16.判断・後 ゠ 道具と技術の話

 またもなぞの例示をされてしまったわけだが、しかし説明を受けてみればそれは至極、納得の行くものでもあった。


「たとえばお肉って、そのままでもあまあ美味おいしいですけど、塩で味をつければその美味おいしさって、格段に跳ね上がりますよね」


「そうだな。あれは良いものだ」


「ふふ。ただそれってかしたら、お肉と塩って組み合わせがまたま相性よかった、ってだけかもしれない。でも、ほかのたべものにも加えてみれば、個々に加減はあってもほぼ全般的に塩は合うし、なんなら食べづらい物でもどうにか食べれるようになる、って事がわかります」


「確かに、果物あたりには然程あんまりだが、大抵の物は行けるな。むしろ野菜なんかは、塩が無いと難しい」


「ええ。合わせるだけじゃあなくって、塩単体でめてみても、んまり大量すぎるとからいですけど、適量なら後をく味わいです。そうなると、美味おいしく感じるたべものは肉体に必要な物なのでは、ってところもあわせて、塩がそう感じるのも肉体に必要な物だからでは、って仮説が立てれると思いませんか?」


「そういう、事か」


 塩が不足すると人は、脱水やそれによる虚脱などの変調をきたす、とはよく知られたこと。

 脱水とは怖いもので、明らかにからだかわいていても、飲んだ水がたいないとどまらずに、すぐそのまま排出されてしまう。

 それが高じればたいのうを維持できなくなり、最悪には死に至るのだ。

 動物もまた同様であり、特に草食動物にあっては、しきりに岩塩やえんでいなどめているもの。

 肉食動物にあってはそうでもいが、これは他の動物を食らうことで、そのたいないに蓄えられた塩をも摂取しているのだろう。

 味からすれば塩の蓄えは、すぐ傷むものゆえ人らは捨てている、血液に集まっているように思える。

 つまり、塩は血液を造る物、とも想像されるわけだ。

 実際、をしたなら流れた血が固まって傷をふさぐが、節約や好みの都合で塩を控えている者らはこれがかなかふさがらない傾向もうかがえるから、多分それで当たりだと私は考える。


 塩脈に恵まれず、海からも遠い内陸部では、塩の入手は死活問題。

 しかし、これがまた重量物であるから、その輸送には気骨ほねが折れる。

 特に山岳地帯などでは、荷車を通せず、じんかついてゆかねばならない道のほうが、どちらかと言えば多いもの。

 そうでなくとも遠距離であるほど、野盗や野獣のみならず、故障や災害などの難にも遭いやすい。

 人里も周囲に無いような状況で、てきちょくさせられた時のあのせんりつは、おもい出しただけでも口のなかににがさが広がる。

 それゆえ、運輸を買って出てくれる人材すらもがまず少なく、必要とされる場所ほど値がこうとうするという、やっかいな話もまた有ったりした。


「塩をらなければ、まづい事になると。大量だとからいなら、りすぎても拙為だめだと。そういう結果が、実験で犠牲者を出さずともある程度、予見できるというわけか。それがつまり、知識が密接に関わり合って知恵に成るという事だと。そしてその知恵は、いろんな場合についての知識を統合しなければ、生まれるものではいと」


「はい。つまり情報ってものは基本的に、多ければ多いほど良い。だから欲張りすぎ、ってくらいどんよくに情報をかきあつめるのが、間違いを減らすだいいっになる。そう私は考えますね。実際、知れば知るほど、直観ってものの命中精度も高くなりますし」


「ははあ。それでお前は、いろいろ知っているというわけか」


 しかし、さっきのお手紙もそうだが、くもまあここまでいほいと、話の種を出したりきるものだ。

 少女のこの抽斗ひきだしの多さにはやはり、舌を巻くしか無い。


 と、そう思ったところへまた、興味のかれる言葉が畳み掛けられた。


「まあその、知ってるなんてことも実は、知ってるうちには入らないんですけどね」


「なに。またお前は、おもしろいことを言うな」


「要するに、知識っていうのは判断をするための道具そのもの、って事ですよ」


「どうぐ」


「たとえばのこぎりにしても、から持ってきたのにも確かめないで、行きなりいたりとか。使ったあと手入れもしないで、そのまましまったりとか。入りにするにしても、定期的に油も差さないで放置したりとか。そんな職人なんて普通、いないでしょう。そういう物だって事です」


「つまり、いったん仕入れた知識でも保守点検は必要で、そこをおこたったら使い物にならないと。だから、ただ持っているだけでは道具を持っている事にはならないと。そういうわけか」


