21.存在・後 ゠ 傍証と詐術の話

「……まえきは、しましたよ。確証は無いって」


「しかし、いやしかし」


 神が魔族を創った。

 それは無論、にわかには信じれない話だ。

 しかし少女は、さらに言葉を畳み掛ける。


「でも、状況的な証拠は、いくつかるんです。神のあづかり知らない所で私たちが誕生したんなら、この世界のなかであるはずが無い。でも魔族のなかに、異世界の記憶を持った者なんか、一人もいません。もちろん異世界との接続方法も、知りません。それに、多少の魔力はそなえてても、とごとく返し討たれてるくらいには力及ばない魔族に、みす全能の神が外部からの接続を許すだなんて、とても考えれない。どうしても、神がこの世界において魔族を創った、ってほうの可能性が強いんですよ」


「そうは、言ってもな。どうしてつながっているかは知らないが、こうして天界、人界、魔界と、三つに分かれているではないか」


「そう思いますか? 私には、何らかの境界で区切られただけの、ひとつの法則で支配されたひとつの世界が、るだけにしかえません。おかと島が有れば、山と川が有るし、海とそらも有って、月や太陽が有る。光がさえぎられれば暗くなって、物を燃やせば灰になるし、軽い物は水に浮かんで、支えを失えば下へ落ちる。草や木が生えてれば、虫や魚がんでるし、鳥や獣も暮らしてて、そして人が生活してる。少なくとも、人界と魔界については違いが全くみられませんけど、天界は違うんですか?」


「……」


 違わなかった。

 いやもちろん、魔界までもがそうなのかは、私はよく知らない。

 それでも木々が風にられるのと、そらが日没による暗転を果たした事は、既にこの目で確認した。

 この城内にだって、常識のはんちゅうで考えられないような異物など、どこにも見当たらない。

 がらすまどなどにはささかの超越を感じるが、素材自体はそう珍しくもなく、加工法だって苦心の末にやっと編み出された、との話だ。

 ぎりぎりり得なくもない、と判断できるだろう。


「それから、同じ人族でも土地が違えば、若干違ったことばしゃべります。それを方言とかなまりとかいますけど、同じ土地でさえことばづかいってばらつきますよね。場所や人がちょっと変わるだけでそんなに違うんなら、異世界じゃあもっと劇的に、異なったことばで話されるに違いないでしょう。だのに私たちは、こうして同じことばしゃべってるんですよ。ほかの種類のことばなんて私たちは知りませんし、ほかの種類の文字も知りませんけど、天界は違うんですか?」


「……」



 違わない。

 もちろん神に創られし人族たちと、神の使いである天使らが同じことばを話すなら、それは当然と言えば当然ではある。

 しかし言われてみれば、魔族までもが同じとなると、当たり前とは到底考えがたい。

 何らかの作為が存在しなければ難しい、確かにそのとおりだ。


 そういえばさきほども、山のような書類を見せられた時、私は書かれている文字を文章を、ふつうに読むことがきた。

 くよく考えればその時点で、疑問を感じていてしかるべきところだったかもしれない。

 毎度くづく、目端の利かないものである。


「それと動物でも植物でも、しゅが異なれば子孫は誕生しません。でも魔族は、人族や天使相手とだって、子供を作れます。魔族が本当に異世界の存在なんだったら、それなりに異質なししむらを成すように思いますけど、だのにここまで姿形がこくして、子種までが適合しちゃうだなんて、そんな話にはちょっと感に染まないものがります。もちろん私たちには、そんなものを目指したおぼえなんかりませんけど、こんな偶然の一致が果たして、有るものなんでしょうか」


「……」


「それから魔族、魔王。さっきも言いましたけど、何度も誕生してて、人族たちを襲ってて。でもそのたびに、天使たち人族たちに敗れてて。のちのうれいを絶つ意味で、ちいちみなごろしにされて、血も絶えてるはずなんです。でも今またこうして私たちが、ここにます。私たちだけじゃあなくって、新魔族もます。もし自然に生まれてるんだったら、それって一体、どこからいてきてるんでしょうね」


「……」


 魔族が、異世界からってくるのではいなら、そのしゅっしょうはこの世界のなかで、というところが自明となろう。

 しかしそれでは、神の創りしこの世界は、魔族がくり返し誕生するよう出来ている。

 または神によって魔族が都度、創り出されている。

 世界は神が創った、という前提のかぎりでは、そういう事になってしまう。

 あるいは、人の負の感情が強まれば魔素とよばれるものに変容し、その蓄積によって魔族が具現する。

 そんな説もまた語られるが、結局それも話が変わるものではなく、世界がそのように創られていなければそんなげんしょうなど、起こり得ないはずだ。


 そしてもしも、本当に魔族をも神が創ったというのであれば、姿がこくするのも子種が適合するのも、なんら不自然ではい。

 そんな話にもなろうし、そうでなく魔族はやはり異世界からってくるのだ、との可能性ならさきほどの、異世界に関する知識は無い、とのげんにより否定されるか、否定されなくとも人族や天使にだって対処できよう存在の介入を、めおめ看過したという事になる。

 ここに魔族らがこうしてることに、神の意志が関与するのは何にせよ間違いない。

 この結論を避ける余地は、無いようにえた。


 ……神の悪意?


