22.悪口・中 ゠ 代行と姿形の話

 まあそんな、不穏な会話がされているのがわかっているのか、わかっていないのか。

 少女は依然、寝息をてつづけている。

 私がその頬をつんつん小突いてみるも、少女は目を覚まさない。

 女侍従までがつづいて、その小鼻をふにふに押し突くも、やはり反応はみられなかった。


 まあはっきり言って、敵の親玉を討たんとするにはこれ以上が無いくらい、絶好の機会ではあるのだが……。

 そんな気は、起きない。


 寝かせてやりたかった。


「よほど、疲れていたんだな」


「そうですねえ。当分目、覚まさないかもです」


しきりに忙しい忙しい言っていたが、大丈夫なのか?」


「あー。それはせんえつながら、私が」


「うん? 君が?」


 私はすこし、驚いた。

 っとり気味で、それこそふんだんに持ち合わせていそうなこの女侍従が、れいな少女の政務を代行すると言うのか。


「勝手にって、この子に怒られないか?」


 ……きるのか?


 とは、さすがにけないものの。

 そう私の質問するに、こう女侍従は答える。


「まあそれで怒られたなら、それで」


「ほう?」


「でも私も結構、ずっとこの人のそばで見ていましたし、教えてももらいましたし。たいがいの案件は、ちゃんと裁けると思いますよ」


「ふむ、そうか」


「緊急性無い案件だけはちょっと、全部保留にしちゃいますけれどもね。研究関連とか」


 いや。

 おもわずいんしょうだけで判断してしまったが、思えば私はこの女侍従を、よく知っているわけではかった。

 怒られてもそれはそれで、との覚悟はまず、わったものである。

 それに、指揮の流れを見させるだけでも一定の成長は期待できるとも、ちついて手順を踏襲すればだれもがだいたいの判断をこなせるとも、当の少女が言っていた。

 だいいちいやしくもはしたし、侍従の肩書きをはいさぶらう役員であるわけだ。

 かつ、王のねやに立ち入るなど、それなりの者でなければ許されぬこと。

 だとしたならこの女侍従も、相応に認められし人物だという事になる。

 かしたら存外に、働くことはきるのかもしれない。


 うむ、きっとそうだ。

 そうなんだろう。

 そうであってくれ。


 なんとなく不安がふっしょくできないが、当の女侍従はけろりとして話を続ける。


「私ひとりで全部るわけじゃいですよ? シュノエリ様が言い出したんです」


「ああ、あの侍従長がか?」


「そうです。今回のことうまく行ったら、侍従総動員で協力してがんって、っくりキュラト様には休んでいただこうって。ずっと長いあいだ眠れていませんでしたし、だれも反対なんかしませんでした」


「そうなのか。それはご苦労だが、もうどれくらい眠れていなかったんだ?」


「えっと。もうかれこれ、数年単位じゃないですかねえ?」


「そんなにか」


「そうです。その前からも随分、寝付き悪かったり、眠り浅かったりしたんですよ。そんなに何悩んでいるのかっていても、例によって答え要領得ないですし、でもやっぱりい変わらずねむそう……あれ?」


