18.資格 ゠ どうあれば真に王と呼べるか

18.資格・前 ゠ 説明と独裁の話

「……えっと、そんなところでしょうか」


 少女の長い説明がここで、やっと済んだものである。


「そうだな、大体満足した。説明感謝する」


「いいえ、んにもです」


 自分の仕事を、だれかへ任せるわけには行かないのか。

 そんな単純な質問への回答としては、まあ説明量だけはどんかさんだものだ。


 しかしやはり事情の説明とは、こういうもの。

 細部に至るまで説明されつくしたほうが、その情状は理解されやすいように思う。

 それもそのはず、情報が欠ければその部分については何も理解できず、それに起因した誤解までも生むからだ。

 要は、わかやすせつめいとはじょうほうけつらくじゅうぜんせつめいことり、じょうほうけづ被落おとされたみじかやすせつめいことではいのである。

 ところがこれが、情報量のより少ないほうが頭に入れやすい、のように勘違いされるせいか、説明はとにかく簡潔に、との注文がよく出されるものだった。


 少女の回答についても、皆がおもわしく動いてくれないから全手動がもっとも効率よいのだ、とだけ簡潔に言えばよかったのではと、そう思う者もいるだろう。

 結論だけを言うなら確かにそうなるのだが、忘れてはいけない。

 それはもそも、実際に少女が冒頭にて、それが望ましいからだとちゃんと述べていた事なのだ。

 じくながら私もそうだったが、こんな回答できちんと事情をあくしてくれる人物など、残念ながら現実にはとんど存在しないのである。

 手段を伏せて成金をひけらかす、との例も有ったとおりに簡潔な説明は、語られなかったたい情報によって意味いを大幅に変じさせ、そのままうそにすらなりる。

 だったらば、相手の説明をりあげさせようとするなど、これから手前はうそきを目指します、あるいはなたうそきに仕立てます。

 そんな迷惑千万にほかならないではないか。


 今回のこれも、皆をおもんぱかっての指揮であるのに、その皆の自分本位ゆえに、足並みがそろわない。

 そんな、どちらかと言えば少女のほうが苦慮させられている、という話だ。

 それが無根なへきけんや、無礼なべっ、あるいは無益なふんなどから、ほしいままに権力をふるいたいんだろう、どうせろくもないさいはいなのだろう、従ってくれる者だってるだろうにそれで何が不満か。

 そんなふうになないた、邪推やじょくや論点そらしをれるなどして、話がじ曲がってしまうのである。

 そんな的外れなかんげんで、この少女の抱える問題が解消するなら、せわなど無いのだ。


 こういった面倒が予見されるなら、今この少女がそうたように、最初のうちから事情の全容を、余さず渡してしまったほうがいい。

 逆にせんこくで一度二度、少女が説明をしぶっていた件については、そのための言葉が十分にそろえれない、という理由でもって控えられたのだろう。


 欠いて情報が渡されたとき、人はそれを無意識に補完して受け取るもの。

 しかしうとい分野の話題であるほど、当然それには失敗する。

 そこを自発的に確認取れるならいいが、その補完がほぼ無自覚にされるだけに、大抵はそのまま決め付けへとまっしぐら。

 これこそが、さしづめりゃくへいとでも呼ぶべきそれが、伝達における切実な問題だった。


 つまり、せつめいとはかんりゃくらばほどかいなんがるもの

 私も初めて聞いたものだが、たとえば分割統治法。

 これはことば自体が内容をある程度説明するが、しかしただこれだけで、知らぬ者にどれほどの理解がきようか。

 そこを逆に、複雑な事柄の説明を簡便に受けようなど、お前はそんなに頭が良いのか、という突っ込みすら禁じ得ないわけだ。


 まあ結局、しつようにそれを要求してくるからとはつまり、説明を受けるための時間や労力を割きたくなどい。

 なわち、その事柄に対してろくに興味など無いし、したがってろくに理解するつもりも無い。

 そんなからなのではないかと私は疑う。

 もちろん脈絡なく話し掛けられる場合なら、興味など持てなくて当然であろうし、理解の義理も無かろう。

 しかしなんの勘違いか、自身の都合で相手へたづねたりする場合にまで、これを要求する者が少なくなかった。


 もしくは、簡潔な説明とは具体的には、その相手にとっての不必要な情報をのこらずぎおとした代物のことを、指すのだろうか。

 しかし既に示したとおり、伝達は必要な情報がっかり渡らなければ、高確率でおおきな誤解を残して終わる。

 反し、ひとの考えているところの情報の要不要など、いくばくかのそんたくきはしても、完全に読み取るなど当然に不可能だ。

 ひとの内心を察しつくす、などというでたらめなげいとうが、よしんばきると仮定するならば、どんな説明のされるまでもなく世のすべてが察せられるべき、よって世に説明はいっさい不要。

