15.面倒・後 ゠ 伝達と真理の話

 まあそのように、どっどっと言えはしても。

 世が面倒くさいならば、世の人は面倒くさがり。

 ほんぶんほんゆえ不動うごかじ。


 だから結局、かしらが動かなければ軍勢は動かないし、動かない軍勢など軍勢ではい。

 かといってかしらを取り去ってしまえば、それは単なるごうの衆に過ぎず、やはり軍勢と呼べたものではい。

 人の単数と人の複数は、完全に別物。

 それが兵だろうが頭脳だろうが、多数が一体として動くには一体化させるため、しかるべき指揮が須的ぜったいに必要、と言えよう。


 なのに、どうして。

 千の頭脳が有ったとしても、かならずしも協調して判断がされるはずなど無いのに、どうして。

 千の判断を精査するは、ずから千の判断をするも同然だろうに、どうして。

 千の頭脳に任せてその精査を放棄しようものなら、そのまま千の方向へとばらけて本当に収拾つかなくなるだろうに、どうして。

 一の英雄に加えて千の軍勢もったほうがよいなどと、どうして私はそんな単純思考をしたのだろうな。


 結局私は、の域を出ない俗物であるわけか。


「……あら。また何か、いろいろ有りましたか? 今度はまた随分、にがい顔してますけど」


「いや。まあな」


 私のそう考えるが再び、表情にあらわれていたらしい。

 少女からそんな指摘を受け、私はすこし、笑ってかした。


 そんなふうにややちょう気味になるも、それに対してちょっと柔らかな顔を見せた少女の話は、さらに続く。


「話を理解できないのはかたが無いですし、理解したくないのももちろん自由ですけど」


「だが、理解しないまま意見などすれば当然、的外れになるな」


「それで口を出されても迷惑でしかないんですけど、いくら説明してもそれすら理解しようとしません」


「それどころか、手前が理解できないのは相手が間違っているからだとか、相手が論破できないのは手前が正しい主張をしているからだとか、飛躍が有ってなんの説明にも成っていない事を、正当な根拠として本気でたまう」


「話が通じたら通じたで、今度はさっき言った理由でやっぱりいとわられますし、それが理由でやっぱり話が通じなくなります」


「そういう連中はもう、かから迷い込んだ獣として相手をするしか無いな」


「って言うより私は、こんな事を考えてしまうんですね」


「何をだ?」


ことばつうほうが、つうむづかい」


「なるほどお前は、良いことを言うな。あれにくらべたら、動物のほうがいくらかか」


「何でもかんでも考えを統一する、だなんて事が意思つうじゃあいですよね」


「そうだな。意見が合わないとなったら、その部分では距離を置くのも意思つうだ」


「つまりはお互いの意思を理解し合う、尊重し合うって事のはずですよね」


「そこへ、相手を自分の意思に染めることが意思つうだと勘違いしている連中に、その余地があると思って乱入されたらたまったものではい、と」


「愚茶ぐちゃになります。だから大事な話ほど、話のきる少人数で話し合ったほうがいいんですけど」


「それはそれで、その場へばれなかった者の反感を買うな」


ばなかった理由に、なたは話がきない、だなんて言ったところで逆上されるだけですし」


「もう言葉はただひと言、んでくれと。それだけだろうか」


「そうなんですよね。困ったものです」


 なんとなく、答え合わせが弾んだものである。

 それで気分もなんとなく弾んだ私は、しばし緩やかに少女と笑い合ったりなどした。

 意気投合とは、こういう事こそをうのかもしれない。


「しかし、なんというか、あれだな」


 ただそこに私は、若干の不思議をも感じたりしたものだ。

 それをそのまま、少女につけてみる。


「はい?」


「お前とは妙に、話の合う気がするな。私は天使で、お前は魔王だというのに」


 すると少女はまたすこしほほみ、可愛らしげに頭を揺り動かしつつ。

 こんな答えを返してくる。


「まあ例えば、人の数だけ考え方は有る、とはいますし。ひとつの物事でも見方によってはまざまな姿を見せる、ともいますけど。でもそれって逆に言えば、だけめんせいかくにんきたとても、けっきょくじったいつねいっていって事なんですよ」


「実体は、ひとつ」


「はい。あ、それですね」


 そう言って少女がゆびさしたのは、私の手に握られた印章である。


「判?」


「ええ。それってとりあえず、えんとう形ですよね」


「まあな。見てのとおりだ」


えんとう形ってる角度で、まるくも四角くも見えますよね。でも、どんな形に見えてたって、それがひとつの固有の判って本質のかぎりじゃあ、あつかい方なんて何ひとつ変わらないじゃあないですか」


「ああ、確かにそうだ」


「そのまるく見える判でも、四角く見える角度じゃあ当然まるく見えませんけど、元の角度にもどせばまたまるく見えます。つまりそこにる性質って、観測してようが観測してまいが結局そこにるんですよ。だから、てんていくらましのけになってしまうんですね」


