13.問題 ゠ 勝てばそれが正しいことになるか

13.問題・前 ゠ 処理と不快の話

「研究は、楽しいか?」


 私の判突きをっていたかのように、また次の書類も渡してくる少女へ、ちょっとたづねてみた。


「あ、はい。そうですね、それなりに。……これもにんで」


「そうか。それならそれは、いいんだが。しかしそんな事までを、お前が主導しなければならないのか? だれかへ任せるわけには、行かないのか?」


「あ、はい。言いたい事はわかりますけど、ただこれはその、ええっと……はい。そうですね、みんなの能力が、当てにならないって事じゃあ、なくって。ただ、ただ手間が惜しくって。だれかへ指示を出して任せたりするよりは、私が指揮を執ったほうが望ましい。そういう判断です」


 少女のその言葉に少なからず、私はかい的だった。


 あつかうものがばかりなのであればともかく、大抵のことは教育の手間による初動の遅れまでを含めたとしても、多人数でかたづけてしまったほうが圧倒的に早いもの、とも世間的にはれている。

 もちろん末端員に至るまで、総員そろみですべらく大局的判断をよ、などという話にはさすがに無理が有ろう。

 とは言えふつうに考えれば、頭脳として機能する人材が多ければ多いだけ、処理能力も高まることが期待できるはずなのだ。

 かしたら少女には、物の考え方や成果物の質に、こだわりがるのかもしれない。

 それでも、一騎当千の英雄が一のままでるよりは、その一の英雄に加えて千の軍勢もったほうが、良いように思えた。


 だから、その選択てるとしたならその可能性など、案件すべてが少女にとって本当に、であるか。

 または、そういった事に思慮を周せないほど、ゆうが無いか。

 それくらいしか挙げれないが、しかしその前者はかなり、考えがたい。


「何をそんなに切迫しているんだ? 例の新魔族とやらには、そんなに追い詰められているのか?」


 しかし、そんな疑問を口にした私に対し、やや文脈を追うのが困難な返事を、少女はもどしたのである。


「これもにん。……そうですね、やっぱりそっち側の質問をえらぶと思いました」


「うん? 何の話だ? いま見ている、その書類に書かれた話か?」


「いえ、これじゃあありません。つまりええと、そうですね……」


「ん?」


 そこで少女が手を止めて、頭の中を整理するようにしばし考え込み。

 そうして出てきた言葉が、こんな感じのものだった。


「はい。私はそれなりに頭が周るようだけど、でも大人数で当たったほうが、問題解決は早いはず。なぜなら一人が動いてるほかでも、沢山の人が並列で動けば、しんちょく速度が上がることは有っても、落ちることは無いはずだから。だのに全部を一人でろうとするなら、とても気が周らないくらいひっぱくしてるか、大勢を動かす手間が余剰になるような、簡単な課題ばかりかのどちらか。でも、今ここで書類の量とその中身を見たかぎり、後者はり得ない。そうして出てきたのが、今の貴女あなたの質問」


「! ……」


 その少女の言葉が、私を絶句させるに十分の効力を持っていた事は、言うに及ばなかろう。


「当たってましたか」


「あ、ああ」


 何事か、はてこれは。


 あまりに的確に、内心のとおりの事を述べられて言葉を一瞬失った私に、少女は説明を始めた。


「ごめんなさい。何事かって思ったとは思うんですけど、私が何かを人に任せれないのにはいろいろ、理由がるんです。そのひとつが今の、私の言った言葉なんですけど、図星を当てられて貴女あなたは、どう感じましたか?」


「どう、とは?」


「不快に思いはしませんでしたか?」


「……」


 どうだろうか。

 いや、そのとおりではある。

 単にそれをりたててあらわにしたり、苦情をうったえたりするほどまで強くはかった、微々たるものだった、というだけであり。

 確かにそんなようなものを、られた悔しさや見透かされたおそれのようなものを、感じはした。

 あるいは人によっては、我慢ならない事であるかもしれない。


「人が言われて不快になる言葉は、いくつか有ります。たとえばとうの言葉、興味のない言葉、期待してたのと違う言葉。それからく思うたいしょうきおろされたり、逆にそうは思わないいやたいしょうかつぎあげられたり。そんな感じの、意に沿わない言葉で不快になるのはまあ、わかりやすいですよね。……はい、これもにん


