18.資格・中 ゠ 証明と顛倒の話

「自覚はったんだな?」


「……それはいろいろ、非道ひどい言葉です」


 魔王にえない、との自覚は無いのか。

 確かにこれは、どう切り取っても悪い意味にしかならない。

 自覚が無いと仮定してなら、それがわからないほどのれ者ととらえていた、とおとしめることになり。

 ると仮定してなら、それではづもなく王をっているのか、とけなすことになり。

 それでいやそうになんぼやく、少女のその様子が、もうお世辞にも魔王の風格と認められたものではい、というところが主旨となる。

 こんな少女がどれだけすごんだところで、威圧されるような相手など皆無ではないか。


 やはり、どう切り取ってもおもしろしか感じられないから流しつつ、問い掛けに対して考えるところを述べた。


「正直、信じきれてはいない。けれど冷静に考えれば、どちらでも私は困らないな。考えて確信を持てる話でもいから考えるだけむだだし、だからお前が魔王と言うなら魔王でいい」


「そう……ですか。すこし気が、抜けてしまいました」


「なんだ、っかりしたのか? だいいち、そんなものの証明は、難しいだろう?」


「ええまあ……そう、なんですけど。……これはきゃく


 自分が自分である事は、自分にとっては間違えようのない事実。

 だからっかり失念しがちだが、それを他者に証明するのは案外、不可能と言っていいくらいに難しい。

 きょうの剣を提示すれば私だと認めてもらえるのも、紫の理力は私固有のもの、という認識がまず、あまねいて持たれていることが前提となっている。


 要は、たいしょうめいるとは、あいにんしょうめのぜんていしきようきゅうこう、ということ。

 逆を言うなら、見合う条件さえ満たせれば、その証明は実際のしんによらず、承認されてしまうわけだ。

 だから当然、他に紫の理力を発現できる者が登場したなら、理力の提示による証明方法は、立ちどころにたんする。

 そして普通では、そんな前提すらかなか成り立たないだろうから、同じ仲間うちでも合言葉またはあいかぎ、もしくは手形ないし印章。

 そのたぐいの物で示し合わせるわけだが、こういったものは盗用やぞうが可能だ。

 完全な照合などきるはずも無く、至難である。


 これがこの魔王について言うなら、もっと絶望的。

 天使側にはほぼ何も知られていないのだから、いったい何を提示されたらば、もそも魔王と認むることがきるのか。

 その最初の一歩で、っさりつまづいてしまうに違いないのだ。

 少なくとも、唐突に現れて残虐のかぎりを尽くしたような者がったとして、それが行きなり魔王をった。

 ただそれだけで、そのまま魔王だと断定してしまうのは、ほうのする事でしかない。


 あるいはうそしに、そのまま言うとおりであったりもるだろう。

 または、そんな暴虐な者なら裏付けが無くとも、そう呼んでしまって差しつかえない。

 そんな意見もろうが、しかし可能性を言うならば、それが他のだれかの手先、ないしは陽動ということだって、ぜんぜんるのだ。

 そういうところをあやまれば、自称魔王の討伐がため計画をよく練り、その決戦にて全力を出しきったところ、実は背後で控えていたより強大な敵に、圧倒される。

 もしくは、本拠をねらった別働隊によって、壊滅のきにさらされる。

 そんなふうに、対応までをも誤ってしまうことに成りかねない。


 名称とはそれくらい影響力が強いものであり、だから飽くまで決め付けは禁物。

 私がこの少女を魔王と呼んでいるのも、便べん上の暫定でしかなかった。


「それに、だ。かしたら非常に失礼な感想かもしれないが、な。お前の言うことは、いや。べつに、安易に言いふらしたりする、という意味でもいんだが」


「え、はい? なんですか?」


「お前の話は世間話として、とても興味深い。だったら、お前がだれかなんか正直どうでもいいし、用もないのにざわざ疑うことも無いな」


「……」


 ──はふう。


 その時少女がついため息は、不安なような情けないような、複雑な意味をふくむいろいをしていた。


「一応、断わっておきますよ? これから貴女あなたには、このまま私のそばに居続けてもらう事になりますけど。つまりそれって、貴女あなたひとごとじゃあくなるって事なんですよ? 大丈夫ですか?」


