9.目的 ゠ 知らぬは人をどれだけ惑わすか

9.目的・前 ゠ 様式と聖域の話

 そして私はぜんとさせられる。


「ここです」


 もうしばらく少女と連れ立って歩けば、食堂らしきへやへと到着はした。

 しかし……やや広目のそのには、十にんが囲めるほどの長机が置かれ。

 その上には汚れひとつ無い、白のたくけられ。

 その両端には、一脚ずつもたれつきのが置かれ。

 その中央には火のともされた、しょくだいが置かれ。


 それだけだったのだ。

 ほかに物はこれといって何も無く、そしてだれも居ない。

 とりあえず食堂に見えはするものの、ちょっとこれは王たる者にわしいそれとは思えなかった。


 そんなへやの、奥にるほうのへ少女は向かい、腰掛ける。


「準備はまだみたいですけど、どうぞ」


「あ、ああ」


 まあ、立っていてもかたが無い。

 勧められるままに、少女のかいのへと腰掛けた。


 それで少女はわりと笑ったが、不意にその笑みを引っ込め、不思議そうな表情を浮かべた。

 なにやら腕組みしつつ、ろころ首をかしげている。


「どうした?」


「つい普段どおり座っちゃいましたけど……話をするには遠いと思いませんか?」


「王の食卓とは、こういう物ではないのか?」


 そう、これも作法同様。

 すべてのようしきにはかっこうけとじょうに、然様そうゆうものかならそんざいる。

 この食卓の長きだって、まず食事中とは気がゆるみがちで、口も滑りやすくなるもの。

 万が一その運びを悪くして、襲い掛かられでもしたらふつうに危ないから、不用意に他者を近づけることがきない。

 そんな理由が、有ったりするわけだ。

 これはただ危険をかいするだけでなく、遂行が難しい状況を作ることで、決行をねさせる効果もまた有った。


 身分の高い者ほど、こういった事は当然のわきまえでもあったはず。

 ところがこの少女はそのあたり、自分を下すことのできる者などそうそうるか、とでも考えての事か。

 それとも、あえて距離を縮めることで相手のかいじゅうを図る、そんな魂胆でもったりするか。

 なんにしても、そんな事にはお構いなしであるらしく、こう返してきたものである。


「そうなんですけど、これじゃあしゃべりにくいです。わきに移動しましょう」


「ふむ」


 まあ断わる理由は無い。


 ──ガシッ、ガタン。ズッ。


 ふたりしてを運び、しょくだいかたわらにちつく。

 そうして顔をかい合わせれば、少女はふたたびわりと笑い、今度こそその微笑は崩れなかった。


「話が途切れちゃいましたけど、きたい事はもう無いんですか?」


「む。いやまだ、いくつかる。しかし、その前にな」


「なんでしょう?」


 私は周囲をかるくまわし、言う。


「質素な食堂だな?」


 その私の質問に少女は、その目で真っすぐこちらを見て、答える。


「食堂は食事をするだけの場所です。必要な物もそんなに無いですよ」


「しかし召使いの一人くらいは、控えていてもよさそうなものだが」


むだでしょう。ここに待機させてても仕事は無いですし、する事はほかに幾らでも有ります」


「ふむ」


 そういえばこの少女、医務室へ来た時も、びにいった女医務官をそのままともなっていたのみ。

 ここへ向かう時だって、他にだれしたがえていなかった。

 すれちがったのがあの女侍従一名だけ、というところを見ても、これはむだてってい的に排除している、という事か。

 なるほどそれも、合理的で良いのかもしれないが、今のようにだれかと会食する場合では、ちょっと不用心なようにも思われる。

 そうでなくとも、ふと用事が出来たときなど、不便が有ったりはしないものか。


 やはり、王様らしからない。

 まあそこは考えてもわからないし、そういう主義なのだろう、と勝手に結論づけて、話を聞くことにした。


「ここは魔王城。そうだな?」


「はい」


「つまり、魔界?」


「そうですよ」


「だが、神属の者は入れなかったはずだ」


「入れないらしいですね」


「それなら私は、どうしてここに居る?」


きょうの剣」


「うん?」


「天使は、理力を使える以外、人族と変わるところは無い。そうですよね?」


「ああまあ、そうだな」


「魔族もそうなんですよ。魔力を使える以外、人族と変わるところは無いんです」


「ほう」


「そして魔族もやっぱり、天界に入ることはきるみたいなんですよね」


「そうなのか?」


「はい。だったらつまり、天使は理力を持たされた人。魔族は魔力を持たされた人。なわちいずれも、神属でも魔属でもい、人族って事ですよ」


 ……。


 な事を聞く。


「天使が、魔族が、人族?」


「ほぼ私の直観ですけど、でも十中八九、間違いないと思いますよ。実際、それを裏づけるようにどの組み合わせでも、子供が生まれますし。だから魔族、天使ってうよりも、魔人、天人って呼んだほうがわしい。そう私は考えますね」


