19.慕心・後 ゠ 告白と卑下の話

 いさいさいやや、これは参ったな。


 これから私へ魔王が何か言うらしいが、状況的にもうその内容は、聞くまでも無い。

 そもそも最初、少女がこちらへ名を問うてきた時にもう、なんとなく察していたところではある。

 くわえ、私への異様とも言える、好意的な態度。

 かつ、それを裏づける、周囲の反応。

 果てには、毒薬などという物で一計を図ったうえでの、素直になってという言葉。

 これだけ条件をそろえられたらもう、思い浮かぶ話は一つしか無いし、それではいのだとしたらもうそれは、世の怪談のひとつに数えたほうがいい。

 だから問題は、その言葉にどう応えるべきか、という点なのだが……。


 きょしたら、私はどうなるだろうか。

 放免されることはまず無いだろうが、それでも他に天使たちが大勢いるとの話だから、そこで共にする事になるのだろうか。

 あるいは、少女の言ったとおり私はいろいろ働いたから、そのかどでもってなんなりか、処分を受けるのかもしれない。

 それはすこし困る事でもあるし、いやな事でもある。


 であれば、受け入れるか。

 受け入れる事について、私は……。


 私は、少女を見る。

 まあわいある少女ではあり、いっしょにいればそれなりにいぢ……げふんげふん楽しくっていけそうな少女でもあるが、私がそんな事を考えていると、あちらも私をいた。

 しばし、まづそうにまゆを伏してうかがったのち、ぽつり告げる。


「……きょうの剣」


「どうした」


「あの、ええと……こんな、かたちでのつもりは、無かったんですけど……」


「つもりの無いのは、聞いていてわかるけれどな。何だ?」


「はい……。私……」


「うん?」


「……」


「……」


 こちらを真っすぐに見て。


「ごめんなさい。貴女あなたのこと、おしたい申し上げてます」


 少女はそれですぐ、私のともけていた視線を落としてしまい、ひざうえに乗せていた両手の平をきゅっと結ぶ。


 ああ、言ったか……言って、しまったか。

 可哀そうなくらい、たよりない声で。

 もう、後にはもどれない。

 救われるか、見限られるか。

 そんなきゅうに、立たされているのだろう。


 当たり前だ。

 ただでさえ愛を告げるという、うなればずから相手に弱味を握らせるような粧得まねを、ろうことか同性へかって、あまつさえ族のおさが敵の一員に対して、てしまったのだ。


 あらゆる種類の恥辱を、図らずも一身に抱えてしまった少女。

 その人柄については、いまがた告げた言葉の前に添えられている、ごめんなさい。

 そのひと言により、全てが物語られていた。


 つまり、そういう事だ。

 だれかを好くことが、罪などであるはずが無いのだ。

 なのに、それについて謝罪を述べると言うのなら、それは自身をそのような詰まらない者であると、いやしい存在であるととらえている、そのあらわれにほかならない。

 そしてその理由を辿たどるなら、そのこんてい穿うがつなら。

 つまり、それだけ自らの弱さたよりなさにさいなまれつづけている人物。

 つまり、自らを不当に過少評価することしかきず自己こうていが獲得できないでいる人物。

 つまり、どころが確立できず名状しがたい不安をふっしょくできないでいる人物。

 つまり、たすらにむなしさで打ちひしがれ支えといやしをかつぼうする人物。

 そういう事だろう。


 要は、欲しい物が手にきたという成功たいけんとんど得れなかったがゆえに、自分は何をっても拙為だめだと、自信を持つことがきなくなるものである。

 そして、それはなわち……この少女が生まれよりら、さちというものにそれほどあづかってはこれなかった、という事実を示す。


 王などという存在が、衆を操作しぜいに浸ることの許されたような身分の者が、不幸なんかであるはずがったものか。

 そんな理屈は、あかしかがやい、そうわれるそれそのものであって、往々にして否定される。

 あらゆる物に満たされながら、何をそうまでさらに欲するのか、強欲にも程がるのではないか。

 そんな、見当違いな非難を周囲から寄せられることまで含め、要らないと思う物ばかりに囲まれつつ、本当に欲しいとおもう物には手が届かないとは、どれだけむなしい事であるものか。