「なんというか、それは当たり前だな」


「はい。ただそれ以外にも、たとえ悪気が無くっても、大まかに、お前などるに足りないとか、お前のほうが格下なのだとか。そう直接言ってるわけじゃあいのに見下された、かろんじられたって受け取れる言葉にも、不快を感じたりしちゃうものです」


「直接言っているわけでなく?」


「今みたいに考えを言い当てられるとか、ぐうも出ないくらい間違いのない事を指摘されたとき。逆に、間違ってるとしか思えない事を、も正しいかのように主張されたとき。それから、ぜんぜん納得が行かないのに、言葉の返しづらいようなことを言われたとき。もしくは、話はまだわってないって考えてるのに、関係ないような話題をち出されたりしたとき。そんな感じの場合ですね」


「ああそうか。そうだな、じくなものだが」


「それが普通です、自分の弱さを引きらないでいれる人なんて、そうはませんよ。でも、それじゃあ困る場合ももちろん有って、それがきわつのが軍事と統治と、研究の分野なんですね」


「ほう」


「そこじゃあ意見を戦わせるのが普通ですけど、状況なんて常に一つしか、存在しないわけですからね。だから問題に対する正解なんてものも、常に一つくらいしか存在しないんですけど」


「ああ、それな。正解は一つではい、などと根拠も示さずにわれたりはしているが、それは何を目的にするかという前提が明確になっていないか、それを的にろころ変えるかられるだけ、というやつだな」


「ええ。前提が定まれば正解も、一意に定まるものですよね。ただ、その正解をはっきり言っちゃうと、それが正解であるだけに、さっき言った理由で相手のげんを、損ねてしまうんですよ」


「む。難しいな」


「それが積みかさなると、そのうち確執にまで発展しちゃって。そのせいで人が、決め事のとおりに動かなくなったりするんですね」


 ふむ。

 とりあえずそこは、不和は極力けたほうがよいという点は、わかってはいるのか。


「しかしだからこそ、逆にもっと皆と、話し合いを持ったほうがいいのではないか?」


「そこが、むしろ逆なんですよ」


「むしろ、逆?」


「はい。人を動かしたいなら基本的に、判断をさせちゃあいけないんですよ。人へ完全に任せちゃっていいのは、委任した結果に口出しする必要が無い場合だけ。つまりはみたいに、るべきな事が明確で、個々の判断が必要ない。あるいは結果に、それほどこだわらない。そんな場合だけ、って事になるんです」


「部下に判断をさせては、いけない?」


 これはあまりにも、な事を聞く。

 理由がさっぱりわからない。

 少女のその、常識とかけ離れたことを言う姿勢は、最初からずっと変わっていないと言えば、まあそうなのだが。

 それにしてもこれは、不可解である。


「どういう事だろうか。大体それではまず、お前の負担が一向に減らないのではないか? それにそんな事では、頼ってやらないのなら、それだけで信頼関係にひびが入る。人材も成長しない。好き放題に自分勝手に、手前に都合の良いように決め事をれていると、ねたそねみもつのったりするだろう」


 くして私の心配は、さきほどまでのそれと別の種類のものに変化した。

 いやべつに敵、それもその総大将なのだから、これを案ずる義理など有るはずも無いが、気になるものは気になる。

 なわちこの少女、どこか無理のあるまつりごとを、執り行なっているのではないか。

 判断させず動かすとは、つまり皆のその思考を無視し、意に反した行動を取らせる事にならないか。

 その方針によって、配下らに無体をはたらく事になってしまっており、結果として恨みを買いあつめて、孤立してしまっているのではないか。

 そんなふうに想像されたのである。


 この少女はきちんと状況を見て、それに応じた判断を下せる頭脳を、持つように思う。

 人柄としてもこれといって、きらわれるような気質でないように、感じる。

 そんな人物が、これだけ腐心をかさねている様子であるのに、にもかかわらず配下より不評を寄せられてしまって、いるのだとすれば。

 それは利口なやり方でい、という以上に、びんな話なのではないか。

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