11.懇願・中 ゠ 勧誘と逼迫の話

 かたなし。

 少女の案内をとにかく聞いていろ、という要求なのだとだけ理解し、無理やり会話を次へと進めてみた。


「いや、ふむ。まあ私に、何を判断させるつもりなのかは知らないがな。つまりそれが、私をかどわかした理由なのか?」


「はい。ほかにも理由は、そうですね……大まかにあと二つ、りまして」


「なんだ、まだ二つもるのか。欲張りだな」


「そこはまあ、勝者の特権って事で大目に見てください。うち、ひとつとしては貴女あなたの剣を、貸してほしいんですよ」


 ……。


「なん、だと」


 理力の発現物は、作り手から離れると消失する。

 だから剣そのものの貸し出しなどもそもきず、ゆえに私の剣は私しかふるうことがきない。

 魔族側にもそれくらいは、知られているはずだ。

 となれば……つまりその意味は、限られている。


 ──ジリッ。


 緊張が走った。


「私に、裏切れ。と?」


 こんな話には、さすがに私も穏やかでれなかった。

 対して、しかし少女は明洒然あっけらかんと、こう補足する。


「そんな事はいくらなんでも、言いませんよ。白状すれば、天使軍の他にも敵はいるんです」


「あ、ああぁぁあっとおおぉキュラト様あっ?」


 そうして今度、慌てたのは女侍従のほうである。


 いや、それはそうだ。

 こんな情報が敵に渡れば、それを利用した策がろうされるに決まっている。

 あるいは秘密けったくし、共闘を図られもするだろう。

 いちじるしい不利となるは明白、れてしまったら責任を持って対処する、どころの話では済まないはずだ。

 本当に私が聞いてしまって、いいのか。


 それと、もうひとつ。

 天使軍の他に敵がいるとしたなら、それは果たしてどんな存在なのだろうか。

 天、人、魔のうち天、魔が争っているのが現状だから、ほか残っているのは人族だけだ。

 彼らも別に無力であるわけではいが、しかし魔族らに対抗できたりするような、決定的なきばを持たない。

 とはいえ、人族でもいのだとしてしまうと、それは天、人、魔のいずれでもい、などという結論にちちついてしまうのである。

 そんな存在が、どこかにったか。


 私が考えている、その間。

 小さいたいながらも、少女が精いっぱいに手を伸ばし、女侍従のその頭部をぽふぽふしつつ、なだめていた。


「リテローン。ねんわかりますけど、放っといててもかはわかっちゃう事です。むしろ、私たちの力が及ばないんですし、積極的にしらせるべきとも言えます。あれを何とかしないと、私たちも人族も天使たちも、何から何まで全滅ですよ。地にひたいってでも、お願いするしか無いんです」


「えっと、はい……まあ、そうなんですけれど……」


 ぽふぽふのこそばゆさに、首をすくめつつ。

 どうにかその説明で、女侍従は納得しようとしているようだが、しかしこの少女。

 くもまあここまで次ぎつぎと、気にかる言葉をきつづけれるものである。


「おい魔王、一体どういう事だ? 神族でも人族でも、魔族でもない者どもが、世に君臨してはばろうと、主権を握ろうとしていると。そういう事なのか?」


 たづねると、またも少女は参った様子を見せる。

 女侍従へと伸ばしていた、その手を引っ込めてはそのまま、自身の側頭部をかしかしいた。

 その髪の毛からは、例によってこうりんが飛び交い散るが、その華美さとは裏腹に、少女はやや深刻そうな表情を作る。


「何といいますか……魔族ってえば、魔族なんですよね」


「魔族? お前のはらからに、裏切り者がいるのか?」


「それが、同胞ってわけでもいんです」


「うん?」


「仮にいくつか、種族が複数存在するとしますよね? それでれぞれを、神族、人族、魔族って呼んだとします」


「ああ」


「後のよびなをどうするかが、悩みどころではあるんですけど。適当に呼んでしまうなら、もう一つを第の魔族。私たちの敵は、そういう存在です」


 なんと。

 やはり天、人、魔の三種族のほかに、さらにまた別の種族がるわけか。

 敵が別途いる、そう言うなら確かにそれ以外考えられない話ではあるが、それにしてもこれは初耳、新事実だ。


「つまり便べん上、魔族と呼びはするが、飽くまでまったく別の種族だと。そういう事か」


「そういう事です。私たちの魔力と同じような力を持ってるみたいですから、差しあたり魔族って呼ぶことにはたんですよ。でも、もし彼らと私たちの間に子供が出来ても、多分魔族じゃあなくって、人族として生まれると思うんですよね」


