20.過去・後 ゠ 偽善と融合の話

 そうか、私はぜん者だったか。

 考え至って自己けんおちいってしまった私へ、さらに掛けられた言葉にはもう、あきれるしか無かったのである。


「みんなで笑おう、って。そう貴女あなたは言ったんですよ」


 おぼえは無いものの、確かにそれはつての私が、言っていそうな言葉。

 もうただ、ひらあやまりするのみだった。


「いや、すまない。本当にすまない。それは私の、若気の至りだ」


「そう、なんですか?」


 納得行かなげに、少女は首をかしげるが。


 まんである。

 まったくまんだらけである。


 きっと良い事がある、明るい未来が待っている。

 それを、その良い事とやらにからみまわれていない者が。

 苦しみ抜き、精神すり減って、立ち上がるのもやっとか、という者が。

 そんなようなうわごとを、多少なりとも恵まれた者から告げられたとしたら、どうだ。

 これではいちもつえそうな者が、たわむれに金品を見せびらかしだけれるのと、何も違わないではないか。

 差し迫った危険が無いように見えたとしても、へいしているのならばそれは、緊急事態なのだ。

 がんがんれ、などとのんちょっている場合ではいのだ。


 こんなでは、励まされるどころか救われるどころか、必要な物がひとの所にはって、自分の所には無い。

 そんな現実をざまざと再認識させられ、さらなる絶望のふちへとたたき落とされるに、決まっているではないか。

 そんなものは、さちの暴力。

 理由わけもなく頬を横殴りにされるのと、どう違うものか。

 受難者とは、何ひとつ解決しないような聴こえのいいまんを、だいさんしゃつぶやかせてたり顔させるために、そこにるわけではいだろうに。

 げん取りのために、そこで苦しんでいるわけではいに、決まっているだろうに。


 命だければいい、という事など間違っても無い。

 本当に死んでしまったほうがはるかに、なんて状況はいくらでも実在するものだ。

 仮に、所有しているかぎり定然ぜったいに命を落とさない秘宝、などという物を手中に収めていたとしても、だ。

 自分に危害を加えつづける者がそこにいて、どうやってものがおおせれず、救援もまったく見込めない。

 そんな絶望的な状況におちいったならば、えいごうの苦しみが約束されてしまったならば、その所有は放棄したほうが幸せであるに決まっている。

 絶望とはそうやって、真に本当に、死にたいと人におもめるもの。

 死にたくない、死ぬわけには行かないと思っていれるなら、それはまだ絶望などではいのだ。


 逆に、死にたいのならばとっと死ねばいいのに。

 などという、にも無慈悲な言葉を、はづもなく投げつける者も少なからずみられるが、ややも歩み寄ってみればわかること。

 それ以上の苦痛になどもう耐えれない、そんな状況に追い込まれてしまっているのが受難者だ。

 だったらば果てる直前に、極限の苦痛が予想される自害になど、とても及べるはずが無いだろう。

 自分では踏み出せないからと、死罪を目当てとしてつじりに走る者すら、絶えないもの。

 そこまでの事を実行してしまうまでに、味方に恵まれずきわまっているのだ。

 それを、それをだ。

 死ねばいいのに、とは。

 いったい、何事か。

 こんな最低の、人間性なき非人ひとでなしが世にむせいでこそ、人はそもそも死にたくなるのではないか。

 むしが走る、としか言いようが無い。


 つまり人は、命のみにって生きる物にあらず。

 もっと言えば、いのちりもだいものせいしんという事であり、むしろそんな構造でもなければ自殺など、企図されるよしもそも無い。

 そこまで至らなくとも、精神の壊れてしまった者が健常を取り返すのは、事実としてまれ

 そんな状態で幸福のきょうじゅなど、まともにかなうはずが無いだろう。

 命だけっても、精神を損ねてしまえばどうしようもないのだ。


 要するに、ただ生きろと言うのは非常にざんこくな、にせものの正義。

 絶望の経験がないゆえに程度を楽観視し、相手に寄り添った考えをないような者が発する、なはだ無責任な言葉。

 少なくとも博愛とは間違っても評せないであろう、自分りをただ成すに終わるだけの、かしだ。

 親切、思いり、そんな言葉を免罪符として認める根拠など、この世のどこにも存在しやしない。

 あいじょうきょうこうりょ不為せずあいおもる、然様そんいたようはんてきじゅんど、ゆがんだじんとなえるゆがんだとういつしゅうきょうもといた、しんがいこうでしかないのだ。


 救われるべしと願ったのなら、きちんと救ってやらなければならなかった。

 私がこの手で、この少女を救わねばならなかった。

 それをないのならば、救われるべし、などと願っては、行けなかったのだ。


 はなすのはとてもれいこくな事であるように、思えるかもしれない。

 しかし、どんな心積もりだとしても、結局に動かないならただの見殺し。

 めてそのごうは、甘受するべきではないか。

 本当は救われたらいいと思っていたのだ、などという言い訳は、なにかと理由をつけて行動しなかった事実をかすための、自己まんに過ぎなかろう。

 そちらのほうが余程に、罪深い心積もりではないか。

 そうやって人は自身の認識を、その心をゆがめてしまい、やがてかつかつたぐいへと、らくはくするのではないか。


 るべきでないことをた。

 そうざんする私を、かばうかのように少女が声を掛けてくる。


「でも、そのおかげで今、私は貴女あなたとこうしてますし」


 しかしそれで、気は晴れない。

 きない理由がちくされないかぎり問題は解決し得ない、そう少女の言ったとおりの事だからだ。


「それは結果的にそうなっただけだ。私の力じゃい。お前は私に助けられたわけではくて、お前が自力で助かったんだ。私は深く考えもせずに、ただ薄っぺらことを言ってしまっただけだ」


