14.連中・後 ゠ 戦略と理性の話

 れやれ頭のよろしいことである。


 だがくつとおければ無論、正当性もなにもったものではい。

 どころか彼ら、強く出さえすれば他者の意見などいくらでもしり退けれるのに、なぜくつなどという代物をち出さねばならぬのか。

 そう本気で疑っているふしすらる。

 しかしくつを通さないとは、その部分で決め付けをしているという事だ。

 間違いをはらむ可能性が有意に大きいばかりか、どんな意見が寄せられようとも、決め付けであるだけに基本、譲られない。

 だから話も成立しないし、だったら話し合い自体がそもそも必要なかろう、という事にもなる。


 もちろんそれでは、正当性など主張できない。

 だからこそ連中だって、話し合いに臨むのだろうに、それでいて肝心の説明を放棄するならば、もうどこを目指しているのかさっぱりわからない。

 話とは何を達成するものか、というところをき違えれば、そんなお粗末な事にもなる。

 要は、はなしるとはすぢとおことであり、ゆえに話が成立しないとは理が尽くされない事、話がきないとは理が尽くせない事なのだ。


 にもかかわらず訳知り顔で、世のなかくつじゃい、などというとんくお調子者は、絶えない。

 だが、そのげん自体がもう既に、人に道理を説かんとするくつそのものであろう。

 だいいち、社会のちつじょがそもそも理の上に立っているのだから、っくりうそである。

 たとえばずから麦を育てて処理加工し、ねて焼いているわけでもいのに、めんぽうなどの食品が手に入るのだって、社会が成っているおかげなのだ。

 そこへ交じって利益をきょうじゅしながらに、その理を崩壊させていいと本気で考えるなら、筋金入りの愚か者。

 そのような心ない者どもによって、はた迷惑にも破壊されてまわるそれを、修復してくれるお人したちがいるおかげで、浅薄な者らがでたらめを並べながらにうのうと暮らしていれる程度には、人の社会はぎりぎりっているのだ。

