11.懇願 ゠ 信じるものを見つけれるか

11.懇願・前 ゠ 衝突と案内の話

「あ、キュラト様。丁度よかったです」


 魔王の本宮ともなれば、それなりに広さの有るものらしい。

 その魔王本人とふたり連れ立ち、ともに無言のまま廊下を行ったり、ひとつふたつ階段を昇ったりすれば、そのへやへと辿たどりついた。


 とびらの開け放たれている事が、それなりに人の出入りの有るへやだ、という事を物語っている。

 まあ、その状態で少しでも機密性を確保する目的か、入口上部には人胸ほどまでに、ひもれんなどり下がってはいるが。

 そしていま実際に、一名の女侍従がこれをくぐり出ては姿を見せ、そのように少女へ声を掛けたわけだ。


「リテローン。何か有りましたか?」


「それが……っあ。そ、そのう……」


 リテローンとよばれたこの女侍従、おさなは抜けているもののまだまだうらわかく、からだのほどはちゅうにくちゅうぜい

 顔にあやすその目はややほど下へたゆみ、そののうかっしょくの長髪をみに結ったお下げも大人おとなしげ。

 若さゆえの快活さよりは、むしろ物静かで内向的と、そのような気質を感じさせられる。

 そのむなもとだけはどうも、妙に罪深い様相をていしていたが。


 そんな彼女は、少女の連ねる私に気づくと、何かを少女へ伝えようとしていたその声を控える。


「キュラト様。こちらの方は、や……」


「ええそうです、きょうの剣ですよ。まあそれより、中へ入りましょう」


「……」


 うながされて、執務室であろうそのへやにとりあえず入室するも、その女侍従はどうにもいげだ。

 そんな様子に気づいているのかいないのか、少女は質問をする。


「何についての用件ですか?」


「あ、いえその、あのあの……この方の前だと、ちょっと……」


 女侍従はしきりに困惑したような、というかっそ明らかに困惑している。

 そして、少女がそれを一体どうするのかと見守っていれば、その会話はこちらがらはらするくらい、面倒な方向へとねぢれていったのだ。


「大丈夫ですよ。話してください」


「いえでも、この方は……」


「私が大丈夫だって判断したから、このへやまで連れてきたんですよ。その辺は、察してくれてもよかった所なんですけど」


「……しかし」


「大丈夫って言ったら大丈夫ですよ。口で伝えにきたんなら、急ぎの用件なんですよね? 早く話してくださいな」


「……」


「どうしました?」


「……」


「え。どうして黙ってるんですか?」


「……あ……そ、の……」


「ええと、リテローン? 何も言ってくれないとわかりませんよ?」


「……」


「あの、お願いです。何か言ってください」


「……」


「リテローン。そういう態度を取られると、さすがに怒りますよ?」


「……う、え……っと……」


「はい? っきりてください」


「……」


「一体どうしたって言うんですか……困りましたね」


「……」


 いやはや、これは、どうも。


「おい魔王」


 敵の内情などに口をはさむすぢいではいし、義理でもいのだが、いくらなんでもこれはひどい。

 黙っていれなかった。


「え、はい?」


「部外者の私が差し出るのもなんだとは思うが、しかしいぢめは良くないぞ」


「い……え、いぢめ……ですか?」


 言われて、少女はきょとんとした。

 困っているのは自分のほうだ、そう考えているなら当たり前の反応ではあるが、べつにそれでかんべんしてやることは無い。


「もしかして自覚が無いのか? おそらく、機密に類する内容なんだろう? それを敵にらしてはいけないという常識と、それに逆行する主人からの横車に、板ばさみにれたらそんなもの、どうしたらいいかわからなくなるだろうに」