 ここで素っとんきょうに、疑問符をかかげる女侍従。


「あの。もしかしてお休みになっていないです?」


「うん?」


「あなた様のほうです」


 言われてやっと私は、自分が無意識のうちにあくびていしていたことに気がついた。

 てつになってしまったのだからそれも道理だろうし、そこへ自らでは気づきがたいのも道理だろう。


「ああ、私の名前はスィーエだ。かしこまらないで呼んでくれ」


「あ、はい、じゃあスィーエさん。眠れませんでしたか?」


「いや、とんど明け方まで掛かったしな。眠いと言えば眠いが、んやりと考え事をしているうちに退けてしまった」


「あら。どんな事です?」


「そうだな、り留めもない事だ。この世界のある理由とは何なのか、私とはだれなのか。この子が今まで何を思って、生きてきたのか」


「この顔で。またこの人に、わけわからない話されていたんですねえ」


 苦笑いた視線を少女へ送りつつ、お下げの女侍従は言うがしかし、この顔うんぬんとはもう、彼女一流の冗談なのだろうか。


「それならこれから、お休みになったらいいと思いますけれど、その前におなかいていませんか? ここまで運んできますよ」


「うん? 食事は、食堂でするのではないのか?」


「あー。それ、この人だけなんです」


「そうなのか。本人は不本意そうだったが、王だから特別なのか? それとも、何かの罰か?」


 王に罰もなにもったものか。

 そんな気もしないではいが、見た目だけは大人おとなしげなその女侍従はこれに、あきれたような様子で説明をした。


「王様だからはそうなんですけれど、罰とうより墓穴ですねえ」


「墓穴とな」


「そうです。魔族って昔の時代には、ゆるすぎるってくらいゆるかったそうで」


ゆるかった?」


「そうです。それで特に決め事もなく、好き勝手にっていたらしいんですよ。そんな自由すぎる所が魔族たるゆえ、って事でもあったそうなんですけれども」


「ほう、そんなにか」


「そこへこの人が、ある日突然、こんな事じゃ拙為だめだって。もっときちんとしていないと不許だめだって。そう言い出したらしくて」


きちんと?」


「そうです。それで、いろんなところ首突っ込んで、細かい規則でいちからじゅうまでがんがらめにしたものだから、要するにその意趣返し受けている、って事ですねえ」


「なるほど。しかし何だってそんな事を、おもったんだろうな? 野放図は行かんが、かと言って突然に束縛しきりでも、息が詰まってしまうだろう」


「考えの読めない人ですからねえ……」


 この少女のことだ、考えなしの決め事など、るはずが無い。

 ただ、指示をする際には納得のいく説明が欠かせない、そうも言いきった本人が、そこをなまけるともまた考えづらかった。

 しかしこれではその意図が、伝わりきっていない事になる。

 とはいえ、決め事の適用を受けるそのたいしょう、一人ひとりへの個別案内など、してはれないだろう。

 ていでんの過程で、だれかに説明を端折はしょられてしまったか、あるいは例によって理解をしたくない連中が耳をふさぎ、ないし故意にじ曲げたりしているのかもしれない。

 当の少女も、その可能性はしていたが、やれ。

 統率とは面倒なものだ。


「それでおしょく、どうしますか? なんならお酒もお出しできますけれども」


「ああいや、今はいい。ひと眠りさせてもらう」


「分かりました。お水だけそこに持ってきてありますから、もしのどかわいていましたら、どうぞ。それと……えっと。まだ寝台、ちゃぐちゃのままで、すいませんけれど……」


「半分は私のせいだし、これくらい何でもない。ありがとう」


とんもないです。じゃあ今はとりあえず、私これで。ごっくりどうぞ」


 それで女侍従が、たたんだぎれを水差しの台車に載せ、へやを出ていこうとする時。

 ふと私には、きたい事が浮かんだ。


「ん、ああいやしばらく」


「はい、なんですか?」


「いや、いろいろと思い当たるふしは、ったんだがなあ」


ふし?」


「ああ。君のほうがこの子より年上に見えるんだが、しかし今の言いようだと、過去の出来事の伝聞だ。やっぱりこの子のほうが、ずっと年上なんだな?」


「……あー」


 魔王という存在がいつごろからるのかは、明確でないところではあった。

 それでも、とおなかかぞえるものか、という年端にしかてとれないこの少女が、そのまま見た目どおりのよわいではないとの察しは、ある程度ついてはいたのだ。


 それが今の会話で、よりっきりとした。

 過去の伝聞だとするなら、この女侍従が記憶も定かでないくらいに幼いか、生前のころの出来事だったという事になる。

 もし少女がさらに年下だったらば、発言時に当の少女自身がまだ生まれてなどいなかったに違いない、という事になってしまうのだ。

 これは無論、有り得ない。


 あの女侍従長だって昨夜ゆうべ、少女が作物の品種改良を指揮した、と言っていた。

