22.悪口 ゠ どうして平和こそが正義なのか

22.悪口・前 ゠ 劇薬と色事の話

 朝は訪れ、窓のそとに明るさなど認められる。


 ──チュン、チチチチチチ……。


 あわせてちゅちゅ鳴く、朝鳥の声など聴こえてきたりした。

 なにか色恋物語が有ったとして、つせつと秘め事なして夜を過ごされたとき、その描写をすべて飛ばして、あくるあさに鳥の鳴き声を聴くような表現が間々あるらしいが。

 本当にこんな時には、小鳥がさえづるものなのか。

 まあ、言ってしまえばそういう習性なのだから、小鳥たちへ文句をけたところで何も始まらないだろうが。


 そんなふうに、どうでもいい事を考えていると、完全に明るくなったころいで一度、女侍従のリテローンが魔王の居室に姿を見せた。


「おはようございます」


 もちろん、行きなり寝台をのぞき込むような粧得まねはせず、ついて越しにまずあいさつをしたから、私も自分のそばらりとってから、応答する。


「おはよう。君の主人は眠っているぞ」


「……何といいますか、お疲れ様です。あの、そっち行っちゃって大丈夫ですか?」


「ああ大丈夫だ」


「じゃあ失礼します」


 そうしてうやく女侍従は、ついてのこちら側へとってくるが、そこは散ったぎれだ乱れた寝具だで、なくなってしまっている。

 それをいちべつし、彼女はめ息をいた。


「……キュラト様起きたら全部替えなきゃですねえ。失礼します」


 使用済みとなったぎれは今、回収するらしい。

 とりなおし、ふんと息巻きりょうそでたくし上げ、彼女はそれを一枚ずつ手に取ってはたたみ始めた。


「なんだかすまないな」


「いいえ、私の仕事ですし。あ、昨日の服もいま持っていっちゃいますから、へや出るとき、そちらをお召しください」


「うん?」


 示された先を見れば、それは昨晩から用意の有った綿衣である。


「ああ、分かった」


「キュラト様眠っているところ、すごく久しぶりに見ました。本当助かりました、うまく行ってよかったです。ありがとうございました」


「いや、あれは、な」


 うまくというか何というか、その、なんだ。

 おもい出すことすらはばかられる、ような気がするが。


 要は魔王を、ましてしまったわけだ。


 ふりかえるにもはづしいが、昨夜ゆうべは……ひと言で説明するならば、大変だった。


 大まかに説明するならば、その薬効は明け方まで持続した。

 その様子は確かにただごとならないものがり、全てがわるまで少女はたすら、れつもだえさせられつづけるとなったのである。

 大量に用意あったはずのぎれは使い果たされ、あわせて水差しに満ちていたはずの砂糖水ものこらず干され。

 収束するころにはもう声も出ず息絶えだえの、うなればひんのような状態へと少女はおちいっていたのだ。


 具体的な説明については少女の名誉のために割愛するが、薬をられたほうとしてもその相手をするほうとしても、たいけんとしてはとんどごうもんそのものと言えた。

 少女のもんぜつはとかくものすさまじく、ああまでとなってしまえばもはや快感すら苦痛であろうし、そうしてもんさせられる少女もあまあ、ある意味愛らしかったと言えなくはないものの。

