パチンカスが異世界にいったところで、

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

第一話

プロローグ

 「それでもッ!!」

 という、どでかい声で起こされたが、起こしたのも自分だった。ようするに寝ぼけて叫んでその声にびっくりして起きたのである。

 暗い部屋、左手のぼんやりした明かりに目を向けると窓とおぼしきところから月明かりが差し込んでいることがわかる。幽かに夜鳥の声らしきものも聞こえる。

 寝ていたのは動くとガサガサという音のするベッド。ベッドといっていいのか? 目の粗い敷布の下にあるのは適度な柔らかさのある細い筒状の何かだろう、筋張ってるといってもいい。

(ああ、たぶんこれは藁だな。……なるほど)

 ようやく頭が働いてきた。

――そうだ、自分はこの世界に無理やり連れてこられたのだ。

 端名輪駆はしな りんくは、自分がどうしてこんな状態にあるのかを思い出しはじめた。

 重い息を吐きだしながら、顔を上げる。

 天井。

 見知らぬ天井。

――どう見ても石が組み合わさってる感じなんですけどぉ……こわい……崩れたらどうすんの。


     *


 開店10分前。特にイベントの日でもないというのに先客が並んでいて、輪駆はため息を吐いた。

(まーた晒し屋がテキトーなこと呟いたのか。こんな店出るはずもないのに)

 鼻歌で「オリオンをなぞる」を口ずさみながら最後尾についた。

 自分の住むアパートからほど近い、パチンコ屋。

 特に儲かってるとも思えないような人の入りにもかかわらず、きちんと新台を導入してくれる、無精者の輪駆のような人種にとってはまことにありがたい店である。

 特に釘がいいというわけでもなく、なのになぜか妙に朝の立ち上がりが早いという、玄人にも目をつけられず投資も少なくて済む、個人的に相性の良い店でもあった。

 目の前の舗道を信号待ちで停まった車をなんの気なしに見ると、ドライバーは若い女性。日差し対策かサングラスをしていて、実際はともかくパッと見は綺麗系だった。

 輪駆が吹けもしない口笛を吹こうとしたとき女性の眉間に皺が寄るのが見えた。平日の朝早くからどうしようもない奴らだ、みたいなことを考えているのだろう。

 輪駆は少しずり落ちた不織布マスクを正し、女性から目を逸らした。

(まあね。ヤンキーみたいな品のない刺繍の入ったウレタンマスクをするような輩もザラにいるような世界ですよ。はいはい、パチンカスなのは自覚してますよ)

 自覚というかほとんど妄想である。しわだらけのジーパンからスマホを取り出し時刻を確認しても、まだ2分と経っていない。

 先頭で待つのは皆から「ジローちゃん」と呼ばれる、いつもツナギを着ている常連客。次に「モグラ」と呼ばれる小太りの男。その後ろに普段は見ないダークスーツ姿の男、続いて冬だというのに妙に薄着の女――が、輪駆の前に立っていて、うなじから肩甲骨の上部まで露出する肌に鳥肌がたっているように見えた。

 そもそも女性客が少ない店なのに、ましてや若い女性とは珍しい。ジローちゃんとモグラがなにやら談笑しているが、ちらちらとこちらに視線を感じる。つまり、鳥肌ちゃんのことを見ているのだろう。

 そろそろ開店の時刻という段になると、輪駆の後ろにも五人ほどが並んでいた。

 自動ドアを手で押し開けた店員が、笑顔で

「お待たせしました! 入場どうぞ!」

——と、その時だった。

 揺れ、があった。

 最初、地震かと思った。

 細やかな振動が足許から伝わり、輪駆はあわてて足を押し開き、腰を落とした。激しくなる気配があった。

「え、地震?」

 列の中では紅一点の、鳥肌ちゃんの声が聞こえた。

 ドン、と縦に突き抜けるような衝撃があったかと思うと、

 視界が白く染まった。

 それが始まりだった。

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