 しかしそれは、手術などで短期にせるものでし。

 優良な個体をってすぐって、そこから交配をくり返し、好適なしゅが得られてからなお世代をかさね、特性を固定させるという、おそろしく気の長い作業なのだ。

 そんな事が、十数年やそこらで果たせるものか。


 ほかにも、それなりに人生経験を踏まえていなければとても出てきそうにない発言が、多数みられる。

 疑いを持つな、と言うほうが無理だろう。

 長く生きたにしては人間関係、ことに色事に関しておぼくありすぎる嫌疑きらいるが、ういういしさとは往々にして、年齢にはともなわないものでもある。

 乙女のように可愛らしい老婆、というのも案外見掛けることがきるものだし、ほどに不自然といえた点でもかろう。


 そう私が考えをはんすうしていれば、女侍従が何か、うん何か、無意味なまかしをしてきたわけだ。


「えっと。ご想像にお任せします」


「いや、この場合にはっきり否定をしないのは、こうていという意味でしかないぞ?」


「……あー」


 人の見た目と年齢が、話に出たようないでかけ離れるなど、通常は考えられない。

 だから実際に見た目どおりの年齢ならば、そのままに答えて差しつかえなかろう。

 そこをぼやかすとは、つまり明かすが不都合ということ。

 また、女としては一般に、若からずの人知れるこそが大不都合。

 それらを踏まえて考えれば、実齢がどうあればより不都合へと転じるのか、その答えは択一である。

 無論、かつぐつもりがったならそんなくつも通用しないが、いま彼女にそんな事をする理由もまあ、とりあえず無かろう。


 しかしそれならば、この少女……いやまあ便べん上そう呼ぶが、これが見た目どおりの年齢ではいのだとしたなら、だ。

 私と初めて出会ったというその当時にも、かしたらその少女は、この少女と同じ姿だったのかもしれないのか。

 その姿にもやはりおぼえは無いが、不思議な感じのする事ではある。


「しかしまあ、それならそれでひとつ、安心はきるな」


「はい?」


 まあ元より、きっとそうだと見込んだゆえに、及んだ行為ではあった。

 それでもこう実際に確認できたらば、胸をで下ろすばかりである。


「さすがにこれで、本当に見た目どおりの年齢だと言われた日にはな。その相手をてしまった、というのはやはり考え物だ」


「ああ、そうですねえ……それにこの顔ですし、性格も見た目どおりですし」


 いや、こちらが気にしているのは飽くまで年齢なのだが、言った女侍従はこんなことをけ足したのである。


「この人の場合、どう見てもお姫様なんですよ。王様って顔じゃないです。あ、どちらかと言えばスィーエさんのほうが、王様っぽいですよね?」


「なに?」


「お顔もしいですし、背も高くてかっこういいですし。おからだだってたくましいですし、それにとってもお強いんですよね? あと、何聞かされてもたいぜんじゃくって構えですし、言葉遣いもかんろくあって、どこか威厳感じますし。それでいながら逆に、絶妙なひょうきんさも有って、親しみ持てますし。まさしく才色兼備そのもの、みたいな感じですごくしたわれそうないんしょうですよ」


 思い掛けず、べためされたものである。

 以前、男へ言い寄るつもりは無いと、そう私がアンディレアに告げた時にもおおいに落胆をされたものだが、私はひょっとしてひとからは、そのように映るのか。

 うようなかいけつならば、ともがらを百人くらいき連れていても畸怪おかしくない気がするし、自分としてもそんな認識など無いから、この評価はかなり違和感の強いものだった。

 めてくれた事への礼も忘れ、おもわず反論してしまう。


「そうだろうか。たけが有るのは認めるが、私はしたわれるどころかとんど独り身だったし、してや動じないなんて事はぜんぜんいぞ。この子にも昨晩ゆうべ、見っもない顔をさらしてしまったところだ」


「そうなんですか? でも、そんなふうに見えますよ。この人も、めてそうだったらもうちょっと、違っていたかもなんですけれどねえ」


「違って、いた? 何の事だ?」


「……あー」


 また何か、別の話が出てきたらしい。


「なんだ。つまりこの顔で、王様づらされるのが気にわない、と。そんな幼稚な連中が、そんな大量にはびこっているのか?」


「えっと……まあ、その」


「やれ、いづも同じか。姿形というのはやはり、重要だな」


「ですねえ……。おまけに、へりくだった言葉で物言いますし、自分のこともとか我とかじゃなくて、私と呼んじゃっていますし」


「ああ、そう言っているなあ。そんな事ではあなどられてもかたが無い、か」


「はい……」


 なんだかもどしそうな様子がみられる。

 この女侍従自身もまた、その見てくれからのいんしょうはそれとして、少なくない苦労を抱えているのかもしれない。

 やはり見た目は大きいというか、それだけでは人物はわからないものである。

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