「ええ。知識そのものの確認は、まず当然。そこが確かだったとしても、使い方がそもそも成ってなかったら、現物だけってもどうしようも有りません」


「なに。知識をつかうにも道具と同じように、技術が必要だと言うのか?」


「はい。たとえば固まった容器のふたってへらで起こすものですけど、同じことはへらとおなじ形状の物ならきます。だからって包丁なんかをち出しちゃったら、どうでしょうか」


「まあが、こぼれてしまうだろうな。すれば、折れるかもしれない」


「ええ。まず包丁が拙為だめになりますし、破片が何かに混入したらそっちまで拙為だめになっちゃいます。つまり、同じ形状の代替物、って視点にとらわれた判断間違い、ってわけですね」


「ああ、視点の定義によるくらまし、というやつか。まあそれは大失敗だが、しかしそれはけやすいものと知っているだけで、かいできないか? 知識の使い方の技術、というような事ではない気がするんだが」


「それが意外と、そうでもいんですよ。事前に知識がっても、実際にはかなか気が周らなかったりするんです。はさみで切るべき物に包丁を使ったりしてもこぼれますけど、そうやって包丁を拙為だめにする人は案外、後を絶ちません。つまり、わかったけじゃあ不分わからない、って事ですね」


わかっただけでは、分からない」


「その失敗を減らすには、きるようになるまで失敗をくり返すしか無い。それって、剣や弓をおもいのままあやつれるように練習するのと、何も違わないと思いませんか?」


「……」


 言われてみればさきほど、植物紙の利点、獣皮紙の欠点をすでにわかっていたにもかかわらず、羊皮紙を使わないのか。

 そんなはくいた質問を、私はてしまっていた。

 ついいまがただって、事前に教え込まれてもじっせんとの関連付けは難しい、と言われたばかりである。

 の自覚がるとはいえ、これはなんとも間抜けなものだ、とまたはづしくなった。

 れやれ、青いな私も。


ってわざてきせつすべじゅつ、か」


「あ、はいそれです、まさしくそうです」


「つまりあたまちとののしられるのは、知識をくり出すための技術が成っていない、という事なんだな」


「ですね。道具も手先もおぼつないままふるっちゃえば、そのまま決め付けって愚行につながります。それは単純に間違いの元ですし、そこからふつうに問題へ発展しますし、すれば問題を起こした事にすら気づかない。要するに、決め付けは無能のしょうちょう。だからここは須的ぜったい、欠かしちゃあ不許だめなんですよ」


「そうか。まあお前の言うとおりとは思うが、それにしても厳格きわまれりというか、また大変なものだな。すべての知識を確かめるなど、独りでこなすにはやはり、限界が有るのではないか?」


「そうでもいです。かなづちだったら抜けさえしなければ、ろくに検品なんて要りません。使ってないのこぎりにまで毎日油を差すのも、さすがにりすぎです。つまりまりの悪い物と、傷みやすい物だけ注意してればいいわけですね」


「ほう、なるほど。そこまで躍起にならなくともいいわけか」


「それに私の知ってることなんて、ほんのひと握りくらいですし。私もだまだこれからの若輩者なんですから、きない部分はみんなに助けてもらえばいいんですよ」


「待て。いや。それはそうなんだろうがその、ひと握りとか、若輩とかうのにはたいがい、疑わしさしか無いんだがな?」


「うーん……そこはどうしても、意見が分かれちゃいますか」


 なんぼやいてはいるがしかし、かなかおもしろたとえ方をするものである。

 少女のこの説明は、話としても大変興味深いものであるが、それにしてもこの思慮深さは、どうだ。


 たとえば独裁を認めさせる、その根拠として王位が理由に、成るではく、いちおうきると、今さっき少女は言った。

 要するに、そんなものは本当は、なんの理由にもならないと。

 だれかが王とって無上の強権を発動できる、その絶対的な根拠などどこにも存在せず、ただ言葉のいんしょうに人が踊らされる状況へ便乗するだけの、まやかしに過ぎないと。

 そうわきまえているわけだ。

 そしてそれは、かしい地位にてぶてしく踏んりかえって、かうかおごって甘えるつもりは無い、との覚悟のあらわれと言えよう。

 若輩者、という言葉に至ってはもう、それそのものだ。


 まあまことよこしまというもの、得てしてこのように言動のはしばしで、あらわになるものではあるが。

 こう掘ったらば掘っただけ、次ぎつぎ何かが発掘されるなど、どんな優良の鉱脈も及ばざるかのようではないか。

 もちろんそこに、あるしゅの不気味さを禁じ得ないことは言うまでも無いが、それをそそいで余りあるくらいには、見事なえいめい無双と言える。


「……はい?」


「ああ、いや」


 手放しでたたえるにぜひもない。

 そう思わざるを得なくなった私が、少女をんやりとながめていれば、当の少女は小可愛らしげに、ころりと首をかしげるのだった。

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