14.連中 ゠ 独善気質を処せるか

14.連中・前 ゠ 主張と欺瞞の話

「まあそれでも、研究分野のこれで、まだなほうなんですよ」


 しかしその口が、つづけて開かれた。

 まだ話はわりでないらしい。


「まだ、? もっと面倒なのが有るのか」


「はい。ほかの分野だとこの辺の認識が、どうも甘いんですよ。特に、軍事や統治の分野だと、自己主張の激しすぎる者がたくさんますから」


「自己主張?」


「問題を解決する事そのものよりも、その場での勝敗や優劣を競うことこそが重要なんだって、序列やせんを誇示することこそが肝心なんだって、だから相手をり込めたりれ伏させたりする言葉こそが優れた言葉なんだって。そんな勘違いをしちゃってるような者たちです」


「ふむ。その場での勝敗、序列、か。まあ自己主張だな」


「意思決定の場で戦わせるのって飽くまで意見で、発言者じゃあいはずなんですよ。普段の行いから、お前が言うなってたしなめもれがちですけど、雑談してるのとは訳が違うんです。そんないましめなんて何の役にも立たない、間違えは極力けなきゃあいけない、だから意見の価値そのものだけが純粋に問われる。そんなはずの場です」


「ああ。そのはずだ」


「ちょっとぐらい行き先がれても、って言う人もいますけど、遠周りしてるゆうが有るわけじゃあいですし。すこし外れるだけで行き先だって、し崩しに狂いますし。だのに多くの者が、どうしても意見と人格を分離できないみたいで。そんな余計なものを混ぜられても、じゃにしかならないんですけど」


「じんかく」


「はい。つまり自分は素晴らしい、自分が他より低く見られるのは間違ってる。自分は理解されるべき、自分の考えが通らないのは畸怪おかしい。そんな感じに自分は自分はって、自分を意識することだけに度を越して気が周っちゃってる、自意識じょうってやつですね」


「うん? それはなんというか、自分はどう思われているか、どう見られているのかという、ひとの視線や内心が気になる気質をっていた気がするが」


「ああそれは多分、他意識じょうとでもうような別物でしょうね。ひとひとがって、他人の意識ばっかり気にしてるようじゃあ、自意識って呼びづらいと思いませんか?」


「そうか。なるほど」


「それより問題なのは、その考え方ですね。だから意見が正しいことよりも、自分の意見が通ることを重視する。ひとの話を理解できないならまだも、ひとの話を理解したくない。そういう者たちですから」


ひとの話を理解したくない、か。ああ」


 これは、あれだな。

 心当たりのりすぎるやつだ。


「つまりは意見を変えないわけですし、偶然一致しないかぎりは定然ぜったいに、衝突するんですよね。そうなっちゃったらもう、どんな言葉も通じません。頭にるのは、相手をどうし折って優位に立つかだけ。その意見を聞き取ろうって姿勢なんて、まずりませんから。文字どおりお話にならなくなって、説得不能におちいるんですよ」


「そうだな、あれは不理だめだ。早々に話をりあげるに限る」


「覚えがりますか。こんなのが群れ成して押し寄せてくるんですから、人を広くあつめての話し合いなんてもう、とても収拾つけれたものじゃあいんですよ。人は定めて話をするもの、って前提がそもそも成り立ちませんから、はなせばわかるってことばほんてきうそです」


「話せばわかるは、うそ?」


かならずしも命題は、じゃあいですから、うそでもいように聴こえはするんですけどね。でも、だまらかすつもりなんだったら、もう論外。悪意が無かったとしても、道理の通らない主張ばっかり出されたら、理解を示すだなんて到底無理でしょう。ことしたからってかならはなしせいりつ不然しない、命題は真でもいのに、断言するならそれはうそ。って事ですよ」


「ふむ、うそか。まあ対立しているような相手から、話し合いで解決しよう、などとうながされたら真っ先に、わるみを疑うべきではあるな」


「ですね。それからうそって言えば、ほら。言いたいことがるのに肝心の言葉がまとまらないとか、言おうと思ってたのと違うことばがつい出ちゃったとか、何を指してるかはっきりわかってるのに名前が出てこないとか。そんな話って、よく聞くものじゃあないですか」


