9.目的・中 ゠ 実態と洞察の話

 そんな私を他所よそに、少女は話を続けるが。


「とにかくそういうわけで、天使がここに居ても、特に不思議は無いんです。貴女あなたもあの門をくぐって、ここに来たんですよ」


「あの門? どこの事だ?」


 魔界への門をくぐった記憶は、無い。

 だからそう言ったのだが、少女のほうは少女のほうで、どうして自分の言葉が私へ通じなかったのかが、わからなかったらしい。

 ちょっとだけ詰まったあと、このように補足した。


「いえ、ですから。貴女あなたが侵入をして、私がその待ち伏せをした、あの門ですよ」


「ん、なんだ。あれはとりでではかったのか」


 それでいろいろ氷解する。


 魔界への門がったのなら、それはもう兵も物資も運び放題だ。

 退路だって、無かったわけではかった。

 門の抜けた側に兵が詰めているなら、ちょっとぐらい突破を許したところで、ほどの影響もやはり無い。

 つまり配置されたしょうへいも、ただ単にしょうかいだけを果たせていればいいわけで、ゆえに警鐘が鳴ったあとも、侵入を許したあとも、現場の状況は大きく変化しなかった。

 もちろん、攻め込まれたら困る拠点であるには違いないから、郭壁自体は強固にこしらえたし、軽々しく越えようとくわだてさせないために、しょうかいの密も高きに保った。


 そういう事だったようだ。

 門の人界側に、主力の兵を待機させないのだって、門の性質を考えたらば当たり前。

 跳躍の効果がおよぶ範囲には限りがあるし、かつ待ち時間も発生するから、一度に跳躍できる人数も、どうしても限られる。

 だったらそんなもの、跳躍先に待機させている大勢で、跳躍してきた少数を押しつつんで迎撃したほうが、断然有利に決まっていた。

 逆に、人界側で待機させてしまうと、相手に攻め込まれて形勢不利となったとき、しり退くも応援をぶもままらないわけだ。


 だいたい、要害として既によく機能しているはずの森のなか、そこにけんろうとりでこしらえる利点。

 つまりその動機が、考えてみればもそも薄かった。

 なんたる節穴、伝聞のうえでとりでと聞かされていたとはいえ、どうしてそこへ思い至らなかったのか。

 そう言われればまでなのだが、しかし魔界への門というのが、まず身近なものでなく。

 だいいち新たな門というのがまず、そうそう発見されたものではいのだ。

 あのように一帯を、建物として覆ってしまうような事だって、もそも珍しいもの。

 魔界へ入れないはずの味方がとじこめられている、その可能性も念頭にった。

 いやもう、知らぬとはくも非拠あかしでなしに惑わさるるものか、もうてんといえばもうてんだったわけだ。

 これはられた。


 少女のほうもとくしんしたようで、なにやらうなづいている。


「ああ……とりでだって思われてたんですね。あれって割と最近に見つかって、しかも出た先が前線のすぐ近くだったもんですから、かなり慌てて防壁を築いたやつなんですけどね。確かに攻められ方に、違和感はったんですよ」


「違和感?」


「はい。門だってわかってるなら、見えない大軍を警戒してもっと、陣を下げるでしょうし。もし、門をくぐれるってことも知ってたなら逆に、なにがなんでも壁を越えようって、れつに迫ってくるはずですけど。だのにただたすら、外側からりじり苦しめつづけるだけのような」


「ああ、なるほどな」


「はい。そんな感じだったんですけど、納得しました。……えっと、でもまあがに、ちょっと予想外でしたね」


「うん?」


貴女あなたですよ。あの防壁を、越えてくれたらしいじゃあないですか。あんな、うそみたいに高くしたのに」


「ああ。越えたな」


「ろくに手掛かりも無いような壁ですよ? 心折れてもらうつもりで設計したのに、まさか胆気がっつり登られるなんて思いもしませんでしたよ。ほかのわなだって伏兵だって、ちぎっては投げるみたいにやぶってくれちゃいますし……」


