13.問題・後 ゠ 醜態と牽引の話

「えっとまあ、そういうわけでして」


 ただ、いまがたの本人のげんのとおり。

 そこへは追及を向けずに、少女は次へと話を進めた。


「自分の考えを人へうまく、伝えれない。結果として人に、おもいどおりに動いてもらえない。そんなんなじような悩みをですね、日常的に抱えつづけてる者たちが研究分野だと、ものすごく多いわけですよ」


「ふむ。それはまた、不便な構造になっているものだなあ。何でも独力でこなしていく、というわけには行かないだろうしな」


「そうなんですよね。もっともそれって、関係者のあいだでしか通用しないことばがたくさん有ったり、専門的な概念についての理解が膨大に、もとめられたりするせいも有ります。大体の人って、自分に理解できない話をされると、いやが差すみたいですし」


「それもまあ、あれだな。はっきり言っては悪いのかもしれないが、難しい話が理解できなくていやだというのは、ふつうに当人の未熟のせいではないか?」


「どうでしょう。仲間はずれに、置きはぶりにされるようないやな感じがするのは、かたがない事かもしれません。行動を共にしてる相手から、自分に理解できない合図を出されるっていうのは、って場合に遭難へ発展する危険性もある事ですから」


「ああなるほど、そういう事もるかもしれないな。しかし、だったらなおのこと、こらえて教示をうべき場面ではないだろうか。ただ不快だけあらわにするというのは、さすがに幼稚というか、さかうらみのような気がするんだが。同じことを武道でってしまえば、たすら赤恥ものでしかないだろうに」


 こんなものは、手前が負けたのはお前が強いせいだからお前は悪者だ、などとわめき散らすようなものだ。

 どんな居直りなのだ、とは思うが。


 まあ実際にも、武によって完全に負かされようが、今日は調子悪かったが本当なら手前が負けるわけが無い、といった負け惜しみがされるは、日常茶飯事。

 ときには、いずれかきょうなる手妻をもちいたに違いない、などと稚児こどものような難癖をけてくる場合すら有る。

 私に言わせれば、勝負というのは本当に何でもり。

 戦場ではどんな事情とも、相手は勘案などてくれないのだから、たい調ちょうろもろに応じて手加減される性質のものではかろう。

 そして、もし意図的な手妻によって勝てたのなら、それはそれで堂々たる大勝利。

 これをとがめるは、見抜けぬおのれの未熟の自白、という事になる。


 そういうふうに、つよりを言って負けを認めなかったらば、だったらそれで何の名誉になるのかも、私にはさっぱりわからない。

 もっと言うなら勝敗関係なく、見苦しい態度を見せる事こそが不名誉であろう。

 普段からんざん勝負に固執しているくせに、ちょっと都合が悪くなればっさりそれをじ曲げる。

 その姿は、もう情けないにも程がるとうものだが、これには少女も同調してきた。


「それどころか、わかりやすい説明をきないほうが未熟なんだとか、そういう逆相然あべこべなことを、それこそ大きな声で言いはなちますからね。そんなんじゃあ説明するほうだって、説明する気がせちゃいますよ」


「そうだな。それはさすがに、何様なんだと思ってしまう」


「それでもどうにか、説明しようとればたで、今度は長すぎるって。もっと簡潔に言えって、文句をけてくる場合もよく有るんですけど、説明が長いのはそれだけ伝えるべき情報量が、多いからなんですし」


「無茶を言う連中だ。ふくざつはなしせつめいふくざつは、あたまえだろう。それもまた、奥義を簡単に伝授できない師匠は無能、とでもわめくようなものだな」


「その複雑な部分を端折はしょっちゃうと、説明の意味も無くなっちゃいますしね。だからかなか、会話も成立しなくって」


「そういう苦労は、私も知ったところだなあ。だいたい説明なんて、げん取りでるものではいはずなんだが、ほかでもない王様のお前に、そんな接待をさせようとするからるのか」


