20.過去 ゠ 人に最も大切なものは何か
20.過去・前 ゠ 冷房と覚醒の話
「
その
今ここは、魔王の寝室。
まあ、そうだ。
どうやっても結局、あの状態で執務など、続けれようはずも無い。
そのまま
ただ、長話をしていたとはいえ、何百部も
広さは
入口
その入口から中央寄りには、
その奥、一応は
その
それらだけが、全部だった。
いや。
寝台の
しかし、夜が訪れたとはいえ、今は夏。
与えられた絹衣のおかげで
それにしてはこの寝室の中だけは、
やや湿っぽくも、どこか心を洗うかように
これこそ魔術か何かか、そう私は思ったのだが、しかしこれもどうやら違ったようだ。
「あ、はい。冷房にしてあるんですよ」
「れいぼう?」
「この本宮って、
「ほう、地の冷たさを利用するわけか。よく考えたな」
「改良の余地は
「そうか。しかしこれは、快適だ」
温暖な土地に暮らすなら、夏の熱気による寝苦しさというやつには、
ときには休息すらよく
適応する地形を
まあ、そのほかには特に何も無かったので、私はとりあえず寝台に腰掛けてみるのだが、少女が寄ってこない。
やはり
「まあ、あれだな」
「はい?」
「こんな事が有ったんだ。やはり毒見は、
「それは……もう、今更ですし」
「だいたい、
「確かにその必要は……でもまあ実際、私を動かすには効果的で……あ」
ここで少女は、赤も赤らむほど真っ赤に染まり、恥も恥らうほど
「どうした?」
「こ、これは……その、
「それは
と言うかこれは、もし私が少女の求愛を振っていたら、どうするつもりだったんだろうな。
まああの女侍従長ならば、その場合について何も算段していなかった、という事も無さそうだが。
まあ今はとりあえず、目の前で
「そ、それは……で、でもあ……
「確かに趣味では
「……っぇ」
それは
「あ、
「物は試しと
「ほ、本当に……その、私と……。本当にいいん、ですか……?」
大変な事になってしまったのは少女のほうなのに、なぜか私のほうだけが気にされている様子だったから、私は
「そうか。純な
「……あっ! ああぁぁあ違うんです、違うんです……違うんです……」
もはや何について、どう違うと言っているかもさっぱりだが。
しかしこれは、なんと
「まあ、いいから。こちらへ来い。話をしよう」
「……」
言ってやって
そのまま固まってしまったが、私は問い掛ける。
「どうしてなんだろうな」
「は……はい?」
「お前がどうして、そこまで私に思い詰めているのか、という話だ。私は、お前のことをよく知らない。お前は、私のなにを知っているんだ?」
「……」
その質問に、少女は一瞬黙った。
そののち、こんな事を言うのである。
「実は私にも、それほど
「なに。何でも
「それはそうですよ。私も以前は、結構な
「いやそれは、ちょっと想像がつかないな」
「そうですか。でもあのほら、たまに聞く話だって思うんですけど」
「うん?」
「そこまでは何もかもが
「む」
ほうほう、それか。
その話を聞くとは思っていなかった。
「有るなあ。私にも有った」
「ああ、やっぱり
「ふむ。そうか」
「……あ、いえ。何でも
例によって
とはいえ生まれて
そしてそこから成長するにつれ、自我も意識も
とりあえずそれが果たせれば、人は一個の人として
ただ、その目覚め以前の事は、ほぼ
ここで、さらに
そんな瞬間に出会うのだ。
これは不思議な
それを得たとき、判断をしなくとも、ただ知るだけで勝手に物が
まあ単に目が利くようになるだけだから、それが得られたからと言ってそう大層な事には至らないが、それでもそれは、以前までの自分とは何だったのかと。
第
だから成長を果たしたと
そう
少女の
人は、物の
そしてその法則の発見は、標本が多ければ多いほど達しやすいもの。
少女の挙げた、塩味の例もおそらくはそれであり、物がよく
そういうわけで、
そんなふうに、疑われるものだった。
「まあ、しかしな」
それはそれとして、
そんな疑問もまた
「はい?」
「それにしては、
「ええ……はい、そうですね。
「いや、そうかもしれないがな。さっきまで散々、私を信じるとも言っていたではないか。その理由としてはすこし、弱い気がするな」
「ああ……それの理由、ですか」
「そうだ」
「それは、その……」
「うん?」
「……無いんですよね」
「無い? 理由が?」
「はい。私はただ、
「ふむ」
単なる願望だった、と。
なるほど知ってしまえば、単純な話ではある。
私はこの少女を、
しかしそれはどうやら、少しばかり思い違いであったらしい。
真に
こんな、愚にもつかず、不確かで、いつどのように裏切られるやも知れぬ、
少女が自分で言ったとおり、ときに
そして、愚かしさはその逆だ。
私はその
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