「どういう、事だ?」


 そんな言葉を、おもわず口にいた。

 確かに、いずれの間にも子は出来る、というのは本当の事なのだが。


 天使が誕生するのは、天使と天使の間だけ。

 魔族が誕生するのは、魔族と魔族の間だけ。


 これ以外の組み合わせではかならず、理力も魔力も持たない人族となるのだ。

 子とは両親の特徴を引き継ぐはずのものなのに、混じってしまえば理力も魔力も継承されない。

 その事実をもって、天使や魔族は特別な存在なのだ、と考えられるのが普通だった。


「さあ、どういう事でしょうね。ただ……」


「ただ?」


 そう続けた少女は、しかしここで表情をすこし曇らせる。


「私自身は他のみんなと違って、人族とは別物みたいなんですよ。わかると思いますけど、私のからだは人族のそれと、ちょっと出来が違うみたいですし」


「ああ。遠慮なしに言ってしまえば、怪力だったな」


「それから私以外だと、どんなに魔力をめ込んでも、髪からあふれ出たりはしないんですよ。私ほど強い魔力を持つ者は、皆無なんです」


「ふむ」


 独りぼっ、という事か……。


「本当にお前ひとり、だけなのか?」


「そうみたいですね」


「……」


 どんなものだろうか。

 大勢に囲まれつつ、自分ひとりだけが異質な存在である気分は。

 あるいは、さびしくもあるだろう。

 それならおのが出自をのろってしまう事も、るかもしれない、か……。


 まあそこは、きょうの理力やら何やらの事もあり、私の理解の及ばない話でもかった。

 そんなふうに、ほんの少しだけ親近感を感じる私へ、しかし少女はつづけてとんもないことを言いはなったのである。


「それに私も実は、天界への門をくぐろうとしたことが前に、有ったんですよ」


「なに?」


「でも私だけ、通り抜けれなかったんですよね。魔界側も天界側もんなじで、その場に居続けると跳躍するみたいですけど、私だけどんなに居続けても、跳躍しなくって。複数でいっしょだと時間差はみられますけど、私だけはずっと、取り残されちゃって。だから私だけは多分、本物の魔属なんだって思いますよ」


 首をかしげ、にも不思議そうな顔をしつつ、語る少女。

 その言葉に私は、憂慮をおぼる。


「天界への、門? 部下はくぐった、と、言うのか?」


「はい。ずいぶん前に、エトセスタ地方を攻略したときの視察中に、またま見つけたんです。あれはかなか、悔しい思いをしましたね」


 腕組みを交え、少女は残念そうに答えたものである。


 いや、そんなのんな話ではい。

 確かにこれまでの歴史上、天使の手のとどかぬ魔界にでもとじこもられたらば、魔族の根絶など至難だったのではないか。

 通例そこへ入れるとれる人族らが、そこまでの力を持ったとは考えづらいから、そんな疑問も当然にった。

 少女の話が事実なら、つまり以前の天使らはとくに障害なく、ふつうに魔族らを討って果たしたのだ、との解釈はきよう。

 ただその場合でも、天使らもまた魔界へ入ることがきる、その点の伝わっておらぬはなにゆえか、との疑問は残る。

 詳しい事は、やはりわからない。


 なんにしても、これは……それはなはだ、まづい事態なのでは、なかろうか。

 魔族らもまた天界へ侵入しうるとすると、魔王ひとりだけは通過できなくとも、そこから勢力を一気に投入されてしまえば……いや。

 結局は天界も、人界と同様の世界だ。

 仮に魔族に、天界すべてをられたとしても、そのまま天使陣営の万事までが休するような事は無い、とは言えてしまう。


 まあ聖域などとよばれる、にも御大層な領域も、無いではい。

 私も含め、ほとんどの者にはここへ立ち入った経験が無く、したがってそこに何がるのかも、とんど知られてはいなかった。

 それでも初代魔王、その閉眼以前には、そんな領域など存在しなかったと聞く。

 流れ的に、おそらくはその魔王か、それを討ち取った勇者、これらを記念としてまつっているのだろう。

 要はまたもや例によって、天使の勝手にしつらえられたもの、というわけだ。

 それならやはり、きっと無くても困るまい。


 かといって単純に、自陣をっそりと持っていかれてしまうのは、どう考えてもいただけなかろう。

 そも、侵入果たされてしまうのであれば、安全地帯とばかりに気を抜くことが許されなくなる。

 もちろん魔族がくぐれる前提など無くとも、封鎖されてしまえばはなはだしく痛手だから、天界への門は現状においても、厳重な警備がされてはいた。

 しかしほかに、こちら陣営に認識されない門などったとしたなら、その厳戒は何も意味を成さない。


 した私の表情を読み取ったのか、少女は手をらひらさせながら笑う。


「ふふ。貴女あなたが考えてるような事は、無いですよ」


「む?」


「ちょっと様子をうかがわせるだけで、おしまいになっちゃったんですよ。見つけたその時の視察班には、急場ごしらえで戦略に組めるような人材がりませんでしたし。神族に気づかれたからなのかどうかは知りませんけど、その後すぐに消失しちゃいましたし」


「そう、なのか」


 もともと自然に存在しているものである以上、どうして門が消失したのかは、私にもわからないが。

 とりあえず内心で、胸をで下ろす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る