17.運営・後 ゠ 統治と性質の話

 そして少女の、国の運営についての説明はまだ続く。

 続くはいいが、その説明は例によって、例によった言葉から始まった。


「そうやってわだかまりをまず軽減して、動きやすくする。そうしたら、あとは個々発生する問題に、お手紙と同じ要領で対応してくわけですけどね。実行の手数はいといて、統治に必要なことって実は、この二つだけなんですよ」


「ん? いや、いや。そう聞けばまあ、本当に単純な事のように、聴こえるがな。しかし何と言っても、ひとつの国だろう? 実際にはもっと、複雑になりはしないだろうか。いろいろと難しい問題を、どこの国でも抱えているものと思うんだが」


「そんな事は有りませんよ。手始めには最小の状態で、考えてみればいいんです」


「最小の、状態?」


「はい。それが例えば、ものの五人くらいで構成された国だったとしたら、どうでしょう」


「それはまた、随分と小さな国だな。国というより家のような規模だが、それなら粒全づぶしろうとでも国王なんて、どうにか務まるかもしれないな」


「人をまもるためのかこい、って意味では家も国も、だいたい同じですよ」


「そうか」


「その個々の役割ですけど、つわものとして狩猟や防衛なんかをつかさどる人、つくろいとして農耕やさいしゅうなんかをつかさどる人、たくみとして製造や整備なんかをつかさどる人、くすしとして衛生や防除なんかをつかさどる人、たすきとして外交や財務なんかをつかさどる人。そんなふうにでも分担させれれば、とりあえずは一応の国として機能するでしょう」


「ふむ。まあそれで、不足は無さそうだな」


「役割は兼任でも交代制でもいいですけど、労力がかたよらないように調整したり、個々の問題をどう解決するか相談できたりすれば、いいんじゃあないですかね。あとは食糧が絶えないようにとか、天災にどう備えたらとか、そういう行く先をすこし計画できたりすれば、それでもう国王の仕事はまっとうじゃあないでしょうか」


「ああ。こう洗ってみればことほか、考えるべき事も多くはいのかもしれない」


「それなら、ですよ? じゃあもう一人ここに加わって、六人の国になったとしたら、どうなりますか?」


「……」


 少女が何を言いたいのか、私は察することがきた。


「ふむ、そういう事か」


わかりましたか」


「ああ。要は五役だけでも、国としての基本的な機能はすでにもうできている、と。それ以上の仕事はおまけでしかないから、人が増えたところで新しい役割を、次ぎつぎ発生させなくてはならないわけではい、と。だから課題は、既存の役割をどう再分配するかだけだ、と」


「当たりです。五人を治めれるんなら、六人も同じ。六人が治めれたら、八人も十人も同じ。その調子で百にも千にも、万にまで膨れあがってもその延長線上でしかない。ってわけですね」


「つまり物量がかさんでせわしくなることは有っても、考慮すべき項目自体は多くも難しくもい。か」


「だからもとめられるのはたいりょくと根性、それから全員を分けへだてなく考慮に入れる姿勢。それだけなんですよ」


「とすると、高度な判断がどうのとわれているあれも、結局は出任せなんだな?」


「うーんまあ、外交だけは、別々の意思同士での腹の探り合いになったりしますから、そういう一面も有るでしょうね」


「それもそうか。しかし、それ以外だと?」


「有りませんね。有ったとしたらそんなの、本分からはずれて利潤をすすろうとするだれかが勝手に、不必要に複雑化させてるだけでしょう」


「ああ。本分からはずれた利潤、なあ」


「何かのしょくほかだれあづけることとうけんゆいいつはっせいげんいんなんですから、めったな人物へみだりに実権を委譲したりすれば、それはそういう事にだってなります。でもそれは本分的なところとは別の話で、基本的には複雑な部分なんて、どこにも存在しないはずなんですよ」


「なるほど、な。ただまあ、そういう悪意から逃げきるというのも、実際には難しい話ではないだろうか」


「そうですね、現実的に無理でしょう。でもさっき、組織作りは人のたいしき学得まねすればいい、って話を出しましたけど。人のからだはするにしても、どうにかするようにもなってますよね」


「ん、ああ。病気にかかっても、正常な状態までちゃんと回復できる仕組みが有ればいい、という事か」


「はい。人物をかんぺきには見抜ききれないにしても、な事態へおちいったときにそれを解毒できれば問題ない、ってわけです。監査とかだんがいの手続きを用意しとくのがまあ、がたいでしょうね。もうに備えてつめが生えるみたいに、役目に任期をもうけてもいいでしょう」


「そうだな。しょうじょうが自覚できない、腐った物にたったらただちに死ぬ、つめが割れたらもう使えない、ではどうしようもない」


「ただまあ、複雑じゃあいにしても、国が貧しくなればきることが減りますし、統治も難しくなります。逆に豊かなら、選択も豊富です。つまり国力って、そのまま統治の難易度にも直結するんですけど、そこでなにか発明がきれば生活を助けて、国力を確実に増すんですよね」


「む。それはもしかして、研究がそのまま統治の一環になる、という事か?」


「そうなんです。それに、問題の都度に協力をしてり組んでれば、お互いの理解が深まりますし、協調性や結束力も高まるでしょう。成果が出ないでそれですから、まかり間違って何か達成しちゃえば、うれしさあまりで勢いに乗っちゃいます。そうやってつちかった技術で他国を助ければ、友好の地固めだってきますよ」


