18.資格・後 ゠ 羨望と慰謝の話

 その衝撃をなすことが、きなかった。


 実を言うなら天使らは、人族たちに対して何らかの配慮をせねばならないような義務を、持たない。

 理由は単純で、飽くまで統治者ではいからだ。

 神とは創造主であり、人族とはその創造物。

 そして天使とは神の召使いなのだから、なんとなく危機が有れば救ってあげようという空気がって、なんとなくそれにしたがっているに過ぎない。

 一方で当然ながら、人族と人族の間にだって、抗争は発生する。

 しかし、彼らのその自主性を尊重しよう。

 そんな名目もまたって、だからこれに手出しすること無く、静観してすらいる。


 いやまあ、静観どころか責務どころか、いま起きている争いでは何が勝って、何が負けるか。

 そんな、にもきんしんばくが公然と執りされている、などという別の話も有ったりするのだが、さてき。

 責務と言うなら、魔族たちにはもっともっと、そんな配慮をする義理など、有ろうはずが無いのだ。

 にもかかわらずそれを、実行している。

 それもだ、負けるにしても、などという言葉が出てきてしまっている以上、何らかの見返りを期待するような了見では、り得ない。

 つまり純粋に、そこに暮らす人びとをおもんぱかってのわざだ、という事になる。


 そしてこの少女にはそれを、も一般的な責務であるかのように、へん的な認識であるかのように、も常識的な行為であるかのように、言いきられてしまったのだ。

 そんな事は、たとえ人族の王などであろうとも、それがよほどに立派な人物でもないかぎりは、くわだてられたりするなどまれだと言うのに、だ。

 それの、意味するところとは、それは……。


 ああ、そうだ。

 理がここにる。

 理性がここにる。

 理想がここにる。

 いったい、どこまでつけてくれると言うのだ。


 なんということか、ここには。


「……あ、あの……?」


 なにか失態でもさらしてしまったかと、目の前でこうしてごまごとこころもとなげにしている、どう見てもそうとは思えない、この少女を。

 そのように認識しないなど、もはや不可能だった。


 今、この目の前には、王がるのだ。


 しかもこれは、にせものでもまがい物でもい、その肩書きにではなくその資質によって裏づけられる、本物の王の資格を持つそれ、だ。


 かたや、我れわれ天使側のどこかに、こんな人物に及ぶ者がどこかに、るだろうか。

 存在したことが、有っただろうか。

 どうして天使側のおさが、この子ではいのだろうか。

 もしそうであれば、れんちゅうでなくこの子が皆を導いていれば、そこにはもっと別の、素晴らしい世界がったのではないか。


 いや、何だこの思考は。

 こんな事を考えるこの私は、つまりそれだけ天使というものにめきっていた、とでも言うのか。

 まったく、天使失格ではないか。


 くよく考えれば特段、魔族が憎いわけではかった。

 ただ、それを打倒すること、それこそが当面の乱をしづめる、最良の方法。

 そう信じ、剣をふるってきた。

 いなや、その信念はひとつ残らず、あやふなものであったのか。

 にあらば、私は剣をとる資格など、もそも持ち合わせてはいなかったのではないか。


 このしてこうも惑う、そこまで私はだったのか。


 そんな事にまで思い至り、ただたすらに情けない気持ちへと、私は追いやられる。

 頭痛がまない。


「そうだな、当たり前のことだ。至って、普通のことだ」


「はい。それが、何か……」


「天使側は、そんな事は、ちっとも考慮していないんだ」


「……え」


 私のそのげんに、少女は驚きの声をげた。

 信じがたい、そんなりもみられ、手のなかの書類を追う作業も中断される。


「好意的に言っても、単なる火消しをっているに過ぎない。むしろ乗じて、むさぼれるだけむしゃぶりつこうという姿勢でいる。今この瞬間だって人族たちから、いろいろな物をきあげつづけている。そんな構図ではどうやっても、こちら側のほうが悪者なのだとしかて取れない」


「……」


 一端の思考も及ばなかった、そんな様子の少女。

 完全に、絶句させてしまった。

 そうだろう。

 そうだろう……な。


おかしいか。わらっていいぞ」


「……いいえ。そんな事だとは、思いもしませんでした。何でも自分の尺度や感覚で判断するのは危ない、って事はわかってたつもりだったんですけど、それにしても……それは何といいますか、こちら側のほうが良く評価されたにしても、気の毒で素直に喜べない話です」


