16.判断 ゠ 尺差しはどうやって選ぶか

16.判断・前 ゠ 教育と反省の話

「しかしまあ、それでもな」


「はい?」


 いろいろと説明はしてもらったし、十分に納得のきるものでもあった。

 しかし、まだ疑問の解消に至っていない部分は、いくらか残っている。

 私はさらなる説明を求めて、少女をうながした。


「やはりお前のそのやり方では、全てを自分で指揮するというのはさすがに、お前の苦労が絶えないのではないか? 人も成長しなかろうという問題だって、結局そのままのような気がするんだが」


「あ、はい。そうですね」


 もとの書類に目をやりながら、それに並行して話をするのも、これといって苦ではいらしい。

 情報量の多い言葉にしかし、これといって詰まること無く、しゃべりつづける少女。


 どうだろう。

 この少女、私とこんな会話をしておらねばならない、そんな必要性など特段無いはず。

 おまけに、いている必要のない人材はてっていして、そばから排除しているらしい様子でもある。

 それでいて、ここまで言葉数が多いというのであれば、だ。

 つまりひょっとするとこれは、結構なさびり屋であるのかもしれない。


らせてみないと人がかなか成長しないっていうのも、そのとおりです。それに気分よく動いてもらうためには、納得してもらえるだけの説明が都度つど欠かせません。私の考え方だって、かならずしも正確に伝わりはしませんし、理解しようとしてももらえませんから、反発も抑えきれません」


「ううむ。聞いただけでも、たすら大変そうなんだがなあ」


「ええまあ。あと、判断をさせないって事は、判断の余地があるような指示を出しちゃあいけない、って事ですし。私だけしか判断しないんならその責任、失敗の収拾も私だけが、とごとく引き受ける事になるんですけど」


「ああ、それだ。そういえば関係ない話になるんだが」


「はい、なんでしょう」


「お前の言うように問題の責任を取るとは、その影響を一掃して、ばんかいを図ることのはずだな」


「の、はずですね」


「だからその責任者に、責任取れないなら辞めろといいつけるならわかるんだが、責任取って辞任しろとせまっているあれは、何なんだろうな? 特に本人でしに、部下や関係者が単独で失態を犯したときにまで、強く言われたりするんだが」


「ふふ。それってあの、女性を不用意にみごもらせちゃった男性に、責任取って別れろ、他の男性と交代しろってせまるようなものですよね。それは私も、何がたいのかちょっとよくわかりませんけど、かしたら責任を取るってことばの意味が、ちゃんとわかってないのかもしれませんね」


「使い方の分からないものを、振り回しているようなものか。そういう連中には、黙っていていただけたら安全なんだがな」


「どうでしょうか。その安全の保障は、どうやら難しそうです」


れやれだな」


れやれです」


 また妙なところで意気投合し、笑い合うが、きれいに話がれてしまった。

 ちょっと済まなそうに少女へくばせすると、それはちゃんと通じたらしい。

 受けた少女は、なんともないと言うようにほほんでは軽く首を振り、話を再開してくれる。


「結局、組織も指揮系統も、つねに不安定なものなんですよ。かずが集まれば集まるほど、一枚岩じゃあれなくもなりますし。だから苦労が多いのも確かなんですけど、でもめて手のとどく範囲ででも、判断の理由をちゃんと説明しつづけてれば、ですね。その要領に慣れてもらうだけでも、一定の成長が期待できるでしょう」


「本人の向上心次第だろうが、まあそういう事も有るだろうな。つまり、細かい事をらかじめ詰め込んでいくよりは、全体像での手本をまず大まかに見てもらったほうがいいと」


「はい。まだ当てるものしもよく見えてないところに、唐突にいちからじゅうまで教えられても、どう役立てれば良いかって関連付けなんて、かなかきませんからね」


「ふむ」


「むしろ貴女あなたみたいに、私の話に行きなりここまでいてきちゃうほうが珍しいんですよ。もう既に、かなりの勉強に励んできてるんじゃあいですか?」


「む。まあいろいろと、書院の書を読みあさったりはしていたが」


「そうでしょう。それにその、向上心ですよ。そもそも一向にひとの話も聞かない、外からの情報をしゃだんしてるような者なんて、どんなあつかいをしたって成長なんて見込めないでしょう」


