり渋い声だったが、見た目はどちらかといえば王冠をかぶったジャムおじさんという塩梅。

 場合が場合ならおそらく輪駆は笑ってしまったところだが、状況のあまりの異様さに乾いた笑いが幽かに漏れ出た程度だった。

「勇者?」

 吐き捨てるようにいったのは、スーツ姿の男だった。

「これはなんだ、どっきりグランプリか何かか? そうなら当然ギャラをもらうぞ」

 がめつい発言に、あ、と輪駆は気づいた。

 なるほど、あんな店にあんな時間にスーツ姿の男なんておかしいと思ったが、そうだ彼はYOUTUBEでパチスロ演者をやっている虚空牙こくうがとかいう男だ。なんであんな店に――!

 ジャム王様はとりたてて慌てた様子も見せず、

「そのドッキリなんとかはよく知らぬが、お主のいうギャランティーのほうは保証しよう。そちらは勇者なのだからな」

(ギャランティー? なんでこのジャムはそんな言葉知ってんだ。もしかしてほんとに謀られてんのか俺ら……?)

「ドッキリグランプリはジャニーズがち〇こ出しちゃう番組ですよ、お父様」

「おお、なるほど、それか。ふむふむ、勇者は面白いことを考える」

(ちょ……待て! 何? いまはいつなの? 中世とかなんとか、そういう時代かと思ったら「番組」って何? どういうこと!?)

「ずれてるわね」とそれまで黙っていた薄着の女性――鳥肌ちゃんが言った。

 ジローちゃんがハッとキャップを押さえたが、彼女が見ているのは高いところ――壇上にいるジャム王様とクレア似の娘のほうだった。

「どういうことだ?」

 虚空牙が訊くともなしに訊くと、

「リップシンクがずれてる。あの人たち、吹替されてるみたいに見える」

「吹替?」

 黙ってられずに輪駆が彼女に問いかけると、それを遮るように

「なるほど」

 と虚空牙がいった。

「要するに、彼らが喋ってるのは日本語でもないし、そもそも地球上に存在しない言語かもしれないということだな?」

「そこまではわからないけど、でも、多分そう。上手な声優みたいに発声と口パクが一見合ってるようであからさまな違和感はないけど、でもリアルでやられるとどうしても気になる」

「さすが勇者様は察しがいいですね」とクレア。「わたしたちの言葉とあなたたちの言葉は違う。ロンドンとパリぐらい。けれど精霊の力を使って、あなたたちの知識とわたしたちの知識をすりあわせ、こうしてコミュニケ―トできてるの。逆にいえばあなたたちの誰にもない知識や語彙は、こちらには意味不明の喃語なんごのように聞こえます」

「ナンゴってなによ?」とジローちゃん。

「言葉を覚える前の赤ちゃんの言葉だろ」とモグラ。

「へえ、おまえ博識だな。金色コンジキ!!」

「それは百式だろ」

(いや、コンジキじゃガロだろ……)

 中年ふたりで笑いあって、けれど輪駆は一緒に笑うこともできず、ただただクレア似の女の胸の谷間を見つめることしかできなかった。

 


 

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