17.運営 ゠ 国を束ねるには何を要するか

17.運営・前 ゠ 国力と国策の話

「しかし、なんだ。そこまで考えれなければ、王とは務まらないものなのか」


 あまりに含蓄の多い話を聞いた。

 それで私が感慨深げにそう漏らすと、少女はそれを受けて微笑したが、つづけてこうも説明を始めた。


「どうでしょうね。やり方はいろいろ、有るとは思いますけど。ただ、国を治めるんならその内外のことは、全部判断できなきゃあ不許だめ、ってふうには思いますよ」


「それは当然、そうだろうな」


「ただ、全てを判断するんならすべてを知ってなきゃあ不理だめですけど、そんな事は現実的に無理ですからね。私も、任せれる所は人に任せてるんですよ。今ここで見てる書類も、ほとんどは決裁のいらない単なる報告書ですし。でも……軍事と、統治と、あと研究だけはどうしても、私が指揮しなきゃあいけない所なんです」


「ふむ。いや、実はな」


「はい?」


 言おう言おうと思っていたことを、到頭ここで私は言ってやった。


「魔王軍にはり手の策士がる。こちら陣営ではんざっら、そう言われていたんだが」


「あら。そうなんですか?」


「結局、お前なんだな? 全部を指揮している、と言うからには」


「ああ……そうですね、それはそういう事に、なるのかもしれません。その話は知りませんでした」


「やはりそうか。だとすれば一つ、とっても重要な話をしなければならないんだが」


「え、はい。なんでしょう」


 きょとんとしつつもたたずまいをただし、ちょっと手を止めてこちらを向き直る少女ににやりと笑って言い渡す。


「積年の恨み、というものがってだな?」


「……え……あっ」


 そうしてぎくりとした少女へかって両のこぶしを握り、ようやく私は襲い掛かることがきたのである。


くもよくもだ、覚悟!」


「あっ、痛っ、やめっ! 痛い痛いですっ! あっあっ、やめっ痛っ!」


 小さなその頭をこぶしりぐり絞めてやれば、じつに気分のよくなれる悲鳴を少女はげてくれた。


えいこれでもか、これでもか!」


「ごめんなさいかんべんしてくださいっ、ごめんなさいかんべんしてくださいっ!」


 心の底から満足できたので私は解放してやるが、加減もしたし、少女はその痛みにと言うよりも、いようにれた悔しみによって涙目になっている模様だ。

 なにやら恨めしそうに、うーうーかすかにうなっている。


「……私は、招くべからぬ客を招いてしまったんでしょうか……」


 そんな事を言っていた。


 いや、なんだ。

 こうなれば私が敗北したかどうかなど、やどうでもいいな。


 ただ、それはそれとして。

 またも今、少女は気になる言葉をいていた。

 そこへ突っ込みを入れてみる。


「いや、研究にまで、直接指揮の必要性が有るのか? ほかのふたつはともかく、研究とは学士や技士に、任せるような事だと思うんだが」


「あ、それなんですよね」


 そう問われれば、少女は急に元気を取りもどし、こり得意顔と一本指を作りつつ、そう語り始めるわけである。


 いや本当に素直というか、無邪気なんだよなあこの魔王。

 邪気のない魔王とは一体、どういう事なんだ。


 まあ別にどうもこうもいのだろうが、私のそんな不穏には構わず、少女は新たな説明を始める。


「研究って、どうしてかいちばん軽視されがちなんですけど、私は国策のなかじゃあ最極いちばん、重要なものだってとらえてるんですよ。……これもにんです」


「それは、どうしてだ?」


「まず、国が健全であるには、国力を保つことですけど。国の実体って、つまり国民なんですね。この魔界って土地でも、この私って君主でもいんです。国力とは生産力や軍事力、他国への影響力のことだってふうにもわれますけど、その根源は国民の力。最終的には、国民の健全さを指すものなんですよ」


「そういうものか。私は国の運営というものを知らないから、そういう視点にはどうしても立てないでいるんだが」


「あ、そうなんですね。でもこれって国だけじゃあしに、集団のていを取るものすべてに同じことが言えるんですよ。国民が元気なら、土地がせてようが私がせってようが、何てことは有りません。でも逆に、どれだけ土地が肥えててどれだけ私がみなぎってても、国民がおとろえてたらなんの国策も実行できないんです」


「つまり国民をうるわせることが、そのまま王様をうるわせることにつながるし、逆に王様だけが富を追求して支えを弱らせるようなさいはいでは、ただ先細りだけしてしまうと。末端の脚も、その痛みを無視せずにいたわりながら遣っていかねば、歩けなくなると。そういう事か」


「そのとおりです。ってみれば、豊かさを求めるなら富を直接求めてはいけない、ってわけですね」


「逆説か、おもしろい。とすると、じんかたよってせいこうしゃかいしっぱい、というわけか」


「はい。おかねって、仕事をこなせばいて増えるわけじゃあなくって、一定量だけが世の中をまわってるに過ぎませんから。つまり金銭的に大成するって、つもりは無くってもひとから奪いあつめてる、ってかたちにどうしてもなるんですよ。それがきる器量自体はすごいにしても、それが偉いかって言うとちょっと違うんですね」