「それはそうだな。しかしお前だってうそう、間違わないでれるわけではいだろう?」


「そんなのもちろんですよ。でも私だって別に、いっさいの聞く耳を持たないわけじゃあいですし。それなりに人の意見はり入れてるほうだって、自分じゃあ思ってますよ。ひとりだけで状況を観察しつくすなんて、どうしても限界が有りますし。判断をさせないって事と、意見をまないって事じゃあ全然、話が違います」


「ふむ」


 言われてみれば、さきほどのこと。

 あの女侍従ともんちゃくした時だって、敵ですらあるこの私の意見を、そのまま飲み込んでいた。

 それはつまりこの少女も、自身に抜け目が存在することを認めていて、かつひとにその補助をたよる準備が出来ている、という事だ。

 なわち下意上達は、ある程度達成できているわけか。

 これ以上わかりやすい有言実行も、また無かろうものだ。


「確かにそれは、そんな感じはするな」


「あら。そうですか?」


「まあお前の決裁に対して、こうして私が判をしているのが大丈夫なのかどうかについては、なんら説明を受けていないんだがな?」


「ふふ。まあそういう事も、たまには有りますよ」


たまには有る、ではなくてお前がらせているんだろうが」


「あら。れましたか」


「お前な」


「えっとそうですね、かしたらそれって貴女あなたが成長しないほうの部類で、だから愛想も尽きちゃって、説明なんてむだだって判断したとか、まあなんかそういう……」



 なんだこれは。

 上意下達も下意上達も、ぜんぜん拙為だめではないか。


 そしてあまえ、こぶし作りて隣人のひたいをコンコン小突かば、それでその欠格少女はたまらなそうに身をくねらせ、すくすと笑うのだ。

 さあ果たしてこれを、どう始末してくれようかとくちなめりし……げふんげふんくったくなく愛らしいものではあるな、と思う私であった。

 まあこうして冗談で済ますのなら、特に心配は無い、というのが私の質問への返答なのだろうが。


 ところで、言われたことを受け入れるとは、ひとに意見されて自分の意見を変えるとは、なんじゃく者のすることのようにわれるもの。

 しかしそれは、逆の事であるように私は思う。

 となれば、こういった事には正否判断というもののわきまえ、はもとより。

 自らの未熟さを素直に受け止めるに足る、自らのかったる考えをあえて曲げるに足る、自らの恥をしのびだれかへ助力を仰ぐに足る、相応のいさぎよさ、度胸、勇気。

 そういったもののそなえも、要ったりするはずだからだ。

 つまり、それがきない者とは弱き者、対しそれがきるこの少女は強き者。

 そうも言うことがきよう。

 こういう所は敵であろうが何であろうが、素直にたたえられてしかるべき、と私は考える。


 またこれに、敵をしょうさんするとはなんたる誇り知らずの無分別。

 そう勇ましく言ってのける者もまれにあるが、そんな価値観は当然ながら、敵を不当に過小評価するにつながる。

 だいたい、敵の能力を分別しないほうが無分別であろうし、実際にくよくこれを原因として、身を落としてしまったりするものだ。

 目の前の事実から目をらしたところで、得れる物など何も無いのに、蛮勇がそれほどかっこうよいか、とは思う。


 そのたたえられるべき少女は、そして次にはこんな事を言った。


「それから、間違いを自分で検出できる方法、っていうのもちゃんと有ったりするんですよ」


「ほう。それは便利そうだが、信頼性のほどはどうなんだ?」


「そうですね。まず取っ掛かりとしては、すべてのごとはどんなに複雑なものでも、その基本はその……ええっと、そうですね……はい、お手紙。お手紙を書くのと変わらない、って所ですね」