「ふふ。この辺の事情って医療分野でもんなじですから、だから例えば医務室のあのたちとは、私はしろ仲が良いんですけど」


「いや。ついさっきお前、寄ってたかってちょられていなかったか?」


「……今日、またまです」


 少女はおもしろくなさそうな顔をしたが、その様子はこのうえなく愛くるしいものだった。

 これは、いぢるなと言うほうに無理が有るとうものだが、まあつまり仲は良いというわけだな。

 納得である。


「それにもかかわらず、新しい発見をしたとか、そのもくが立ちそうだとか。そういう手柄がいったん見えちゃうと、途端にが強くなって、やり取りが難しくなったりするんですよ」


「話がきなくなる?」


「ええ。功をあせって、勘違いや決め付けにこだわりつづける場合も有れば、成果を隠して、善からぬことをたくらみはじめる場合も」


あまあ有る話だなあ。まったく頭の痛い」


「それだけじゃあ、なくってですね。悪意なんか持ったりしない、信頼のおける者ばっかりでも、おもいとか考え方のなんかで、行き違いが定然ぜったいに生じますから。それで取り返しのつかない問題にまで、発展しちゃったりするんですね」


「すれ違い、か」


「はい。常態的にだれかへ判断を任せると、残念ながら例外なしにかならず、そういう事が起こるんです」


「難しいな。信頼できる人物でも、不理だめなものは不理だめなわけか」


「これってどこのかいわいを見ても、んなじ。つまり、らかじめ知れることです。だから最初からそれを踏まえて、基本全部をづから制御するべき。そうしなかった部分については、結果に対して文句をいう資格が無い。任せるって私、そういう事だと思うんですよ。……はい、これはきゃく


 文句を言う、資格。

 か。


「まあ、ほんわずかのほうがくちがいでも、ひとすすめばしんおおはばかいる、とはうか」


「それです。だからだれかがかぢって、絶えずばらけないようにもどしつづけてなきゃあ拙為だめなんですね」


ばらけてしまったとして、進んでほしい方向へちゃんと指針を、示せていなかったほうが悪い。そう言われてしまえばまでだと」


「そしてそれは、同行者が増えたなら、おさら。だから、みんなの考えを聞きはするけど判断は全部私がります、ってていといたほうがいいんですよ」


「ふむ」


「それに、自分の意見がかならずしも通るわけじゃあいってことを、納得できない者だらけ。それが現実なんだとしたら逆に、各自の判断は基本認められない、ってふうにはなから決めてしまえば、かえってげんも損ねにくいんですよね」


に制限の無いほうが、おもいどおりにならない場合に不自由を感じやすいわけか」


「ええ。あとそれから、私の判断違いの責任を、他のだれかへ転科しないのは、当然としてですね。指示に従ってくれてるかぎりは、失敗をめたりもしてませんから。そのぶん失敗をおそれないで、気楽に事へ当たれたりもすると思うんですよね」


「それはいい事だ。責任どうこうと考え始めてしまうと、おもいどおりに動けなくなったりするからな。その軽減のためにもそも、責任者というのが置かれるわけだろうし」


「結果的にはみんなのために、って考えではいますから、自然とそうもなりますけどね。ただ、判断させないって縛り自体には、心苦しいものはります」


「そこはやっぱりそうなんだな」


「それはそうですよ。でも、つまるところは私の決めた目的にしたがって、動いてもらうわけですし。行き先が狂うのも困るんですよ。そこは譲れないです」


「ふむ。結局は、肝心な決め事ほど間違えるわけには行かない、というところが問題になるわけだな。そしてそれを防ぐには、どうしても自分でとうかつせざるを得ない、と」


「はい」


 まあ、当事者の大変さとは往々にして、実際に自分の目で検分してみないことには、見えてこないものであるが。

 しかしそれでも王とは、ここまで面倒な役目であるのか。

 そんなものを、こんな小さな少女が担当するとは……いやまあ別に、からだの大きさによってこなされる性質の業務でも、いのだろうが。

 それにしてもちょっと、たよりなげな感じがする。


「よくっていれるな、こんな面倒な事を」


「ふふ、そう思いますよね。……あ、これもにんで」


 言われた少女もそうやって、微笑を漏らしたものである。

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