「めくらまし」


「はい。何かについて、良い面と悪い面を探してみよう、って感じの切り口で理解をうながすのって、よくれがちですよね。でもこれじゃあ、良い悪いで語れないような要素を、とんど見落としちゃうんですよ。それじゃあ認識も狂いますし、判断も間違えます」


「ふむ。面倒でも全部をつぶさに見なければ、不理だめなわけだな」


「そうですね。要するに本質の前には、視点に類する物はなんら意味を持たない。北から魔族がようが南から天使がようが、今の時点でてようが昨日の時点でてようが、判そのものに見えてようが別の何かに見えてようが、黒い判を白い判って言い張ってようが、ひとつの判はやっぱりひとつの判なんですよ」


「視点に意味は、無い」


「まああの、ひとつの山を登るようなもの、でしょうかね。どんな人がどんな地点から出発して、どんな経路を辿たどったとしても、山自体が変化したりはしない。だから、間違った道さええらんでなければ同じいただきまで、間違った判断さえてなければ同じ本質まで、やがてはひつじょう的に辿たどりつく。そんなふうに、私はとらえてますよ」


ひとつの、山。か」


 視点に意味は無い、とはかなか出てくる発想ではい。

 しかし確かに、ひとつの材質でできた石は、正義漢が割ろうが悪漢が割ろうが、半分ずつに割るなら重さも半分ずつだ。

 そこに差は定然ぜったいに出ず、間違いなく同じ結果へと辿たどりつくだろう。

 つまりは考え方に個々の差が有ったとしても、その差は突き詰めてみれば最終的に意味を成さない、というわけか。

 これはいては、かんがかたちがいとはひとせんきのこんきょ不為得たりえもの、とのけつすら導けよう話なわけだが、いやそれこそ視点が鋭い、というものである。


 いやどうも、深い所をいてくるものだ。

 この少女の言う事には、つねに大筋でしんかよったものが感じられる。

 ただそれは、どうもこの少女ほどのよわいかさねたくらいでは、とても到達できたものではない位置にるように思われた。

 本当に一体、どういう頭をしているのか。


 そうは思うが、そんな困惑を私が持て余すのもに、少女はこれまでの話をふりかえる。


「結局、頭脳のかずだけみに増やしちゃうのって、あつかいに手間が掛かるだけじゃあくって。余計な問題まで抱え込んで、物事がちっとも進まなくなったり、かえって退行したりするおそれが有るんですよ。それと複数に発言権を持たせても、意見の似た者同士が寄り合って、ばつで固まっちゃったりしますし」


「ああ、ばつ。あれはなんというか、あれだな」


「ふふ、あれですか」


「まあ集団に属してしまえば、そこでの考え方に依存してしまって、自主的な判断をしなくなったりするかもな」


「はい。ちゃんと考えた結果で一致するんならいいですけど、大抵は同調圧力に押されて、持ち前の判断基準がじ曲がっちゃってるとか。それか自己判断が面倒だとか、別の損得勘定だとかで、同じ意見のりをしてるってほうですからね。みんなこう言ってるんだからこれで正しいんだ、じゃあなんの説得力も有りません」


「そうだな。私も多数決は、あぶっかしいと思っていたんだ。根拠が第弍にのつぎで、数だけで決まってしまうからな。だいたい、ただものくらべてながら、ちがったほうえらんだりしまひとなんだ。なのに、大勢の判断を積みかさねさえすれば正しいほうへかたむく、などと考えるのはすぢが通らない」


「ええ。検証精度を高めたいんなら、必要なのは議会じゃあなくって参謀ですし。そもそも複数の意見をぎんしたいから複数をあつめるのに、同じ意見しか主張しないんなら意義も薄まりますし。数の力も魅力的には映りますけど、それって力押しにり掛かりたいってだけですからね。ただの圧力は思考能力なんてそなえてませんよ」


「ふむ。そうまとめてしまうと、ふたもないくらいまづい物でしかなくなるな」


「ふふ。それに、一本のかぢを複数の人で握ったりとか、一隻の船に複数のかぢを取りつけたりとか。そんな船がまともに制御されるなんて、ちょっと考えづらいと思いませんか?」


「それもだな。本当にふたもないが、相当にひどい」


「はい。だからやっぱり、頭脳はひとつだけ、ってことにてしまったほうが望ましい。これもまあ反感だけは買っちゃいますけど、私は王だって事がいちおう理由にきます」


「つまり、まずは聞かん坊の締め出し。そしてどう取りつくろってもさつは起きるから、それがいちばん少なくてすむ選択った。そういうわけだ」


「はい。頭脳を複数持つ生き物がぜんぜん見当たらないのって、重要な局面で衝突起こして身動き取れなくなって、生存競争に敗れたからなんだって思いますよ。とうされてない物こそ優れてる、っていう結果論的には、しきかまいとったらひとたいしきままほうればなにうまく、って事になるわけですね」


「なるほどなあ」


 少女のその言葉は、組織の司令塔は頭脳、その末端は脚。

 そうたとえる私の考えとも、合致するものだ。

 さらにこれは、道を誤らなければだれもが同じ場所まで辿たどりつく、まさしく少女の言ったとおりの事である。


 これに私が持てたのは、見事、という感想ただひとつだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る