「ああ。やぶったな」


「あの裏門の手前だって、ほりに落とせるようにしてあったのに訓練が追いついてなくって、そのせいで素通りされちゃいましたし……ああもう……」


「……」


 すこし、冷やりとする。

 確かに門という、立派な退路がある以上はあのとびらが使えなくなっても、問題は無いわけだが。

 地続きのように見えたあそこに、まさかそんなけがったとは。


 そのせんりつが表に出ないように、私は取りつくろって言う。


「まあ、意表をけたようでなによりだ」


「もぉー……かんべんしてくださいよ、夜も眠れませんよ……」


 心底参ったとばかりに悲痛な声をげ、目いっぱいのしぶがおちぢまる少女。


 あれ、いや。

 なんだこれは。

 一転、見ていて非常にかいなんだが。


 まああの壁、つまり越えられないための壁なのだから、目立った手掛かりなどすべてっきょ済みのはずだ。

 どうにかけるだけのつばくみが必要なぶん続いてくれる、などという保証はどこにも無く、運勝負とえる部分は少なからず有った。

 継ぎに困り、不確かな突起を足に掛けてしまったせいで、滑り落ちそうになったりもしたものである。


 それでも、種を明かしてしまえば天使の場合、高所から転落しても理力によりて翼をることで、どうにかなん着地へち込むことがきなくはい。

 実際私は、郭の内側へ入り込むために、そのようにた。

 もっとも理力は、特に冷静さを欠いているような場合には、その発現を失敗しやすい傾向にもまた有る。

 急場であればあるほど、それにたよるわけにも行かないのだ。

 まあ私の場合、発現にくじるなど、露ほどにも考えやしなかったわけだが。

 その点では我ながら、くもるものだと思わないでもい。


 妙なところで優越感に浸れたものだが、ふとここで私は、自分の落ち度に気が至る。


「ん? これは拙了しまった、な」


「どうしました?」


「こちら側があれをとりでだととらえていた事を、お前に教えてしまった」


 まあちついて考えるなら、こんな告白はする必要性がぜんぜん無いのだが、これに対し少女は、至ってのんな反応をしめした。


「あ……はい、そうですね。そういう事にはまあ、なりますけど」


「なんだ。お前もわかっていなかったのか」


「いえまあ、それでこちらの対応が変わる、ってわけでもいですし。気にしなくていいんじゃあないですか?」


「と、お前に言われてもな」


「いえ、だいいち貴女あなたが言った事なんて、そんなの……」


「何だ?」


 ここで少女が、こちらへ顔を寄せ。

 その笑みもうち消しては、真剣そのものの表情を作り。

 その身までをも、低く乗り出して。

 まるで密談でも始めるかのように、声を潜めて言ったものである。


「……黙ってればわかりませんよ?」


 んまりすぎる言葉に、すこし吹き出してしまった。


「お前もかなか、大概だな」


「ふふ。指摘も無いのにざわざ申告してくる貴女あなたも、大概ですよ」


「何を言う。失礼な」


「え。私だけそれを言われるんですか」


「そうだ。なにしろお前は、魔王だからな」


「まあ。失礼な」


 ──ふっ。

 ──ふふっ。


 思い掛けず、益体もない冗談へと発展し、笑い合う。

 そういった感じにごみはしたが、ちょっと疑問に思うところも出てきていたので、たづねてみた。


「しかし、な」


「はい?」


「待ち伏せ、とは? 私があそこへ来ることが、わかっていたのか?」


「さすがにそんな事は。ただ、貴女あなたそくしたら、ただちに私へしらせるはずには、てあったんですよ。それで今度は私のすぐ行ける場所だったから、迎え出にいったんです」


「つまり、あのとき鳴っていた警鐘は特別な合図だった、というわけか。しかしざわざ、どうしてだ?」


 私のその言葉に少女は、固まるような様子を一瞬見せた。


「それは……あれですよ。他の者じゃあちょっと対処が難しそう、って思いましたし。あとはそうですね……私が、貴女あなたの顔をいち早く見たかった、っていうのもります」


「ふむ。顔が見たかった」


「まあ貴女あなたかなか、はしつかませてくれませんでしたけどね」


「まあな」


 今どこか、少女がなにやら言いよどんだ気が、したものだが。

 しかしそれでも、うそを言われたような感触は、無い。

 まあ難敵と思うような相手ならば、その顔くらい見てやりたくなる事も、有るだろう。

 という事であれば、ついこの前にアンディレアと肩を並べた、あの戦場。

 その直前にせっこうを買って出ていた私を、迎えたあの者らもつまりは、この少女のめいによる者らだった、という事だろうか。


 いや、それならそれで、かんべんしてほしかったのはこちらのほうだ、とは思わないでもい。

 どうしてあそこへ、私が来ると予想できた。

 可愛い顔して、かなかおそろしい奴である。


 とはいえ、行く手をはばむその彼らを、この手に掛けてしまった手前。

 まづくなるのがわかりきっているから、話には出せない。

 むしろ、いま少女があたりを濁らせた理由こそ、これなのかもしれなかった。

 折角ここまでごやかに話をしてきたのだからと、私はさっとこの件を忘れることにする。


 ただ、少女のそれはこちらを恨みに思って、という系統のかげりでは、どうもなさそうだ。

 だとするとこの少女、つまりかなかのお人しだったりするのであろうか。


 いよいよ魔王らしからない。

 そんな事を考えながら、次の質問へ移った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る