「いえ普通、自分の命には、自分で責任を持つものですし。私が貴女あなたに勇気づけられたのも、確かですし。そこまで卑下することも、無いって思いますけど……」


 そんななぐさみのような言葉を少女はれたが、それでしかし私の気は晴れなかった。


 ところで、かんな対応をしてしまったとは思うが、それ以前にすこし、想像しづらい話ではないか。

 そうも思う。

 となれば私も、この戦争が始まるより前から現在までの記憶くらいなら、っきりと維持している。

 しかしその間、このような少女と出会ったおぼえは皆目なく、そしてその期間は年数にすれば、十を超えるのだ。

 こうまで昔の話だったとなると、少女のその見た目から年齢を推定するかぎり、当時にはほんの小さな稚児こどもであった、という事になってしまう。

 だとしたなら、その姿も現在と大幅に違っていただろうから、あるいは私におぼえなきも無理なし、と言えもするが、そんな事よりも。


 じん……なわち。

 現実の苦難からのがれたい、という明確な動機をずから持ち。

 死という物がおそらくそれをもたらす、という概念をよく理解し。

 確実かつ極力苦痛なく、これへ至れる手段を選び出し。

 そして死への恐怖にうちって、それを実行する。


 そんな込みいった行為へと、幼児が及んでしまうというのは、そうそう有ったものとは考えがたい。

 とすれば、だ。

 ほかにも思い当たるふしは、いくつもる。


 あるいはこの少女、姿のままのよわいではいのでは、なかったりしないか。


「ああ、でもそうですね」


 またも突っ込んでみたい部分が出てきてしまったわけだが、それより先に少女のほうから、別の話を始められてしまった。


「うん?」


「こうして私がいくさを起こしたのは、貴女あなたのその言葉も、目的の一つになってるかもしれませんよ?」


「何の事だ?」


「ええと、そうですね。戦前でもまごまと、争いって起きてましたよね」


「ああ、そうだな」


「私、それを無くしちゃおうっておもったんですよ」


「……」


 いま、何程もないように、さらりと言ってのけたが。

 そんな、天使たちの大部分すら考えようともしなかった事を、この少女は実行しようとしている、と言うのか。


「ただ、同種族のうちでもめ事は起きるものですけど、主立っては種族間でのいざこざほとんどだった。そうですよね?」


「……」


 はて。

 少女が何をたくらんだのか、わかるような、わからないような……。


 そんな、答えがすぐそこまでかっているようなもどかしさを感じていると、次に少女は決め手をはなつ。


「具合の良いことに、天使と魔族を掛け合わせたとき、生まれくる子供はかならず人族にります」


「! ……」


 この戦争について少女は、相手を極力殺さないことに意味がる、と言っていた。

 くわえて、魔王軍はうち破った天使軍を丸ごと収容している、とも言っていたし、収容場所についてもろうとはひと言も呼んでおらず、むしろ住宅地とっていた。

 あまつさえ、その天使たちの事をも、りょと呼んですらいなかった気が、する。


「お前、まさか」


「はい」


 返ってきたのはにこやかな、ひとつ返事。


「それは、かなか、あれだな。そうだいな事を、考えるものだ」


 いやはや。

 つまり全天使と全魔族で、ぎを作ってしまうと。

 それによって全部を、っそり人族に変えてしまうと。

 結果として、不和そうじょうは激減すると。

 そんな計画だとは。


 あるいは同様のことを考えついた者は、他にもたかもしれない。

 しかしそれを実行せんというのは、それもある程度着実に事を進めれているというのは、途方もてつも見当たらないかのような話である。


 神魔ゆうごう

 このやり方であれば、いずれかが滅亡させられるわけでもし。

 はんりょに同族をえらべない、という制限を除けばなにか暮らしに、影響が有るわけでもし。

 実現すれば限りなく穏便に、わだかまりだけがついえさせられるはずだ。


 とはいえ、こんな話を天使側へふつうにち掛けたところで、例のれんちゅうが、首を縦に振るわけも無し。

 彼らが現在の地位を、既得権益を、みす手放すはずも無し。

 どころか、魔族がのこらず死に絶えればよい。

 それくらいの事は、平気で言いはなつに違いなかろう。


 魔王だから、きる事だ。


「うむ、いや。お前は、なんというか」


「はい?」


 率直な感想を述べた。


「ちゃんと、王様だな」


 少女はくすりと笑う。


「案がった。きる環境がった。だから実行した。それだけですよ」


「だけとは言うが、前のふたつがそろっていても、何もしない奴はろごろるぞ」


「私の場合は、ざるを得ない動機もっただけです」


「それは?」


「……」


 少女はやや上を向き、あごに片手の人差し指を当て、すこし考える。

 そうして始めた少女の話がまた、要領を得ないものだったわけである。


「ちょっと、話がれるんですけど」


「ああ」


「存在する、ってどういう事だと思いますか?」


「は?」


 これまた一体、何の話が出てきたか。

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