「まあこれは、な。いくさが始まるずっと以前から、昔から変わらずそうだった、とも言えなくはい。今更の話では、あるんだ」


 本当に心底、気の毒そうな表情を浮かべる少女。

 それをまともに目に入れることもきず、そんな感じに私がぼやくと、少女はその感想を述べた。


「さっき貴女あなたに、言われましたけど……」


「何だ?」


「天使側のほうもいろいろ、難しくて面倒なんですね」


「……」


 そうだな。

 この世は、難しくて、面倒だ……。


 神よ。

 どうして、こうなのだ。


 と、そんなあんたんたる気持ちになった、私のそば

 少女は眼前の書類を机に置き、床にぽてりと立つと、何を思ったかこちらへいて、私の頭上に右手の平を乗せた。


「うん?」


「乗りますよ。さっきの貴女あなたの話」


「何の話だ?」


 その質問に応えないまま、少女が私の髪の毛をもふもふし始めたから、どう反応すべきか私は非常に困ったのだが。

 さいわいそれは、長く続かなかった。

 手を下ろすと、徒戯いたづらっぽい表情で少女は告げる。


「はい、これで貴女あなたの洗脳は完了しました。貴女あなたの考えは、私の考えです。以後、考えるとおりに行動するように」


 ……。


 いや、いや、いや、いや、いや。

 拙了しまったられた、いや何だこれは。

 いやこの目の前の少女、いったい何だこれは。

 かいすぎないか。

 何なんだろうな本当に。

 もう不理だめだ、どうしてくれようかこんなもの。


「ふうむ。そうかそうか」


「……え……どうも、期待してた反応と違いますね……もっとその、こう……」


「いや私も、ついいまがた言われたんだがな」


「はい?」


「お前自身も、いろいろ難しくて面倒なんだな」


っ、またそういうこと! 人が折角……」


 すぐ火がく。

 んまり反応がよすぎるのだ、まったくこの少女は。


「ああ、すまないすまない。すこし言葉を間違えてしまったようだ」


「……もう」


「難しくはいな。単に面倒なだけだった」


「っー! もういいですっ!」


 行けない。

 いやこれは、本気で行けないぞ。

 この少女をいぢるのが、本格的にたのしくなってきた。

 はらわた可笑をかしさで煮えくり返りそうだ。


 しかし……と、いまでられた自分の髪の毛を、なんとなくもてあそぶ。


 そう。

 つい最近、他の者にも同じことをれている。

 その彼女は、アンディレアは、どう思うだろうか。

 私がここでこうしている事を、果たしてゆるすだろうか。


「どうしたんですか?」


「うん? ああいや」


 言われたとたん、おもわず私が手をっと引っ込めたのが、どこか慌てたようにでも見えただろうか。

 少女がなにやら、よく解らない追及をしてきたのである。


「頭をでてくれたおもい人でもおもい出してるんですか?」


 まあそんな感じの言葉を、意地悪げな感じで言ってきているわけだが……。

 うむ。


 いや、なあ。

 もうそろそろ警戒してくれていいあたりだが、それこそ学習してくれていいころいなはずだが。

 どうしてこの少女はここまでも、いぢられる余地を次ぎつぎ繰り出してくるのか。


「ふうむ。そうかそうか」


「えっ……?」


いたかそうか、大変だな」


「……っあ」


 少女の口から、悲鳴が漏れる。


「ふえっ、あっ! えっ、それはそのっ、そういう事にゃ……いえ、そうひゃふこっ……いぇっ! しょっそのっ……そのっ」


「大丈夫だ。何を言っているのかぜんぜんわからんが、ちゃんとわかっている」


「なにゃ、何よわかってゆって言うんでふきゃあっ!」


「まあちつけ」


 今度は逆に、私が手を伸ばしてその頭のほうをしわしてやると、少女はどうしようもない勢いでちゃになっていった。


「っー! っ! っーっ!」


 はて、やはりこれは魔王なんかではいのかもしれない。

 どうしようかな。

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