 そんな事をたよりなげに確認してくる少女だったが、何でるかよりも、何をるか。

 そちらのほうが圧倒的に大事、そうとらえる私としてはながち、冗談でもない気持ちの吐露であった。

 少女の心配するところもまた、若干的外れとも感じられたから、至っていい加減な返答をしておいた。


「きっとそれは、あれだ。お前にそそのかされて、その身分を甘受しているだけだろう。ああなんなら、魔術だか洗脳だかで、お前にあやつられているのかもしれない」


「……それを言いますか……」


 っくりとする少女。

 うなれつつも、全部私のせいを口実に、好き勝手をするつもりですね。

 そう言わんばかりの湿じとだけはっかりと寄越してくるあたり、これはなんといぢいのある魔王であろうか。

 そう感嘆してしまうも、好き勝手のつもりは内心、否定しきれない部分がる。


 ただ、助力をすると少女に約束してしまった手前、という事ももちろんるが、それよりも正直私は、この少女に力でおそらくかなわない。

 知略でもかないそうにい。

 よほどに幸運が味方でもしないかぎり、私には脱走の機会など無さそうで、服従するよりほかなかったとの言い訳が十分立つであろうし、かつ客観的事実でもあると私は認識する。

 その観点では、行動に制限もうけられながらも、どういうわけか言論くらいには好き勝手が許されているなど、まこと好都合な話ではあった。


 だから私は、感じた疑問をそのまま口へ出すに至る。


「まあ、な。ああそれだ」


「はい?」


 あきれることに、私ととどこおりなく会話をしながらも少女は、書類を裁く作業をとんどゆるめていない。

 ちょうど、少女が目を通していたそれを、私がゆびさせば指されたほうは、不思議そうにこうべかしげるがしかし、そこに書かれた表題こそが問題だったのだ。


 イルベシラほうけるせんついしょうようせい


 そう書いてある。


当座いま、ここにる情報はもちろん、全体のうちでもひと握りだけなんだろうけどな。それをしゃながめただけでも、天使側がろうとしている事よりずっと、穏便に事を進めているようにえる」


「そう、えますか? ……あ、これはにんで」


 ──ペラリ。


 くだのその書類もまた渡される。


 少女のその処理速度は、はやきことめっら、のぜん

 対し私は、しゃべりながらほかの何かをするのは苦手だった。

 判をす、というおまけの作業までふくめられた状態では、内容まであまり綿密に追うのは苦しい。

 それでも、表題をめただけでも、わかる。


 ほかにもいづかの場所で、しょうや援助なんかを行なったり、生活水準の改善なんかを図ったりしているらしいそれが有ったが、その場所を指すのにどれも、地方という言葉が遣われていた。

 確か、魔界でのそれを指す場合なら地方ではなく、区域という言葉が遣われたはず。

 ちなみにそれが天界であれば、天使の住まう土地のすべてがだれかしら豪族の所有地であることから、領域と呼ばれたりしている。

 いずれにしろ、その支援等が魔界ではなく、人界において行なわれているという事を示していた。


 渡された書類の文面を目で沿りながら、答える。


「少なくとも人界に極力、被害をのこさない。のこすにしてもきるかぎり、早く修復するようなやり方だ。そこはさすがに、首をかしげさせられるな。それが魔族のする事なのか?」


 そう言った私に、しかししろ少女のほうが、首をかしげるのである。


「いえあの、そこに首をかしげられても、困ります。至って当たり前のことをってるに過ぎないように思いますけど、どこか不思議がりますか?」


「当たり前の、こと?」


「はい。だってほら、私がろうとしてるのって飽くまで征服で、相手を滅亡させるわけじゃあいんですよ? みんなれぞれに、れぞれの生活が有るわけじゃあないですか。勝つにしても負けるにしても、いくさに決着がつけばそれで何もかも終わり、なんて事には定然ぜったいならないでしょう?」


「! ……」


「だったらそこから、また新しい暮らしを始めるその準備だって、いくらっといたところで過ぎる、なんて事は、無い、って思う……んです、けど……」


「……」


 そんな事を言ってのけた少女は、それを受けた私の様子に途惑ったのか。

 自信をだんだん失くしたかのように、弱々しい口調になっていったが。


 私のほうには、そんな事に構ったりするようなゆうの持ち合わせなど、もはや無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る