 私のほうとて、その対処に延々と労を強いられたわけで、同じ目はもう二度と御免だ、とくづく思った。


 つまり、やくとして使うにしてもげんせいは毒か。

 それでも事がわった後には、少女も私の腕のなかで静かに寝息をてていたのだし、毒も使いようによっては薬か。

 そんなような感想が、私には浮かんだものである。


 なんにしろ行為としては、そんなめられたたぐいのものではけっしてかったわけで。

 こう正面から感謝されてしまうとしろひらき直りづらく、なんだかうしいというか、わりの悪いような感じがした。

 一応、けんそんをしておく。


「礼を言われるような事を、たつもりも無いんだがな」


「そんなこと無いですよ。他のだれともうまく行かなかったですし……」


「うん?」


 もやもや、妙な言葉を聞いてしまった。


「なんだ。ここの魔王は、そんなに相手を取っかえ引っかえ、致しまくっているのか?」


「……あー」


 王は王だから、あるいはそんなふるいも許されるか、とは思うものの。

 私の相手の女侍従はというと、ちょっとだけ失言してしまったという様子を見せたが、まあ別にいいか、と割とっさり気を持ち直したらしい。

 にもに補足する。


「取っかえ引っかえ、って程じゃいですよ。ほんの二、三人です。それに普段は、むしろ相手なしで……」


「普段? 相手なし?」


「……あー」


 少女の威信も下がりである。

 ただまあ、王には間違いが無いように、との建前でその一挙一動が、側近へつつけするようになっている事は多い。

 それゆえ往々にして王も、つねに堂々とるようになるものでもあるが、それにしてもこの三つ編みお下げの女侍従、もしかしてこういう属性なのか。

 だとしたなら私も被害を受けぬよう、んまり仲良しにしないほうが得策なのかもしれない。


「まあ確かに、に反応をした気はするが、な。しかしそれでもまだ、だれかを受け入れたような感じではかった。やはり同性指向なのか?」


「どうなんですかねえ。ただ、子供出来たら困る、とは言っていましたよ」


「子は、困る?」


「そうです。理由は知らないです。この人の場合なら基本、頭脳労働ですし。子供のだって、他のだれにもきますからねえ。まったく負担無し、というわけにはさすがに行かないでしょうけれども、それでもわれるほどには重荷には、ならないとも思うんですけれどねえ」


 天使と魔族を掛け合わせる、などという企策を成就せんとしているような少女が、にもかかわらずそれはだろうか。


 そう私が疑問に思っていると、女侍従が言いつのった。


「まあキュラト様も、いろいろ複雑なんでしょうけれどねえ? でもさすがに、苦情は言いたくなりますよ」


「苦情?」


「そうです。こっちだってそういう趣味じゃいし、経験だって有るわけじゃいのに、突然夜び出されてなぐさめてほしいって言われても、困っちゃうじゃないですか」


「なんだ。君もこの子と寝たのか」


「えっと、まあ。あとそれから、私と同じ侍従やってるルワリンってと、医務官やってるディラエラって


 ふむ。

 医務室の彼女と、廊下ですれちがった彼女か。


 それにしてもこの女侍従、大人おとなしそうに見えたのにらべらと、かなか明けっぴろげにしゃべるものである。

 見た目からは内気そうないんしょうが感じられたが、性格としてはあきらかそのものだ。

 それこそだまらかされたような気分ではあった。


「それは、私に言ってしまって大丈夫なのか?」


「みんな知っています。大丈夫ですよ。全てあなた様に知ってほしい、なんて言っていましたし、いいんじゃないですかね多分」


 ああなるほど、そういうあれか。

 これは結構、かなかかもしれない。


 とのんな感想を私が脳内で漏らしていると、女侍従がまくしたててくる。


「そんな事より聞いてくださいよう、この人ったら非道ひどいんですよ!」


非道ひどい?」


「こうして可愛い顔していますけれどね? こっちがつたないなりに精いっぱいがんったのに、わってみたら何か違うからもういい、みたいなこと言うんですよ! この顔で!」


 顔か。


「それは非道ひどいな」


「ええ非道ひどいんです。後になって聞いてみれば、支えが欲しかったって。でもやっぱり好きな相手じゃないと拙為だめだったって、まあそんなこと言ってはいましたけれどねえ」


「ふむ、それはまあ、わからないでもないような気はするが」


「ええまあ、わかりますけれどもね? でも……理解はきても、納得はきませんよ」


「そうか。しかし君は、言うほどこの子をきらっているようには見えないな?」


 そう。

 この女侍従はさっきから悪口を並べてはいるが、それはざまきおろすような感じではい。

 それよりも親愛表現の一環として、んわりとからかっている感がる。

 内容としてはどうかと思われるものの。


 言われた女侍従はゆるみ、すこし弱ったような苦笑を見せつつ言った。


「うーん……この人、厳しいけれど、優しいですし。何だかんだ言って、さびり屋ですから。なのにいっつも、そばから人とおけるような事ばっかり言いますし、やっぱりこの顔ですし。放っておけなくて」


