12.研究・後 ゠ 手法と役務の話

 少女が話をもどした。


「何かについて、かざりやあそびをのうりもゆうせんると、ろくこと不成なりません。だのに羊皮紙の公用はいは、格式がどうのって反対する意見が、かなり根強かったんですよね」


「だろうなあ。見た目がとにかく良いからな、あれは」


「ええまあ。だからそれを、まるしのむだとまでは言いませんけど、けっかんを許してまで維持するほどのものじゃあ、ないですし。てってい的に変えさせました。格式高さを演出したいんなら透かしで十分、それでも足りないって言うんなら錦織にしこりでもあしらえるなりすればいいんです」


「ふむ」


 飽くまでも、合理をでいく姿勢のようだ。


「あ、話はれますけど。植物紙ってやっぱり、厚味で透けぐあいが決まるものじゃあないですか」


 少女がそう言いつつ、ちょうど自分の手にしていた書類を、じょうあかしに透かせてみせた。

 そうでない部分は暗いまま、魔王軍をしめす合字の紋様だけが明るく浮き出る。


「ああ、そうだな」


「だからそれを利用して、濃淡のある絵画なんかを透かしで表現できたら、って思ったんですけど、これがかなか……はい、これもにん


 ──トン。スッ、トン。


「かいが?」


「はい。それこそ格式を強調できると思いませんか?」


「そうだな。ああ、良いかもしれない」


「ただこれが、思ったよりも難しくって。普通の透かしじゃあ、せいぜい文字が判読できるくらいの精度ですし。いた後で型をしつけるにしても、いた瞬間にはもう布みたいに成っちゃってますから、極端な濃淡はやっぱり無理で。いろいろうまく行かなくって、もっそのへんを何とかする手法を研究してる最中なんですよ」


 研究している、か。

 研究させている、ではなく。


「つまりまた、指示ではなく指揮をしている、と」


「ええ、まあ。あ、そういえば、今はちょっとよく見えないと思いますけど、窓にめるがらすいた。これを平らで曇りなくきれいに作る方法も、私たちでけんめいがんって、どうにか編み出したものなんですよ」


 らりと目だけで振り返り、少女は背後の窓を示しては、そう語った。


「なに。それもお前なのか」


「はい。あ、いえ、私じゃあなくって私たち、ですけど」


 透明ながらすいたは、どんなに腕のたつ職人によってでも定然ぜったいひしゃげてしまうし、それはかたなしと認識されてもいる。

 となれば一般的な加工手段が、その独特の性質からがらすには適応しない、とれているからだ。

 現状としても、熱したがらすに吹きざおで息を吹き込んで、成るべく大きく膨らませてからはさみで切開し、固まらないうちにこてで突ついて、していくにとどまっていたはず。

 これ以外の方法では透度や光沢が、いちじるしく失われてしまう事が知られている。

 そんな製法だから、面積の限界もまたたかが知れたもので、大窓をこしらえようとするなら沢山の小板を、格子で継いで組み立てるしか無かった。


 特殊な素材だ。

 専門家に任せてそれなら、たとえば真っ平らないがたちゅうぞうするなど、しろうとでもすぐおもいつくような案はとごとく無効、ないし非効率だったに違いない。

 実際のところ、つましい生活の者らが手にきるようながらすいたはほぼちゅうぞうなのだが、しかしこれでは光沢平面には成らず、どれも不透明な物ばかりだ。

 あるいは正確な平面が成形可能な、理力によって型をこしらえたならどうかと試されたものの、こちらは過度に熱を吸ってしまうらしく、冷却の過程できぱきと割れてしまう。

 けたがらすは、っくり冷やす必要があるのだ。

 そんなぎょしがたい物を何とかしてしまうなど、それはそれは画期的な手法を考えついたのだろう。

 これほどのひたきで、かつ継ぎもなしに人の背すら超える広さを誇り、しかも狂いなき平面成形。

 そうまで美麗ながらすいたなどまあ、お目に掛かれたものではかった。


まどがらす自体はさっき、廊下で見たがな。よく出来ていた。立派なものだ」


「ありがとうございます。やっぱりがらすまどって、このほうが気分いいですよね」


 今は様子もよくうかがえないその窓へと、目をやりながらそんな事を言う少女の様子は、どうにも楽しげだ。

 それはどちらかと言えば、自らの手腕を誇ってとうよりも、純粋に話し相手を得れてうれしいかのようである。

 ふむ。


「しかしまあ、よくがんったというか、がんりすぎではないか? ここまでとなると」


「って、言われてもですね……」


 そう突っ込んでみれば、少女のほうもなにやらまゆを寄せ、答えに困ったような表情を見せる。


「ええとほら、どうでもいいような細かい部分でも、いびつな部分が有るとどうしても気になっちゃって、ほかの何も手につかなくなるとか。そういう事って無いですか?」


「どうだろうな。そんな事は人によると思うが、私はまあ気になったりならなかったり、だ」


「そうですか。私は……大体のことが気になっちゃってかたがないですし、それはちょっとうらやましいですね」


「それこそ、そう言われてもだがな」


 まあそういうちょうめんさも、無くても困るのだろうが、有りすぎるのも考え物なのか。


「……これもにんで」


 ──ペラリ。


 少女がまた書類を渡してくるが、いや違う。

 そんな話ではい。


 王としての責務は、もっとほかろう。

 研究が詰まらない事とは言わないし、結果が出たならしろ素晴らしき功績、と呼べすらもする。

 だが王とは基本的に、自らそういう事をしないものだ。

 王がまず案ずべきは、自国の行く先。

 そこへ直結するのは、為政と軍略にほかならない、とれてもいる。

 そして並の人物であれば、その二項だけでもう既に一杯いっぱいであり、ほかの事へと気を周しているゆうなど、無かろうはずなのだ。


 ことに、軍略においては相手が有ってのことであり、いかでか憎き敵を打倒せん、とその相手は全力を注いでくるに違いないのだ。

 何かを片手間にしつつ、その相手をこなせるようなわざとは、到底思えない。

 だからこそ一般的な人族の国などでも、ちゅうすうといわず多部署多方面において多数の参謀が置かれ、また軍略会議も規模のあれど、日夜問わずにくり広げられるのである。


 そこへいくと、この少女は何なのだろうか。

 目につくすべてのこと、戦争からまで。

 本当に全部の事を、一手に引き受けている様子だ。

 そんなではこの少女は、仕事量を持て余してたんしたりしないのか。

 分業もさせないで、なんがために配下を持つものか。


 もういろいろ、私にはわからない。


「あ、にんですよ?」


「……」


 理解のはんちゅうを超えることを今、この少女は淡々と着々と、ただしゅくしゅくこなすのみだった。


 ついでに思うこともる。

 それはつまりこの少女が、何がそんなに楽しくてこう生きているのか、という事だ。

 あるいは研究にたづさわるにも、おもしろろうとは言えるかもしれない。

 しかしそれも、成果の挙がった場合に限定されるように思う。

 こういった、小難しい考え事ばかり。

 くわえて、仕事につぐ仕事。

 そんなような事に明け暮れて、どう生きいを感じれたものか。


 ──トン。スッ、トン。


 それがわからず、そして私はすこし、大丈夫なのかと少女が心配になりながら。

 しかしその少女より言われるままに、またひとつ判を突いた。

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