「なるほどなあ。実力主義だとか成果主義だとかで、それに納得しない者は大勢いるんだろうが」


「ああそれ。その評価って人がするんですから、観察眼や先見性に左右されますし、けいや密通もふつうに通用しますし。なんなら減点式に、ほうしゅうしぶる方便にもされますからね。主義なんて名ばかりな単なるですから、信頼なんて置けませんよ。それがまともに機能するんなら、貴女あなたは今ここに居なかったんじゃあないですか?」


「む。そこは言わない約束だ」


「ふふ」


 言ってくれるじゃないか。

 そう思うも、ちょっと徒戯いたづらっぽそうな少女の笑み、その感触はどうやら私にとって、悪いものではいらしい。


ぬきんでたいって願望自体は自然ですし、かたもないですけど、結局それってただの私利私欲ですからね。自身で完結する事だったらいいんですけど、そのために他者への踏み付けをおおやけに認めろって話だったら、そんなのには到底うなづけませんよ」


「まあ人道的な話ではいな。それは自分が何を要求しているのか、自覚はるものだろうか」


「どうでしょう。ただ、乱暴に説明してしまうなら、せいとはぎなひとたちなだめるぎょう、ってふうにはえるかもしれません」


「ああまあ、それがきれば確かに、争いは起こらない、という事にはなるか」


「最低限の水準は、もちろん有りますけどね。でも、高望みしなければそこまで困らない、って所だけ確保できれば、それ以上のゆうって個人の元気にも、ひいては全体の水準向上にも寄与しませんから。だったらそれを元気のない人へ分配できれば、全体的に元気になって、全体の基盤も発展して、むしろ見返りを得れるんですね」


めぐめぐって、というわけか。私なんかは単純に、成るべく不幸な者が減ればいい、とだけばくぜんと思っていたんだが、そんな考え方が有るんだな」


「欲の制御もまあ、難しい話ですけどね。でも国交ってもそも、そういう目的でるんですよ。だのに安易に戦争なんか起こしちゃったら、自国も他国も国力がすりる一方。協力関係にただるだけで、他国のどう力すら自国の資源に含めれるのに、それをすりらせようなんて考え方はもう全然、うまくないですね」


「それはそのとおりだ、じつにうまくない。訓練兵にも、詰まらないけんせいぼうがいをするいはよくるがな。びたいのなら、ただのおのでび合っていれば高く積み上がる一方なものを、隣でびてるのをやっんで崩し合っていたら、いつまでっても高さがかせげない。大体そんな事では、ふつうに敵だらけになる」


「ええ、とりあえずって感じで敵を作るのは、当たり前に拙為だめです。他国の領地だけったって、そこの領民もちゃんと養わないでうまみだけすすってたら、っさりはんらんを起こされますからね。民衆はなんの力も無いただのお荷物だ、だなんて考えの人もまあ、まにますけどね。国民が国力そのものなんですから、無力であるはずが無いんです」


「当然の話だな。その当然がわからない連中が、どういうわけか山ほどるが、彼らをあなどっては力くにしいたげた政権には大体、革命が起こされてきたものだろう。そんなみに、人の気をさかでするものではい」


「ですね。かみたみるように、たみかみるものですし、それを力で抑えようものなら、結局国力がすりりますから。だからまずは、きちんとした統治をきることが大前提。それにくらべたら、軍事はそんな大事な物じゃあい、って事になるんですね」


「なるほどしかし、ざんしんな意見だな。自分は戦争を始めたというのに」


「……そこは言わない約束で」


 それでまたいったん、詰まってしまった。

 まあ少女の始めた戦争自体にも、当然ながら理由がるのだろうが、話の順番というものも有る。

 余計な茶々だったかもしれないが、それでも一瞬弱った少女のその様子がおしかったと言えばそうなので、べつにむだということでもかった。


 うむ、い天気だ。

 夜だがな。


 私のそんな気配を察してか、少女の弱った表情が難しそうなものにへんぼうするのがまた、おしい。

 いや退屈しないものだが、かるくにらみを利かせつつ、少女は説明を再開した。


「もちろん、攻められたら応じなきゃあいけませんし、脅しを掛けられて不平等条約を強いられたりもしますから、抑止のためにも軍事力は須的ぜったいに必要です。でもほら、相手より強くないと破滅するとか、脅威に思えるものを放置すればしんりゃくされるとか。そんな事ってかならずしも、無いじゃあないですか」


「言われてみればそうだな。人界でも弱小国はふつうに生き残っているし、排除しようとやみくもに他者の領分へ立ち入れば、どんな毒を持つとも知れないやぶへびにもまれるだろう」


「はい。強国だっていくさになったら、当たり前にしょうもうしますからね。貴女あなたが言うみたいに外聞が悪くなって、不必要に敵視されるってことも有ります。だから、ないがしろにしていいってわけじゃあぜんぜんいんですけど、でも程ほどで十分なんですよ」


「程ほど、か」


 まあ、なにごとほどほどかんじん、とはうものではある。

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