16.判断・中 ゠ 言葉と情報の話

 そう私が納得するに、しかし少女はややけんそんするような表情を見せた。


「って、ちょっと大仰には言っちゃいましたけど、こうやって反省ってものをちゃんとましょうって、初歩的で単純な手法なんですよ。まああの、しょうてんけつしゃくぜんけんしょうかくで、けんしょうはんせいなんですけどね。この二つがきない人には筆記どころか、ほとんどの事がこなすのは無理です」


「それだ。それは、お前の言うとおりだ。ごめんなさいとわるれることが反省だと、そう勘違いしている者が多いものだがな。それだけではなんの進歩も無かろうにとは、ねづね思ってはいたんだ」


「あ、それ。そうなんですよね」


 これには少女にも、おもうところがったらしい。

 こりと笑いを作りつつ、話に乗ってくる。


「その、ごめんなさいってことばですね。謝罪って、そういうことばを口にする事じゃあ、なくって。何が問題だったかって事と、どうしてそうなったかって事をあきらかにして、それをくり返さないように努力しますってせんせいして、なおかつその努力を継続することのはずですよね」


「そうだな。そういうことばをこう、絶対的な免罪符だとけいがい的にとらえてな。そう言ってさえいれば何でもゆるされる、むしろゆるさないほうにこそ非が有る、などという身勝手を放言する奴は、腐るほどるがな」


「肝心の努力が維持できてなかったら、謝罪なんてふつうに失効しちゃいますし、その謝罪を根拠にしてた免罪までもが、自動的に無効になっちゃいますからね。それじゃあとがが復活しちゃうんですよね」


「完全に、その場しのぎというやつだな。まさにゆるす理由は無い、というものだ」


「困った話です。そんな感じでことばって、勘違いするだけで行動まで間違えちゃったりするんですよね。だから、かなり慎重に気を払っておかないと、って私は思うんですけど、ほとんどの人がことばの意味には、んまりこだわったりしないみたいで」


「ああ。本人があやふなだけでなくて、あやふにしておくことをひとに強いたりもするな。そんなあやふなものに、どうしてそんなに自信が持てるのかはなぞなんだが」


なぞですよね。ことばを分別したがらない人って、ほかの何かもんまり分別しない傾向が有るんですけど、行動の結果に対してまで無分別だったりしますから。何をらせてもかなか、まともな事にならなくって」


「ふむ。言われてみれば、そんな傾向がある気もするなあ」


「自分でつまづくようなわなを積極的にこしらえてく、だなんて姿勢はどうかと思いますし、だのにこちらの話にはい変わらず、耳をかたむけてもらえませんし。まあ残念な事です」


れやれだな」


れやれです」


 それでまた、ふたりそろってどうしようもなく疲れた笑みを、こぼし合ったものである。


「ただ実際、そうやって反省して学習してくのって、まぐれ当たりがずっと続きでもしないかぎりはどうしても、失敗することが前提になります。でもそれを自分でかえりみること、痛くもない腹をずから探り続けることさえ忘れなければ、間違うことは有っても間違えつづけるような事にはうそう、ならないんですよ」


「ああ。そういうけんきょなところはなんというか、とても大切な部分だな。お前がそこまでっかりしていれば、それほど不安も無いわけか」


けんきょ、ってうのとはすこし、違うかもしれませんね。むしろ、どんよくさの領分になるかと思います」


「なに。どんよくさ、とは?」


まづい判断ってつまり、正しくないかどうかってよりも、状況に沿わないかどうかって事ですから。状況さえ見誤らなければ、判断だってそれほど間違えたものじゃあい。それって状況に対して、すべじょうほうあつまったときひとはんだん不間違まちがえない、って事になるんですけど」