 そんなものはおそらく、それを実感したことの無いような幸せ者なんかには飽迄ぜったい、理解できないものなのだろう。


 そう。

 きっと今までこの少女は、恵まれていなかったのだ。


「……」


 だまって、私の反応を待つ少女。

 その、弱りきったたたずまいこそ……はかなく、れんでしかなかった。


 れやれ、なんだ。

 これが魔王、か。


 まったく。

 やれ、やれ。

 どうしようも無いではないか。


「つまりそれが、私をここに連れてきた、本当の理由」


「はい……」


「そんな話だろうと、察してはいた。ただな、こちらこそあやまる。私は、お前のことなど何も知らない。もしも前に会っていたとして、それもまったくおぼえていない」


「……」


「だいいち私は特に、同性を好んでいるわけじゃい」


「……」


「だから今すぐには、お前と同じように私の気持ちが、お前へ向いたりはしない」


「……」


 その言葉で、すでに落ちていた視線にならって垂れる少女の頭に、また私は手を乗せた。

 少しだけびくりと反応が有ったが、慎重にでてやる。


「それでいいなら、私はお前のそばてもいい」


「……え」


 せっかく言葉をれてやったのに、少女は不可解そうな顔をした。


「え、とは何だ」


「で……でも、今……」


「断わったように聴こえたのか?」


「……だって、だって……私のことなど、知らないって……」


「これから教えてくれればいいじゃないか」


「……だって、同性は好きじゃいって……」


「好きじゃなくても、ただちにきらいだという事にはならないだろう」


「……貴女あなたの気持ちは私には向かないって……」


「今すぐには、と言ったはずだが」


「……」


 いま宣言したとおり、私も別にこれといって、女に興味を持っているわけではい。

 しかし、白状するなら何だかんだ、行き掛かりのうえでその相手をした経験が、無いでもかった。

 指向たいしょうではくとも、ほどの抵抗がるわけでもまたく、こうしたってくれるというのもやはり、悪い気はしない。

 そして何より、話が合う。

 冗談のやり取りもあまあきる。

 悪い相手では、いだろう。


 楽しく過ごせると思う。


 思うゆえ、そう私の補足するに、しかしいまいち納得の行かなげな様子の少女。

 それはまるで、こんなはずは無いと、状況を否定する材料をけんめいに探しているかのようだ。

 人が何かにおびえてそれをとおけるのは、過去にその事柄からひどちを受け、また同じ目に遭うはもう御免だと、そんな恐怖を感じることに起因するわけだが。

 まったく自身の好都合を、こうまで疑うとは、そこまで幸福に裏切られつづけた、と言うのか。


 そんな少女へ、言葉をすこし追加してやる。


「やれ、姿形というのはやはり重要だな。お前がしこだったりひひだったりした日には、そうすやすとこんな気持ちにはならない。……お前は可愛いよ」


 そういえば、今の今まで少女に対し、好意の言葉を明示していなかった気がするが、うやくに下ったらしい。

 そのひと言で、魔王の目はこうずいのようになってしまった。

 両の手で両の眼をりつつ、少女はどうにか言葉を絞り出す。


「……確然ぜったいに断わられるって思ってました……」


「よく泣く魔王だ」


「だいたい貴女あなたのせいです……」


 もちろん私には、そんな苦情にり合うつもりなど無かった。


 ふたりかい合ってに腰掛けていたが、少女がその身をこちらへ倒し、その顔を私のだいたいに預けてきたものだから、私もその少女の頭上に手を置いては、その髪の毛をわしゃわしゃきまわす事になる。

 それでどんどん拙為だめになる少女を、薄目でながめつつ。


 ……やれ、これは間違いなくアンディレアに怒られるな。


 もしもとがめられたなら、口説くのは私にお任せすると言っただろう、とでも言い訳してみればいいだろうか。

 そんな事を、んやり思ったのだった。

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