「ほう。それはおしいな」


「それに国力が高まってれば、軍事にだってゆうが出るでしょう。なわち、けんきゅうくにもとり。私はそう考えるんですよ」


「なるほど。あれだ、国のもとは食、なわち農業だという見方が有ったが、あれも微妙に違ったわけか」


「ええ。生き物って元来、単独でどうにか生きるものですけど、それじゃあんまりこくだから、身を寄せて協力し合おうってことで群れが出来て、国に成るんですけどね。結局、問題解決のより良い手法を追究するのが研究で、国を成すことも農業も軍事も、何もかも全部がその研究の産物。そんなふうに、私は解釈しますね」


「ふむ、話はわかった。研究は国の根幹ともえるくらい大事なものだから、とどこおらせるわけには行かない。だからお前は、そのたづなを離せない。そういう事なんだな」


「はい。国力が低迷してるのって大体は、研究にんまり熱心じゃあいせいなんですよ。特にその農業なんて、旧態依然にただ続けてるだけだったりしますし。私がただけでも改善の余地が山ほど有りましたから、そこをちょっとがんっただけで、少なくとも食べるには困らなくなったんですよね」


「いや、がんりの売りすぎだ。供給過多で、がんり屋がはいぎょうしてしまう」


「ふふ」


 そういう事であれば、このへやの奥にああやって並んでいる、大量の書物。

 あれらも行政文書や軍事機密と言うよりは、研究のための資料や論文あたりが大半なのかもしれない。


 しょだなのほうをんやりながめてはそう思いつつも、いますこし引っ掛かった所をいてみる。


「それでも、ある程度くらいはまずゆうが無いと、何かを研究しているのも難しくはないか?」


「どうでしょう。いちすきもなくつきつに忙殺されてる、って状況だったら難しいですけど、そうじゃあかったら知恵者の一人くらい、生産わくから浮かせれるはずですからね。それだけでぜんぜん違うんですけど、もそもそういう発想をまずみんなで共有できないと、何も始まりませんし。運要素が大きいとは思います」


「ああ、考えに入ると一見、ずるやすみしているだけのようにも思えるからな。つまり土地や環境よりも、どちらかと言えば理解ある人材に恵まれるかという運のほうが、かぎになると。そういう意味でも、国力とは国民の力、という事になるわけだ」


「ですね。ところでその、人の集団に動いてもらおうって場合ですけど。これがまたちょっと、不思議な性質が有ったりしまして」


「ほう、何だ?」


「集団のうち一割くらいがですね、かなか仕事をしてくれないなまけ者だったりするんですよ。それでもっと不思議なことに、そのなまけ者を集団からけると、残り九割の働き者のうちの、また一割くらいがなまけ者に成っちゃうんですね。反対に、けられた一割のなまけ者の、また九割くらいが働き者に成ったりするんです」


「ほう、そんな事が有るのか。それは本当に不思議なものだな。というかお前は、本当によく観察をするなあ」


「ふふ。どうしてそうなるかは、わかってないんですけどね」


「いや、不思議とったのはその、一割という割合のことだ。そうなること自体は多分、こういうわけではないかな。つまり、成っていない者を目にすれば、めて手前はがんらないと、と他の者が気を張るところが、それがなくなれば気も抜けがちになる、と」


「あ、きっとそれですね。まあこれって、人が集まるとかならず生じる性質ですから、基本くつがえせません。だから全員が等しく働くべき、働かざる者には食わすべからず、だなんてかっこうよさだけ押しつけてると、無理をきたしてたんするんですよ。なまけ者をただ切り捨ててたら、人手が減る一方なんですね」


「なにか性質が有るのであれば、それに合わない型を押しつけるほうが、むしろかっこうなようには思うなあ。軍隊だって大軍であればあるほど、その総員がにたたかう勇敢な戦士、ということはり得ない。それに対してらんとめてみたところで、それこそ何も始まったものではいな」


「ですね。それとほかにも、もう一つ。人って必要な労力や期間を、どうも二割か三割くらい、少なく見込んじゃう傾向も有るみたいなんですよ。そういう所を踏まえたうえで予算してかないと、計画ってものは間違いなく倒れますね」


「それか、そういう事か。つもわりまし、ということばを聞いたことが有ったんだがな。それなら差し引き、十五割の二、三割引きなら、そうだな。十二割から、ああその、十割半くらいか? なまけ者の一割ぶんを考えれば、それですこし微妙なくらいだな」


「あら。貴女あなたあんざんきるんですね」


「いや、これくらいはな」


「いいですね。そんな感じでまあ、すごく当たり前な話ではあるんですけど、せいしつちゃんいて、不逆さからわなようこと不運はこばないと、何様どんごとうま不得えないんですよ。人を育てるにしても、短所を無くそうとするより、長所をばそうとしたほうがよく成長する、っていうのもそれなんですけどね」


「ああそれは本当に、そのとおりだ。全員が同じことをきなくてはならない、という考え方はどうかしている。折角それぞれ別々の素質が有るのに、統一なんかしてしまっては人にきることが、他と同じ範囲を超えていかないだろうからな。そんなでは発展もしないし、何のために人が大勢いるのかもわからない」


「ええ。ただその、性質って物はちょっと、見つけるか見落とすかって話ですから。かなか手掛かりが無くって、難しいかもしれません」


「ふむ。いや、本当にいろいろ難しい、というか面倒なものだ」


「ふふ。そうですね」


 れの恥をあらわにする私へ、少女がそうして柔和な笑みをあらわにしつつ、打てば響くように答えを返してくるが、なんだろうか。

 いや、そうだ。

 きっと私は、この少女と話をするのが、たのしいのではないか。


 場を変わらず、まばゆくはなくとも必要十分なあかしが穏やかに照らし、ひのきの香はよくただよっている。

 その柔らかな光を目に感じつつ、その芳香を鼻に感じつつ。


 悪い時間ではい。

 そんな事をなんとなく、思った。

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