 そんな言葉が、私の頭のなかをよぎった。

 あまりにしい。


「お前の言うことが、全部本当だとしたら、だ。それは一体、どういう事になるんだ?」


「さあ、どうなるんでしょうね。ただ、天使たちは神の教えを布教するとき、なたは神を信じますか? って定型句を使うみたいですけど。状況だけでるかぎり、私は到底信用できませんね」


「……」


 ここでまたちからげにも、徒戯いたづらっぽそうな顔を取りもどす少女。


貴女あなたは神を、信じますか?」


「! ……」


 私はそれに、頭をガンと殴られたような衝撃を感じ、らくらする。


「魔王がそれを言うか」


「ふふ。言ってみたくなりました」


 おもわず茶化してしまったが、ああ何てことだ。

 これは、今日投げつけられた問い掛けのなかで、最大級のものだ。


 だとしたら、少女の言うとおりなのだとしたら。


 かみとは、いったい……なに

 わたしは……かみを、しんじて

 いやしんじて


 じょうけんで。


 天使たちの正義に対して疑問を持つことは有っても、神の正義に対してのそれは基本的に、無かった。

 どうしてこうなのか。

 そう問うことは有っても、間違ってはいやしないか、あるいは悪意が存在するのではないか。

 そう疑うことは無かった。

 これは自分が飽くまでも、神の召使いだからなのだろうか。

 人族でも、へいみんおうふるいにまんことっても、おうおうことたいにはほんてきうたがいを不持もたない、とうがそれと同じような事か。


 言葉の持つ意味による刷り込み、という事はるかもしれない。

 神も王も、しもじもの者からすればけっして手の届かない場所にる存在、という意味いを持つ言葉だ。

 その言葉の意味のみを、額面のとおりに受け取って通用させているだけで、私もその存在自体をはかまし、神と認めたわけではかったはずだ。

 そも、対面したことすら無いのだから、認めるためのぎんだってきようもいはずで、なのに私は神を信じたか。


 そもそもかみかみ


 あるいはこれが、魔王の策略であり、洗脳なのだろうか。

 たんなき理屈をでっちあげるのも、意外と難しいわざではい。

 たとえば、ねこは世の全てを知っている、ただ何も言わないだけだ。

 こんなような感じに検証困難な要素でもって、想定しうる逃げ道をふさぎつくせばいい。

 そして、うそと思わばかつもくしてねこを見よ、とでもいいつけられたらば、それっぽいぐさは何かしら散見されるだろうから、ひょっとしたら本当にそうなのかもしれない、とあざむき果たされる。

 これもおそらく視点定義によるくらましであり、しかもひとけられた結果であるにかかわらず、自身がこの目で確かめたのだと思ってしまうからが悪い。

 じゅつや邪教をす者どもが、ふつうに使う手口ですらもあるが、しかし今の話は相当に、現実味を帯びていた。


 いや、そういえばさっきまでの話。

 この世界とは本当に存在するかどうかもあやふなものである、そういう内容の話だった。

 そう考えると神という存在すら、あやふであるのか。

 それならそれはもう、何が何だかわからない。


 しかしもそも、この少女はどうしてこんな話を今、ち出したのか。

 そう思ってふとれば……残念ながら。

 うんうむ、本当に残念ながら。

 当の少女は、っとうきびしい苦境に立たされている御様子でらせられた。

 じもじとしたじろぎ、きゅっと閉じられた両脚、どうにもきわまったような表情。

 そんなようなありさまへと、成り果ててしまっているのがうかがえる。


 やれ。

 今度こそ、話は終わりだな。


「おい魔王」


「は、はいっ」


「もう限界なんだろう。話は急がないから、かんしょへ行ってこい」


「ま、まだ、もう少し……」


 まあ少女がこうして粘っている理由は、話の区切り、というのとは違う気がした。

 つまりはこのあと至ることに対し、おそらく踏ん切りがつかず、ためらっているのではと想像されるわけだ。

 とはいえ、少女のその様子にはもうさすがに無理が感じられたから、私は言ってやる。


「何か事件が有ってもみだりに口外したりしないが、証拠がのこっていたらどうにもかばいきれないぞ」


「……じ、事件とか証拠とかわないでくださいっ!」


 ──ばたばたばた。


 くさと立ち上がると、腰を引きつつ背を反らしつつ、少女は自室を出ていった。

 おもしろいんだよなあ。


 あまりにいぢいのりすぎる魔王ではあるものの、そんな少女が向かったかんしょはこのへやのすぐ近く、との事ではある。

 しかしはて、かの少女と私はずっと、供にらねばならない約束ではなかったか。

 そも、この型崩れのまくった敵陣のことだ、そんな事はやはり建前で、もう何でもいいのだろうか。


 ──ドン!


 そう私が首をかしげていれば、それほど長くないのちにへやとびらは勢いよくね開けられ、ひどく差しまった様子の少女が寝台へバタバタもどってくると開口いちばん、こうたづねてきたのである。


きょうの剣! あ、ああぁぁあ、貴女あなたの名前を教えてくださいっ!」


 ああそうか、そうだったな。

 何だかんだで伝えるのが遅れてしまったが、そういえばまだだった。

 少女としても、ここから後の流れを考えれば、相手の名前くらい知っておきたいだろう。

 もともとが、秘匿する理由もなにも無いものだ。


「スィーエ。私はスィーエだ、ナキュー」


「スィーエ……。ナキュー、って私の事ですか?」


「他のみんなと同じ呼び方がいいのなら、そうするが」


「……いいえ! いいえ!」


 このうえなくうれしそうにした少女だった。

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