 私もその自覚がるから強く言えはしないが、だまってろ、とでも返すしか無い。


 もちろんその威圧も、わからず屋に意見をいいつけるには、抜群に有効な手段だ。

 ただしそれは、もくぜんあい何様どうます、とせんじゅつてきはなし

 即座に効果が得れるから、わかりやすい面は有るかもしれないが、だからと言って傾倒しては、周囲にまでも殺伐とさせてしまう。

 力を維持して延々と戦いつづける、なんて事は人には無理な話なのだし、気がゆるんで手を止めた瞬間こそ命のさい、などという悲惨な末路すら招きかねない。

 だから意思決定には、どう事を運べば盤石かつあんたいであるか、というせんりゃくてきはなし

 すなわち、けっあんていせんじゅつものきょくりょくはいじょた、あんぜんさくもとめられるのである。

 だと言うに、肝心の押している意見が無理条あさってばかりを向き。

 他者ふみにじり、こん植えつけ、争乱ふりくような粧得まねばかりに精を出しているのであれば。

 それはもう、問題へと真っすぐに面をけて処さんとする姿勢、なわちまとな判断力。

 これをそなえていないと断じざるを得なかった。


 とはいえ、よしんば理詰めに追いつめて、そのでたらめを指摘するに成功したとしても、その主張がくつがえったりはしない。

 湖への往訪の例のように、それならそれで今度はその主張の理由だけが、っさりげ替えられてしまうからだ。

 結論の前提がろころ変化しつづけるのだから、結局こんなものは論破などきない。

 それでこうはたり顔をし、勝ったなどと本題には無関係なところで増長して、手に負えなくなり。

 一方で、本題たるけんあんは延々として、ふっしょくされぬままなおじられる。

 もそもが、議論とは勝負などでなく協調作業。

 ゆえにこれは、もう勘違いもはなはだしく、本当にお話にならないとしか言いようが無い。

 問題提起をする者がとにかく黙ればそれで問題解決、そんなこうとうけいを考えていやしないかと疑わせるような不条理くには、さすがにへきえきさせられる。


 そんなふうに、すべての物事を勝ち負けのみでとらえ。

 問題解決に対する責任感など、ひとひらも持たず。

 自身の気分やていさいを、よく保つことのみに血道のがっているような連中相手では、確かに会話など成立しようはずも無い。

 言葉尽くせば尽くしただけつぼまる、そんな場合がんざりするほど存在するなか、話せばわかるは基本的にうそ、とのげんには否定のきた気がしなかった。


 そのような欠格人物は、上層においてより多くみられるもの。

 つまりその地位は、判断力ではしに、横暴な威迫やらびゅうある評価やらによって、獲得されたものなのだろう。

 理を尽くさない者が指揮権を得たその行く末は、語るまでもなく滅茶苦茶なものとなる。


 だが、しゃけんじゃむ、ともわれてまず、理がかよっていないとはなわち、予測が不可能ということ。

 つかり合う前にこれを対策しておくのは非常に難しく、しかしてつかり合えば連中のほうに軍配は揚がるのだ。

 ただ、そんな無念な結果になってしまうのは結局、とうひとねがものは、しんとうろうしんじょうゆえに、おうぼうよわいからなのである。

 残念ながら対人における理とは、会話が尋常にされる状態でないと、まったく機能しないのだ。


 そもそもくつとは何かと考えれば、それは弱者が身を守るためのもの。

 強者は元から強者であるだけに、敵がってもこぶしを武器としてふるえば事は解決するから、そんなものを要しない。

 しかし弱者はそれだと生き残れないから、ならばどうすべきかと必死になって考えて考えて考えた結果、いだされたのがそれだ。

 つまりくつとは、なわち弱者の武器であり、これに理解を示す、結果として弱者へ味方することになる気質を、理性と呼ぶものである。


 このくつによって、世における事柄の機序はしだいに解明されていき、人社会というものも進化をげた。

 要はひとよわったがめに、しゃかいはってんたわけだ。

 そして暴力による支配は、短期には合理にえようとも、単に力でおさわっているだけで解決などなんらておらず、力が抜けた途端に再燃してしまうもの。

 ゆえに長期には不合理でよろしくない、との認識までは理性でもって、どうにか通用されたものである。


 まあそれがきたのも、競争というものの構造上、つねに勝者でれるのはひと握り。

 定然的に弱者のほうが多数派となるゆえに、数の力が生じたからではあった。

 これに畳まれるのは強者としてもうまくなく、とはいえ自身の持てるりょくかしたいとの欲求は、そんな事で簡単に消え去りはしないらしい。

 戦略の成す理性は、戦術の成すしょうはいなどなんひとつもけんせつ不為しなもうものなのだと知っており、ゆえにこれを否定する。

 つまり理の上に立つ社会において、勝負とはじゃな物でしかないわけだが、しかし彼らは勝っていたいのだ。


 だからこぶしふるった、とのそしりをかいしながらにそのほんかいを果たすべく、自然と身につけられたものこそが、口撃というもの。

 こぶしでなく、威圧によりおびやかす。

 意見に対抗するでなく、人格をりょうじょくする。

 そんなおうどういた手法によって、相手の精神をこうじゃくさせ、つぶし果たす暴力だ。

 ことばだけはしゃべっていようとも、けっして会話などではく、むしろそれを一方的に終了させて、殴り掛かる加害行為。

 ゆえに、会話でもって理をつらぬかん、という姿勢ではこれに、対抗し得ないのである。

 めてこぶし相手だったらば、ようにもなせよう。

 しかし、都合の悪い部分で身勝手に、会話をしゃだんしてくるようないには、少なくとも言葉での説得は、どうやっても不可能なのだ。


 そうだ認めよう、誠実さとは弱さだ。

 そんなやり方は間違っている、いくら言葉でそう説いたところで、相手が聞き入れなければ何のひとつも成さない。

 結局は、暴力へ対するに暴力がひっであるのと同様、横暴へ対するにも横暴がひっ

 なのにそこへてっせないならば、かんあくまえきょう使つかって不能処しょせならば、よわがいなにものでもいのだ。


 とはいえ理性をて、その横暴な手段を行使するなど、私にはきなかった。

 もそもそれは非行なのだから、逆に追及されたらんにもならない、というのはもちろんのこと。

 それではけん上等の、すさんだ様相にも状況が運ばれるだろう。

 なにより、それでは自身もまたそのかんあくへとらくはくしてしまうが、そんな勇気を私は、持ち合わせてなどいなかった。

 罪悪感、という物をどうしても、感じてしまうのだ。

 通常それは致し方ないとれる戦場と違って、べきでないとれる場において威力やけいふるうことに対しては、あらがいがたい敷居の高さを、感じてしまうのだ。


 私が強くれるのは結局、いくさに限っての事でしかなかった。

 理性的でろうと、正しくろうという私は、弱いのだ。


 ああそうだ、この私は、弱いのだ!


 ……いや、憎い。

 悔しい。

 連中め。

 憎い、憎い憎い……憎い憎い憎い憎い憎い!

 あのにくらしい……っ!

 まいましい……あな


 いようのないえんと悔恨が残る。

 心えぐられる。


 ……世は無念、る瀬なし。


 正直なところ、連中がうらやましいとすら、思わないでもかった。

 が、とは言えそれは、現実として、無いものねだり。

 ああめてきるのは、少女が挙げたような相手のまん、これに乗っらぬように精々、気をつける事くらいしか……。


 ──ふにゅふにゅ。


「っお」


 なんともこそばゆい感触を肩に感じ、おどろかされた私はおもわず、声を短く漏らす。


「ふふっ」


 見れば、かたわらの少女がどこか優しげなまなしで、なだめるかのようにこちらの肩をんでいた。


「だいぶいろいろ、有ったみたいですね。すごい顔してました」


「そうか。やれ、情けないところを見せたものだ」


「ふふ。まあそういう事も、たまには有りますよ。ところでこれ、お願いしますね。こっちがにん、こっちがきゃくで」


 緊張をほぐされながらなぐさみもまた掛けられ、なづんでいた私の思考はおおいに晴れたものである。

 それで気を取り直した私には、現状がよく認識され、なわちそこにまっているは、二つの書類の山。

 どうやらんまり考え込みすぎて、少女からの受け渡しに対応できていなかったらしい。

 かば慌てるように、判突きをしていく事となったが……。


 ──トン。スットン、スットン。


 なんだ。

 ……はづしいな。


「しかしあれだ、お前の言うことは、よくわかるな。あの手のからを相手にするのは、確かに時間のむだだ」


 手を動かしながら、かすようにっと感想を漏らす。

 するとそんな私に対し、少女はまさしく、たりとばかりの笑顔を見せた。


「そうですか」


「うん?」


 不思議に思う私へ、彼女はこのように言葉を継いだのである。


「ふふ。やっぱり思ったとおりです」

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