 そう言った私を女侍従が、まるですさんだ魔界へ降り立った天使でも見るかのような目でみつめてくる。

 いやまあ、まったくその言葉どおりではあるが、それはさてき。


 逆にその首領のほうは、指摘をされて初めてそういった事に思い至ったらしく、おおいに動揺した。


「それは……いえ、あっと……」


「そうして何も言えなくなってしまった相手に、どうして黙っているかだの、果てには怒るだの困るだの、そんな無体がるか。これがいぢめでなくて、何なんだ?」


「……」


 そこまで言われて、が悪そうにしつつも少女は素直に、非を認めた。

 女侍従へ頭を下げる。


「ごめんなさい、無神経が過ぎました。ゆるしてください」


「あーいえあの、わかっていますし、大丈夫ですし……」


 その言葉に、女侍従はかえって恐縮したようだが、表情としてはあんというより、苦笑に近いものを浮かべている。

 これは、かしたら彼女はただただ、心底対応に困っておくれをしてしまっただけで、めのさいなみにざされてしまったわけでは、いのかもしれない。

 だとしたなら、それほど心配するような事でもかったのだろうが、かといって問題が解決したわけでもかった。


 私は提案する。


「見ればそんな、せまいへやでもい。私とは距離を取って、小声で話せばいいのではないか? あるいは私は、廊下へ出ていても」


「いえ」


 それはそんなに不合理な意見ではいと思うのだが、しかし少女はこれにり合わなかった。

 そして、よくわからないことを言い出す。


きちんと順を追って話をしなかった、っていうのは私の落ち度なんですけど、きょうの剣。むしろ貴女あなたには、いろいろと知っててほしいんですよ」


「知っていて、ほしい?」


 私が話にいていけなくてぼうぜんとしていると少女は、私同様にあっにとられている女侍従をく。


「リテローン、そういう理由わけです。それなりに目的がっての事なんですよ」


「目的……」


「私が大丈夫って言ったのは、れても構わないって事じゃあなくって。それで問題が起きたなら、私が責任を持って対処する。貴女あなたに責任は無いし、その事で貴女あなたを追及させはしない。そういう意味です」


「……はあ」


「それに当面、この人には私から離れないで、そばに居てもらうつもりなんです。すぐに問題になるような事じゃあいですよ。心配しないでください」


「んんー……、っかりました」


 まあそれは、了解したとうよりは、あきあきらめたものかもしれなかった。


「でもその、目的っていますのは?」


 まあそれは知りたい。

 私も知りたいし女侍従も知りたいようだから、ふたりして耳をかたむけ、少女の言葉をったりした。

 しかし今度は当の少女のほうが、なにやら対応に困っている様子である。

 悩ましげに首を転がしつつ、女侍従と私をらちら見た。


「どうした?」


「それは、その……どう言ったら良いんでしょう。それについてはちょっと、きちんとした説明がきなくて」


「それはまた、言葉がまとまっていないという事か? それとも、それこそ機密の話だとか」


「そうじゃあ、ないんです。知ってもらう事そのものが目的だから、それ以上の説明が何も無くって」


「は?」


「そ、あの……たとえてうなら、ええと……観光案内、みたいなもの、でしょうか」


「かんこうあんない」


 また、何を言っているのかよくわからない。


「どういう事なんだそれは」


「ええと、つまりその、ここにはこんな物がるんですよ、あそこはあんな感じに成ってますよ。って、そうやって物事を示して、紹介してくような感じの……」


「ただ知れ、と? なんの理由もなく、か? それとも、お前が教えりだからその欲求を満足させろ、とでも言うのか?」


「いえ、まあ……かしたらそういう部分も、るかもしれませんけど……強いて言えば、全てを知った上で、きょうの剣。貴女あなたに総合的に、判断をしてほしい。それで何をおもうのか、その答えが、知りたい。そういう当て込みが、ると言えばります」


「私が何を、おもうか?」


「はい。でもこれって、私も読みきれてなくって、つまり自分のなかでも見解が定まってなくって、だから貴女あなたへの要求すら、っきりしない。そんな感じの、あやふなところにるお願いなんですよ」


「……?」


 そんなげんに、私と女侍従は顔を見合わせつつ、そろってげんな表情を作るしか無かった。

 少女もそれに必死になって、説明を加えようとする、が。


「もちろんこんなの、私のわがままで。そうしてほしいって、ただ思ってるだけで。何かの利益につながるかどうかも、わかりません。だから、貴女あなたに目と耳をふさがれちゃっても、私からは何も文句言えないんですけど。でも貴女あなたが聞き入れない利も、聞き入れる不利も、これといって無いとも思いますよ」


「……キュラト様それ、ぜんぜんわからないです……」


「私もわからん」


「ご、あ、ごめんなさい……」


 なんだろう、話がさっぱり見えない。

 言っている少女のほうでもう、何なのかよくわからない、などと告白しているわけだから。

 正直これは、参る。

 隣の女侍従も参っている。

 そして元凶である少女が最極いちばん、参った様子ときたものだ。


 もはやこんなものは、疑問祭り。

 疑問が疑問の国から疑問符をばらきに来た、そんなようなありさまではないか。


 もう不理だめだ。

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