「なるほど。しかし魔族に二種類あるというのは、どうもややしいな。何か、別の名称が欲しいところだ」


「そうですね、第の魔族、じゃあちょっと長いですし。すこしつづめて新魔族、とでも呼んでみましょうか」


「ふむ。悪くないな」


「まあそんな呼び方より、その新魔族ですけど。これがまた暴力的でしんりゃく的で、ざんにんきわまりないような感じで。始末の悪いことに……この相手にはこちらの魔術が、どうやら通用しないみたいで」


「それならこうからの魔術も、お前には?」


「いえ。残念ながら、そちらは」


 これはまた、の悪い相手が有ったものだ。

 そんなではたすら一方的に、いびり殺される以外の余地が見えてこない。


「天敵、か」


い得て妙ですね、きょうの剣」


「しかし、な。そんな相手に私の剣一本が加わったところで、どうにかなるのか? 少なくともお前のほうが、強いだろう?」


「細かい話は、そのときになったらすることにしましょう。今はまだ事態がそれほどひっぱくしてませんし、なにより貴女あなたが協力してくれるかどうかも決まってません」


「まあそれもそうだが。私をなびかせる当ては、るのか?」


「いえ。これといって、無いんですけど……それでも私は、貴女あなたが剣を貸してくれるって、信じてますよ」


 また言ったな。

 この強烈な自信は一体、どういった理由わけくものか。


 そんな事を頭の中でぼやいていると、リテローンなる女侍従が割り込んできた。


「あ。あ。キュラト様」


「はい、なんですか? 貴女あなたが持ってきた話の件ですか?」


「そうです。もう話しちゃいますけれど、丁度その例のあれの報告ですよ」


「何か変わりが?」


「まず一つ。熟度が、第さん段階に移りました。今日の正午あたりだそうです」


「そうですか。それならよいよ、あと半年くらいで……」


「それが、そうも行かないみたいなんですよう」


「……はい?」


「もう一つ。熟進が、例にみられないくらいの速さに変わってしまったそうです」


「っえ……」


「くわえて、その速さには揺らぎも有って、熟了いつになるかが皆目、読めなくなったと」


「……そん、な」


「ただ、おおざっでいいなら一週間後から、遅くとも一カ月以内だろうと。そういう所見なんです」


「……」


 これを聞かされた少女には大変なきょうがくったようで、たたかにどうもくともないつつ、しばらく絶句する。

 しばしの沈黙のあと、ひどく弱ったような気配をただよわせ、どころか目に見えて青くなり。

 ひたいに手を当てつつ、目いっぱいに嘆き始めたのである。


「んん……はあ、参りましたね……まったく今度のは本当に、異例ばっかりです。……ああもう、まだなんの準備も、ああ……ああー……」


 この女侍従が、それほど重大な事を告げたのか、どれほど重大な事を告げたのか。

 私の知らない単語が使われている以上は、理解するすべも無かろう。

 なんとなくはその、熟了とうのが、新魔族とやらの暴れだす刻限のようには、受け取れるものの。

 っきりとした所は、わからない。

 だから、説明がもらえるものならもらおうかと思ったのだが、しかし私がその質問を言葉にする、その前に。


 特大のめ息をいていた少女が、行きなりりょうひざがくり突き、上体を伏したのだ。


「ん? おい、どうした」


「キュラト様?」


「事態がひっぱくしました。お願いです、助けてください」


 ──スッ。


 そう言った少女は、こちらへかって手をそろえると、前言のとおりに床へぬかづく。


 いち魔王が、権限すら持たぬただいち天使に対して、清々しゅくしゅくと平伏したのである。

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