「ああ、そうだなあ。お前の名前とかな」


「……や、そ、あの……」


 素直であるとは、てきな事である。

 キュラトーゼレネンティエーツェ、長いゆえにそれこそかなか出てこない、そんなような名を持つ少女がそんなような反応をしめしたのを見て、私はそんなような真理を得た。

 そしてそんなような私の様子を見て、少女は難しい表情を見せていたが、やがてぶとく気をふり絞り、言葉をつむぐ。


「……ええと。要するにそれって、人はそもそもことばによって識別や思考をしてるわけじゃあい、って事なんですよ」


「ああ、それに近い話は聞いたことが有るなあ。まに感じる虫のしらせというやつだが、実際あれは結構な確率で的中するし、説明つかないなら信用できないとかろんじれば、痛い目に遭ったりもする。あれもただことばともなっていないだけで、ちゃんと状況と経験から判断されたものだ、という事なんだろうな」


「ええ。つまり人がことばで物を言っても、それが主張そのものってわけじゃあくって、飽くまでそれを知る手掛かりに過ぎない。だからことばじりとらほんとうで、つもりでったかんじん、ってわけです。なぜそんな言葉を出したのかって追うだけで、言葉自体のしんを評価しなくってもうそだってわかる場合は、あまあよく有りますね」


「ほうほう、なるほどな」


「そういうわけで、事実に反することは言ってない、だからうそじゃあい。そういう言いのがれもれがちですけど、肝心な部分を故意に伏せて伝えないんなら、間違った事をひとつも言ってなくってもうそは成立します」


「なに。間違ってなくてもうそ、とは?」


「たとえば、自分はがんって一財を築いた。単にそう言われたら、大したものだってめもするでしょうけど、でも実は強盗をがんってた。あるいは運よく金塊を拾って、がんったのはその運搬だけ。そんな事だったら、ぜんぜん話が違うって思いませんか?」


「ああ、そういう事か。受け手側で補完されるだろう部分でもってだます、というわけだな」


「ええ。その強盗にしても、危険をともなう力仕事とか、命をあずかるこうしょうとか。っそのこと、しんばんしょうから恵みをいただくとか。そんなふうに幾らでも、都合よくいまわせるでしょう。でもどうったところで、実際のかせがれ方が変わるわけじゃあい。だのにその肝心な部分を伏せちゃえば、そのままうそに成り果てる。ってわけですよ」


「まあその大抵は、不当に評価を高めたい、といった魂胆か。つまりうそとは、じつきょではく、さくもたらしめことであると」


「はい。だから逆に、事実じゃあかったとしてもうそにはならない、って場合も有ります。きょだって合意が取れてる場合がそれ、つまりは仮定と例示と、あとは創り話とか冗談ですね」


「ああ。そういうのはしろ、話の幅を豊かにする物だからな。事実でない事を語るにしても、相手をだますでなく、振興させるつもりこそが肝心の部分だと。だからかしだでたらめだと、あげつらうのは的外れだと」


「えっとまあ、そうですね。昔むかし、ある所にきょうの剣とかう、なんか救いようのない残念な天使がました、とかそういう感じの……」


。それはちゃんと冗談なんだろうな?」


「ふふ」


 私が鋭い視線を当ててやると、至って楽しそうな顔をした少女である。

 ほうほう、なるほどなるほど。

 了解だ、私は了解したぞ。


「人をただ言いくるめて、別の意図を押し通すためのことば。冷静に考えたら、その場にぜんぜん関係ないことば。そんなのが世にいっぱい、あふれてるんですよね。それは例えば、人はきずつくほど優しくなれる。子を愛さない親はいない。けんしん的な姿は人の心をつ。欲を捨てて清くれば自分は変えれる……」


「信じる者は救われる、努力はいつか報われる、幸不幸はつじつまが合うようになっている、生まれた自体が幸運のあかし。なんだろうか、生みの親に川へ投げてられて死んだ赤子の、その目を見て言えるのか、という系統の話かな」


「え、あ……ええ、はい。その、そういうことごとうつくさ、とうとあつなんたぐいは、れん不過すぎなものせいとうせいなにひとしょう不為しません」


「むしろ都合よくすかしてたらす手法として、積極的に活用されるやつだな。聴こえのいいまん、というわけだ」


「ええ。踊らされちゃうとを見てしまうわけですけど、でも大勢が平然と、これを出してきますからね。大勢で話し合うほど大勢が踊らされちゃって、かえって悪い結果になる、んですけど……いえ、あの。こういうのって、天使がよく説いてることばだったはずですけど、そこ同調しちゃっていいんですか?」


 ──ふっ。


 疑わしいような調子狂うようなと、困惑して突っ込みを入れてくる少女へ、私は笑ってかしてはみたが。

 やれ、いづも同じか。


 この話はわかる。

 いや、ここまで語られてうやく、何の話かわかった。


 れんちゅうの話だ。


 少女に言われ、そんな感じの天使の面々が、脳裏に浮かんてしまった。

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