 そんなに顔が問題なのか。


「でも……それとこれとは話、別です」


「そうか、それは災難だったな。それでも医務室のあの彼女らとは、そういったわだかまりは無いようにえたがなあ」


「ディラエラはあのわいものですし。尊かったとか何とか、よくわからないこと言っていましたから、別にいいみたいなんですけれどねえ」


「尊い?」


「そうです。どういう意味で言っているのかは皆目さっぱりですけれどね。逆にルワリンの場合は、キュラト様のほうが災難でしたよ」


「そういえば、なにやらまづそうなふんだったなあ」


「あ。もう見ちゃいましたか」


「廊下ですれちがってな。何が有ったんだ?」


「ルワリンのほうが熱入っちゃって。こじれたんですよ」


「ああ。なるほどな」


 関係を持ったというなら十分、有りうる話だ。


「この顔だからか」


「そうです!」


 そしてこの見事な即答である。


「仕事放り出して、顔見にいったりとか」


「ほう」


「持ち場この人に近いへ、無理に交代せまったりとか」


「ほほう」


「そのうち到頭……独りでなぐさんでいるくらいなら自分がとぎをって、いみたいな粧得まねまではじめましてねえ」


「おやおや」


「そうやってつこくまとったものだから、まあよいよこの人もげたと言いますか、罰下さざるを得なくなったと言いますか」


「なるほど。それは困ったものだが、しかしこの子の自業自得のようなところはるな」


「そうなんですよ」


 いや、どれだけさびしかったかは知らないが。

 それでもこういった事には、やはり気のない相手を誘うべきでは、いのでなかろうか。


「それでこの人も、ふつうには罰与えれなくて。でも、役目放棄されるのはさすがに迷惑で」


「結局、どうなったんだ?」


「それが、侍従みんなあつめて、説明して全員にあやまって、その上でルワリンに正式にお断わり申し上げる。ってかたちで手打ちになりまして」


「え、なんだ。それはそれで、な罰よりむごちな気がするが」


「それです」


 発端はこの魔王のほうなのに、それでは非道ひどさらし物であり、ならば恨まるるもかたなし、としか言えないだろう。


「人き合いに関してはたすら、不器用な人なんですよねえ」


「多分あれかな。きちんと謝罪してけぢめをつける、という所がこの子なりの誠意のつもり、だったのだろうかなあ」


「きっとそうでしょうねえ。まとい自体はそれでったりみましたから、対処としてはしろ正しかったんでしょうけれどねえ。それでもさすがに、もうちょっとな手あった気はしますよ」


「そうだなあ。君とも昨晩ゆうべは面倒な事になりかけていたし、妙なところで察しが悪かったりはするな。それなりにはたらくはずなんだが」


「それです。基本さとい人ですから、後から落ち度に気がついて、独りで落ち込んじゃったりもしていまして」


れやれだな」


「悪気なんかも、確実に無いですし。なにかとなんですよね。困ったものですよ」


 おや、それをこの女侍従が言うわけか。

 まあそれは、私自身もまたそうだ、とは自覚するところであるから、大きな声で言えはしないが。


 と考えていると、彼女はまた別の話を始めた。


「ただ、まあ……」


「うん?」


「私たち一応、王様のお手付きって事になるじゃないですか」


「ん? あ、ああそうか、そうだな。言われてみればそうだなあ」


「全然そんな気なんて、しないですよねえこれ。この顔ですし」


 ああうん、まあこの顔か。

 むしろ、こちらの魔王のほうがお手付き、という感じではある。


「それでもその事で心持ち、周りから優遇受けたりはしまして。一応の得はきているんですよ。そこは救いかもですねえ」


「はあ。そんなものか」


 いやこれは、どうだろうな。

 正式たる身分ではなくとも、君主に対して影響を与えうる人物だ。

 つまり、取り入れば好都合にはたらくかもしれない、というところはもちろん

 逆にげんを損ねてしまえば、どう告げ口されるかもわかったものではい。

 当の少女が、至極公正な判断を下さん、という方針でいるにしても、王の威光とはやはり絶大なものだから、それは周囲も警戒せざるを得ないだろう。

 だったらそれは優遇とうよりも、はれものあつかいなのではないか。


 また同時にそれは、あの廊下の女侍従にしてみれば、されたいわけではい、欲しい物は違う物。

 そういう事になるのではないか。

 だとすれば、周囲からのそんな配慮など、本人にとってはかなり屈辱的なもの、とも想像されすらする。

 もちろん当人から直接話を聞かないかぎり、何も確かなところとはならないが、それでもこれはかしたら結構、深いみぞとなっているのかもしれない。


 やれ、悪気が無くともふんぬんへ至ってしまうとは、どこまでも人とは不完全なものである。

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