「ふむ。すべての情報、か」


 情報。

 なにかと軽視されがちではあるが、これは力。

 強い力だ。

 個に持てるものには限りが有るから、人の持ちうる最強の力は人脈、という事にはなる。

 ただし個の範囲に限定するならば、実は情報こそが、っとも強い力を発揮するのだ。


 たとえば同じ大きさの札をたくさん用意し、うち一つにだけ印をつけてからすべて伏せ、この中から印の有るものを一度で当てよ、と他者に言い渡したとする。

 これに運任せで当たるは論外として、威圧やろうらくでもって出題者にせまっても、うそかれるかもしれないし、正答自体をそもそも知らないかもしれない。

 ところが何らかの方法で、どれが当たりかとらかじめわかるなら、当然ながら間違えようが無いわけだ。

 なわち、すべての情報が事前にそろうとは、事が起こるまえに答えが完全にそろうということ。

 その答えのとおりにふるまえるかはともかく、行き先に迷ったり、間違った方向へと進んでしまうような大損失だけは、確実にけれる。

 何かを知っているとは、それくらい強力な事なのだ。


 なおその次に強い力としては、ちつじょなき状態ならば威力というものが優位、そしてそれがちつじょある状態では、書類というものに取って代わられる。

 拝金主義に傾倒した者は、財力こそ最強と推尊するが、こんなものは威力の前には無に等しく、さらには書類にまでも及ばない。

 というか財力は、ほかにからめないと大した力を発揮しないのだ。

 単体ではせいぜい、人の心を多少なんさせる程度であり、ほかをたよらなければ最悪、支払った代金に対する商品すら得れない。

 威力が強い作用を持つのは自明として、書類がさらにきわって強い力を発揮するのは、約束を果たせとの強制力を、ちつじょが与えるからだ。

 また同時に、威力がその強大な力を失効させるのも、ちつじょによって制限を受けるからである。

 人が数の力によって構成するのがちつじょだから、その作用もなはだ強烈。

 この世は書類で回っている、そうわれるゆえであるが、これに対してすらも情報は、印当てと同様のなしを可能にするのだ。

 情報とは、強い力なのである。


すべてが事前にそろうなら、判断など間違えようが無いからな。とはいえ、座して情報だけがただ転がってくる、などという事もさすがに無い。だとすれば、はんだんりょくとはじょうほうしゅうしゅうりょく被裏付うらづけられもの、というわけかな」


「あ、そうですね、まさしく。つまり情報に対して、ただどんよくであればいい。そうやって何でもかんでもを知って、きない理由をどんよくに探して、その一つひとつをていねいに取り除いてけば、最後に残るのは成功っていうたったひとつの結果。そういう考え方です。……あ、これもにん


「ふむ、きない理由をどんよくに探す、か。きない理由を探すな、きる理由を探せ、とはよくわれるところだが、これもあれか。聴こえのいいまんというやつか」


「まあ、きる理由なんて冷静に考えたら、きない理由がのこらず対処されたから、もしくは幸運にみまわれたから。このどっちかしかり得ないでしょう。運は置いとくとして、もしほかに何某なにがしかのきる理由なんて有ったとしても、きない理由が別途ひとつでも存在してたら、基本それは実現不可能なはずでからすね」


「それはそうだ、そうでなかったらきない理由とはわない。放置していても勝手に解消する問題、というのも有るには有るが、それが幸運にみまわれたというやつだな。あと似たことばに、らない理由を探すな、る理由を探せ、というものも有ったが」


「それもですね。行動を起こす前には、る利とらない不利、つまりる理由。それから、る不利とらない利、つまりらない理由。そこをそろえててんびんに掛けなきゃあ、って大丈夫なのか、得するのか損するのかって、いちばん重要な判断がきないでしょう」


「ふむ、考えなしもところか。そんな事では最悪、いっときの満足のために生活資金を使いきる、などというげた判断までもこうていしてしまうな」


「まあ正確な判断なんて、追求するにも限界が有りますしね。気持ちだけは、わからないでもいんですけど」


「だからと言って思考放棄をしていい、という事にはならないな」


「限界が有るってことは逆に、その限界までならまれるって事ですしね」


「厳しいようだが、それを放棄するならただの怠慢。だな」


「個人の性格として、精査をしたくない。そういう事ならそれ自体はかたないにしても、偉そうに人へ指図して言うような事じゃあいですね」


れやれだな。どうしてこんなことばばかりを、みんな有りがたるんだろうか」


「まあ、聴こえがいいからでしょうね。れやれです」


「いや。どうもさっきから、め息つづきだな?」


「ふふ。まあそういう事も、まに……いえ。まに、じゃあいですね、これ」


 なんだろう。

 込みいった面倒な話を確かにしているのに、これは妙にふんが軽いな?

 なぜこんな事に、なってしまうのか。

 不思議だ、不思議がここにるぞ。


 そんな微妙な空気ながらも、話はつづく。


「まあそういうまんことばって、そうろ、ってはいけないって命令ことばとか、これは善い、あれは不許だめって断定ことばが多いんですけど」


「そうだな。そんな感じだ」


「でもそれってまんうんぬんより前に、こうったらああ成る、そうてもこうは成らない。そういう叙述ことばにくらべて、思考力を奪いやすいんですよ。これがもそも、よろしくないんですね」


「ああ、そんなではだれかの言葉に従うことしか、覚えれないだろう。理由もわからないまま行動させられたって、ろくに反省もきないだろうしな。問題が起きたときに、だれのせいだという責任のりつけ合いにもなる。それでは成長もなにも無い」


「はい。それでその、反省をするうえで検証に必要な、目安や基準になるのが知恵なんですけどね。知恵って、持てる知識から適切な情報を引き出すことで、問題に対する解法を得れるものなんですね。そしてそれって、知識が増えれば増えるほど密接に関わり合って、補強されてくんですよ」


「ん。いや、待った。知識が密接に関わり合う、か。そう言われると、なんだかわかるようでいて、しかしばくぜんとした感じだな」


「あ、それはまあ、ええと……」


 さすがに、私の持ちうるすべての疑問に対して、答えをらかじめ用意したりはきないらしい。

 それで少女はちょっと、うにうにしろぎつつ考えるりを見せたが、しかしそれほど私を待たせるでもなく、こう告げた。


「はい。塩味、とかでしょうかね」


「しおあじ」

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