21.存在・中 ゠ 記録と七戒の話

 ──んん。


 申し訳程度にせきばらいをし、少女は話を再開する。


「その記録なんですけど、順を追って辿たどってくと、ある時点で行きなり途絶えるんです。およそ千四百五十年前のあたりで、っつり無くなります」


「記録が、途絶える?」


「はい。現に文章の記述のされ方が進化してるんですし、以前からもさらに原始的な状態から進化しつづけてきてた、って考えるのが自然でしょう」


「だかそういった物が、いっさい見つからない、と」


「それってつまりいっぱしの文字が文章が、無骨にしてもある程度洗練をとげたかたちのものが、進化の軌跡を辿たどらずに突然の登場を果たした、って事になるんですよ。だったらその理由としては、何が考えられると思いますか?」


「突然の登場に無理が有るとすれば、文字自体は以前からった見込みが強いわけだな。だとすれば単純に、それまで記録を残すことをおもい、つかなかった? いや、なあ」


「はい。文字っていうのはもそも、記録を残すための物ですから」


「まあそうだ。それなら何かしら書きのこしているはずなんだが、ふむ。なんだろう、それは畸怪おかしいな」


わかりますか」


「ああ。どこかわかりづらい場所へ隠してしまうにしても、まっしょうしてしまうにしても、存在しているものすべてを、というのには無理が有る。かならず何か、残ってしまうはずだ。少なくともそれを尋常に、人為的にるとしたらな」


「そうなんです。仮にまっしょうしつくすのに成功したとしても、人がそうしたんならぞうの大事変でしょう。人為じゃあしに天変地異だったとしても、話は同じです」


「そんなものは物を書けなくとも、確実に口頭で伝承されるはず、か」


「ついでに後日、記録としてもかならあらわれるはずですよね。だのに、それそのものの記事どころかする記事すら、ぜんぜん発見されない。そうなると考られるのはもう、一つくらいしか無いんですよ」


「この世界は、千四百五十年前に唐突に、誕生した?」


「現れ始めた当時の記録って、どれもごくりふれた事柄ばっかりなんです。それってつまり、なんの前触れもなしに人が突然現れて、当たり前の生活を行きなり始めてる、って事でしょう。そうするともう、誕生したってわれるよりしろ、創られたってわれたほうがしっりくるんですよ」


「ふむ。そして、そんな事がきるのは」


「神」


「としか、いようがない、か」


「まあ、そんな事がきちゃうほどの神なら、その時点での記録を全部消し去るくらいもあるいは、きちゃう事なのかも、しれませんけど……」


きるにしても、ちいち記録をまっしょうしていくほうが簡単とも思えないし、理由も考えづらいな」


「ええ。だいたい、ぶんめいじょぶんしょうってつわけですから、それを全部無くしちゃったらそんなの、実質創り直しと変わらないですよね」


「だったらやはり、その時に神によって世界は創始された。そうってしまって、差しつかえは無いわけか」


「はい」


 そのままみにする、という事ではけっしていが、少なくともすぢは通っている。

 ほころびも特に見当たらないし、かしたら真実を突いているのかもしれない。


「ううむ。創られたとするとさっきの、存在とはという話の受け止め方が、微妙に違ってくるが、な。しかしそれが、だから何だと言うんだ? お前の行動の理由と、どう関係するんだ?」


 そんな私の疑問に対して、少女はこうまえきをした。


「そもそも、確証のない話です」


「うん?」


「ただ神って、人族に対していろいろと、規範を示してますよね。不妬ねたんではいけない不棄なげてはいけない不誅せめてはいけないすなわ不悪にくまなこと不簒とってはいけない不痍きずつけてはいけない不欺あざむいてはいけないすなわほしいまま不為しなことさい不痴しれてはいけないすなわ不拒こばまなこと。……そんな感じの物ですけど」


「ふむ、七の戒律か。確かにまあ一律の規定には、一定のへいがいき物だがな。それでもこれらが守られれば、争い事はだいぶ減るだろう。そう悪くもいと思うが、それともなにか、行けないのか?」


「いえ、行けなくはいと思いますよ。むしろ全然いいと思います。でも、だったらどうして、それを簡単に踏みはずしちゃうような存在に人族を、神は創ったんでしょうか」


「……」


 言われてみればそうだ。

 その性質は天使たちも同様だし、だからそれは試練などと呼ばれ、克服することが美徳とれてもいる。

 正直、天使らにそれがきているとは私は思わないが、まあさてき。

 もそものところで規範とは、越えてはいけない線を越えてしまう者がいるからこそ、必要になる物だ。


 やや似た話を、アンディレアもしていた。

 どうして、激しく動けば疲労してしまうのか。

 傷ついたとき、痛みを感じるのはなぜか。

 それは、おもわしくない判断や行動をさせないには、いやな感覚をあじわせるが手っり早いからだ。

 それはもちろんそうなのだが、これは飽くまでそのように創られている場合での方法論であって、万物を創造しうる全能の神、とうならもっと別な創り方も、きたのではないか。


 悪意は、どうして生じるのか。

 欲は、どうして存在するのか。

 これも同じ話だ。

 行けないのなら、それらがかないように創ればよかっただけの事だ。

 越えてはいけない線が存在するのなら、それを越えないよう創ればよかっただけの事だった、はずなのだ。


 どうしてこんなふうに、創った?


 ただ漫然と生きていれば、ほどきわたないはずのこの疑問。

 創られた可能性が高い、そう認識してしまった今となっては、どうにもごせないけんとなる。


「まるで、規範を破ってほしいかのようだな」


「同感です。……いえ、違いますね」


「うん?」


「同感どころじゃあいんです。私の疑念は、貴女あなたのそれよりずっと強いんですよ」


「なに?」


 しばらく言葉の意味がわからなかったが、もうややも考えてみることで察しは、ついてしまった。


「……」


 まず、世界は神が創ったとする。

 それからそこに暮らす存在として、人族もまた神が創ったとしよう。

 そして天使も、天使とうくらいなのだから当然、神が創ったに違いなかろう。

 だが、それならば……魔族は?


 なぜこの世に、魔族は存在する?

 神が創ったはずのこの世界に、どうして魔族などというものが存在できている?


「お前、まさか」


 私の口からはさきほど同様、きょうがくの言葉が漏れたが、そのいは前回とは比べ物にならなかった。

 対し少女も、いくらかふりいていた徒戯いたづらっぽさも完全に引っ込め、いんうつな様態をしめしたまま、黙っている。


かみが、じんぞくてんてきを、あらそいのたねを、ざわざこしらえた、と言うのか?」

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