 などという結論にちつくわけだが、もちろんそんなわけが無い。


 こころなん不伝つたわらなからひとことるのだ。


 つまるところ、簡潔に説明せよ。

 これは、理解させろとうておきながら、それに必要な手段を封じるという、何がしたいのかよくわからないなぞの要求なのだ。

 情報を端折はしょってしまっていい場合が有るとすれば、わかったような気に成ってくれれば本当にわかってもらわなくても済む、という場合だけだろう。

 ただしそれで事足りるのは、せんどうをなす場合に限る。

 それは、理解を目的とした説明ではまったくり得ないのだが、まさかこれは手前をたらしてください、などという要求なのだろうか。

 いや、さすがにそんな事は無かろう。


 新たに何かを理解するというのも、確かに大変な事ではあるかもしれない。

 だが理解とは、剣の上達とおなじく本人の成長のことなのだから、ふつうに考えてその労力が省けることなど、有り得なかろう。

 だいいち説明者とは、その相手に楽をさせるために、そこに生まれいでたわけではもそもい。

 何をそんなに甘えているかは知らないが、この世とはごうまんな者のための接待会場ではいのだ。

 あるいは彼ら、かすれば普段から深い理由もなく行動をしていて、そのせいで何かを説明するとは常にすぐ済ませれるもの、とでも勘違いしているのだろうか。


 そんな事情などったことではいし、まともに理解をする用意も無いような連中への説明など、完全にむだだと。

 せつめいきょぜつせつめい不求もとむなと。

 しかしそう述べようものなら、自らの態度を見事にたなげし、狭量だの不親切だの、そんなけては無理にでも聞きたがる。

 何をどう言えば満足してくれるものか、とほと困り果てるのだった。


 全くもって本当にろくもない、んでほしさしか感じない連中ではあるが、しかし結局どうなのだろう。

 それぐらい、自分が何を言っているのかわかっていない者は多い、という事か。

 まあいつわるつもりが無くとも、人の口から出た言葉は本心とは限らない、とは少女も言ったところであるが。

 なんともやれやれな話だ。


「……はい、これもにん


 そんな事を私が考えているそばから、そう言ってまた書類を渡してくる少女。


 ──トン。スッ、トン。


 そうしてまた私は判をすが、しかしやれ、王様というのも本当に大変なものだ。

 これには相応の才覚はもちろん、相当の労力をももとめられることだろう。

 少女が今もこうやって、持てる英知のへんりんを私へろうしてくれたが、それ単体では大勢を動かすまでに至るまい。

 会話にも出たとおり、話の通じないからというものも一定数、存在するわけだ。

 そんなぼくせきざっぱいをも織りまぜて、全部を一手に取りまとめるとは一体、どれほどの苦心が生じるものか。

 くつのうえでは察せられても、とても実感のともなう想像がきたものではかった。

 あるいは威厳や行儀という概念も、そんな困った連中の言動をまず、封じ込める。

 そんなところを目的として、意図的に創り出されたのかもしれない。


 だがしかし、おそらく間違いない。

 これはきっと、善政がかれている。


 一般に独裁が忌避されるのは、分別のない者がその座にすわってしまったら、壊滅的な事態へと至るからだ。

 本人の腹にいちもつなくとも、視野がせばまるという事だってある。

 そういうわけで人族の国などでも必ず、王の意向の可否を直接判断する、評議院。

 王のもてるちゅうすう権限の割譲をうけて独立に機能する、すう院。

 そういった機関が置かれ、王の暴走をい止める役割を果たす、事になっている。


 いやまあ、もうこれだけでんぷんにおうが、結局はこれらもまた、人が構成するわけだ。

 少女が定義するところの不当利権の成立要件にも、そのまま該当するだろう。

 当然のように個人の思惑が絡められもするし、王への対抗が許されているのだから、権力が高まって増長や腐敗も招く。

 特定少数の者たちのみが実権を握るかぎり、実質的に独裁と大差なかったりするのだ。

 どころか、それら自体がそのまま抗争の図式そのものであるから、かえって安定した状態が維持しづらい、という難もたしかに有った。


 一方で独裁とは、王が絶対の権限をにぎるとは、かならずしも悪いことではい。

 単純な話、王がけんをやめよといいつけたらば、そこからけんが消えせることを意味するからだ。

 王さえまともなら、との非常にきびしい条件はつくものの、ぜったいおうせいたいせいもっとこときのじつげんやすれ、と言えるのである。


 だからそこへ、もし……いや。

 世とは、ずるくなければしあがるのが難しいもので、だからかなかり得ない話ではあるが、それでももし仮に、だ。

 ぎょうこうにも清廉潔白、かつ明哲な人物に、その独裁の座へ収まってもらえたとしたなら、どうか。

 そんな、理想に近いことが、体現されているように思われた。


 いや、つけてくれるものだ。

 この小さき少女が、てつもない偉人にえた瞬間である。

 だし、魔の物とはいえさすがは王、すうこうな帝王学であ……。


「待て」


「……はい?」


 いやいやいやいやいや。

 あやく、胡撒然うやむやになってしまうところであった。

 くよく考えればこれは、目の前にいるこの少女は、だ。


「いや、お前は魔王だろう? 魔力が有り余っている、そうも言っていた。聞かん坊だろうが何だろうが、とりあえず力でもってまずじ伏せて、したがえてから言うことを聞かせるわけには行かないのか?」


「あ、えっと……」


「お前にはどうも、お人しっぽい所があるからな。気の進まない部分もるのかもしれないが、それでも面倒事を抱え込むよりだろう。せっかく魔王なんだ、もう少し威厳というものをかもし出してもいいと思うんだが」


「……」


 当然の疑問と思うのだが、しかし少女はそれに、直接応えることはせず。

 ちょっとまりの悪いような、張り合いのないような。

 そんな感じの反応をしめした。


「どうした?」


「その……今か今かって、構えてたんですけど……」


「うん?」


「私は本当に魔王なのかって、かないんですか?」


 ああ。

 それか。

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