「おてがみ?」


「はい。たとえばですね」


 そう言った少女、新たな白紙を敷いては筆を取ると、墨をあかさまに多く含ませ、これをかなりのろく紙に滑らせる。

 もちろんそれはにじみ、一部に至ってはさくれまで出来てしまった。


「こんなふうに、字がにじんじゃったり紙が破れちゃったりすれば、それは紙に対して墨が多すぎたせい、だなんて事はだれにでもわかりますよね」


わからない者もたまにはるだろうが、まあわかるだろうな」


「でも厳密にはそれって、墨が多すぎたんじゃあなくって、墨を多くせすぎたんです。つまり、筆記に失敗したのは墨そのものの問題じゃあなくって、墨をあつかう者、書き手の落ち度だって事になります。だから書き手も、次からもっと筆の墨をろうとか、にじまないように筆を速めようってふうに、学習をします」


「ふむ。基本だな」


「それでですね。実はこの基本って、ほかのどんな事でもまったく同じなんですよ」


「同じ? すべてにおいて?」


「はい。どんなに難解で高度にえることも、実際には判断の量にあおられてはんざつだ、ってだけなんです。個々の判断はそんな難しくなくって、軍事も統治も研究も、ほかの事も全部がその延長線上なんですよ。つまり、必要な手順をちついて踏めば、大体の人が大体のことをきちんと判断できる、ってわけですね」


「統治までもが、か? 本当にそんなものなのか?」


「はい。それでその、間違いを検出する方法なんですけど。前提として現実にどういう状況がって、それに対する自分の要求がまず何で。それに基づいて何をどう動かして、それがどう波及してどんな結末になったか。起承転結に符合するこの四つだけきちんとてれば、大抵の間違いにはこそこ気づけるんですよ」


「ほう、起承転結とはな。文章を組み立てる場合での基本、というところで耳にすることばだが、こんなところでも出てきたりするのか」


「いえまあ、これって実際、文章の組み立て方ってうよりも、出来事の全容をあくしやすくする手法なんですよ。だから文章も、これに沿って組み立てればわかりやすくなる、ってからりです。逆にわかりづらい話って、この四つの要素を何かしら欠いてるわけですね」


「はあなるほど、そういう事か」


「それを今の例でなぞらえれば、起は、あまり水分に耐えない紙とよく水分を含む墨がそこにる、っていう現状。承は、それを使って文字を書きたい、っていう目的。転は、すみめの墨を筆で吸ってそれを紙に滑らす、っていう手段。結は、筆からつたった墨が紙をにじませたりふやかしたりした、っていう成果。そんな感じですね」


「ああ確かに、その四つのうちどれを欠いても、何を言わんとしているかがぼやけるな。逆にそうまとめてしまえば、うまく行かなかった原因は墨自体ではなくて、それを加減する筆の操作こそが問題だったという事を、追い掛けるのも容易なわけだ」


「はい。そうやって問題が見つかったら、その内容をまたんなじに、起承転結で分解するんです。そうすれば筆に墨を含ませすぎたとか、しんとう速度に対して筆が遅すぎたとか、失敗の理由がよりっきり浮かんできます」


 そして今度には適切な加減で墨を吸い、らすら軽やかに筆を走らせる。

 紙の上にはやや達筆めに、きょうという文字がえがかれた。


「こんなもんですね」


「ふむ。れいなものだな」


「書いてばっかりですし、慣れはしますよ。まあそんな感じにですね、全体をどんどん細分化する分割統治法をくり返せば、問題点のそうざらいがきるわけです」


「分割統治法、とな。あれだな、考え方としては軍の指揮構造にも、似た趣きがるものだな」


「あ、そうかもしれませんね。問題を細かく切り分けちゃえば、対策を考えるのもそう難しくはい、ってわけです。ちなみに、筆の操作技術の上達についても、話は同じですね」


「そうだなあ」


 言われて思い当たる。

 たとえば剣の振り方ひとつを直すにしても、まずは全体をおおざっながめ、動作の大体この辺りが畸怪おかしいと当たりをつけてから、そこに集中して観察の粒度を細かくしていくものだ。

 判断違いをしたと思ったときに、どこを間違えたかとさぐる場合も手法としては同じで、大まかにそんなような感じの洗い出し方をしている。

 まあ、分割統治法、などということばも知らずに、自然とそうしていたものだが。

 意識的にふりかえらねば案外、自分が何をどうっているのかすらも、気づかない事なのかもしれない。

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