8.魔城・後 ゠ 気質と豪奢の話

 まあ別に、名前くらい教えてやってもいい、とは思うが。

 ただ、少女のその髪からまた、こうりんきらこぼるのが見えたものだから、まずそれが気になってしまった。


「その髪の毛は、何だ? どうして光る?」


「……これですか」


 ──サラリ……。


 少女は自分の髪に手をさすと、払った。

 光のつぶが飛び散る。

 その様子はがら、おとぎばなしようせいのようでもあった。


「蒸発した魔力ですよ」


「ほう、魔力とな」


「ええ。なにぶん私は魔王なもので、どうもむだいてくるみたいで。私は魔術をつかうのを控えてますし、余った分がこうして勝手に、あふれ出ちゃうみたいなんですよね」


「うん? 魔術を使うのを、控えている?」


 そういえばこの少女、剣での勝負をけてきていた。

 それが行かん、とまでは別に言わないが、しかしそれは戦士のすることであり、ある意味魔王らしくない。


「何のためにそんな事を? 魔王が魔術を使わなくてどうするんだ」


 そんな私の疑問に対する、少女の反応がこうである。


「それです。そもそも不本意なんですよ」


「不本意?」


「はい。貴女あなたならどうですか?」


「どう、とは?」


 少女が立ち止まり、こちらを向いたその目が、私の目を射抜いた。

 その深いひとみにすこし、きりと私はさせられる。


「ある日生まれ落ちて、はいなたは魔王です、だなんて決められてしまう。それを裏づけるように、強大な魔力まで持ち合わせてしまう。どう思いますか? さいわと乗り気になって、世界征服でも始めますか?」


「……」


 その言葉が頭にみ込んでくるまで、少々時間が掛かった。


 ……この少女は、もしかして。

 自分の力を、血を、運命を、憎んでいる?

 だからその力を使うことも、控えている……?


「確かに、そんな力を持っていたとしても、そんな事には私も興味を持ったりしないだろうが、な」


 そんなふうにあいづちを、ってはみたが。


 たとえば動物たちなら、持てる力をみだりにふるってまわるような粧得まねは、めっにしない。

 多くにとって脅威となるつめきばをそなえたきんじゅうだろうが、きょたいの牛をも一撃でたおせる毒をもったかつだろうが、みに行動を起こしたら不利益のほうが多いからだ。

 そもそも身体や、その生成物を武器として用いる以上、当然に痛みやしょうもうともなうのだから、まず値段が高い。

 また、何かをめても保存が利かないから、消費の追いつかない投資はとんどむだになる。

 そして、危害ふりまわしい存在と認められたなら、がいや排除へと気運がかたむく。

 まったく不都合だらけなのである。

 ばしば警戒されがちな、さつりく本能とよべるようなものを、実は彼らは持ち得ないわけだ。


 が、しかし。

 人の手肩や足腰とは、とても器用に利くものであり、さほどしょうもうともなわない武具での攻撃を、それにより可能とする。

 あわせて知恵もまた持つもので、行く先の危機管理に対し、多少の計画が可能だ。

 それゆえ、行動原理が動物らとは一線をかくし、備えに必要と判断したならば、その時点では不要なことでもてのける。

 将来にて害をすかもしれないと判断したなら、被害の実績が無かろうとも、実は無害であろうとも、退治防除を働くのだ。

 そして不要な事というなら、将来にわたっても不要とおぼしき領分に至るまで、娯楽としてきょうじゅできると判断したらば計画的にり組み、たしなむものですらあった。

 そういうわけで私は、もっとけんきわまりそんざいすなわけいかくせいそんざい、とのけつを導くものである。


 無論、その筆頭は人らにほかならないわけだが、して魔族とよばれる存在。

 あまつさえこの少女に至っては、そのおさなのだ。

 だったらば、生まれ着いてのざんにんさ、じゃいんしょうへきと呼べるようなものを、持ち合わせはしないものか。

 暴虐と闘争を追い求め、非道というものをたのしんだりは、しないものなのだろうか。


 たしかに魔族とは、交流など持てるはずも無かった。

 したがって、その気質についても風俗についても、実はあまりよく知られていない。

 それでもこれは、見るかぎり天使とも人族とも、そう変わった所が無いように思えた。

 もちろん私としては、歴代の魔族など直接的には知りやしないから、これが普通の魔王とえるかどうかも、判断しかねる。

 とはいえ平和主義者のそれなど、紫の理力とおなじく前例が無いわけだから、やはり標準的ではいのかもしれない。


 だから今後、どんないっぱん的な事柄が飛び出してくるかも予想がつかない、と言えばまあそうだろう。

 しかし、ついさっき飛び出してきた、不本意という言葉。

 これがもそも、命のやり取りの場幕をずから明かしている事実と、衝突するように思う。


「それなら、いまっている戦争の目的は、何なんだ? それこそ、世界征服ではないのか?」


 その質問に少女はいったん黙ると、視線をはずし、ふたたび前を向く。

 足を進めながら答えた。


「そうですね。世界征服とえばまあ、世界征服です」


「不本意ながらっていると言うのか」


「いえ、私の意思でると決めました。不本意ってことは無いですよ」


「……」


 言っている事がよくわからない。


 おもわずさじ投げそうになってしまったが、それでもここは、どうしても聞いておかねばならない所であろう。

 なんとか気を取り直し、くよくわかるようにかねば、とは思ったものの。

 しかし一体、これは何をどこから、どうたづねたものか。

 考えあぐねてしまい、結果としてこの場での会話は、終了してしまった。


 ──カツ、カツ。カツ、カツ。


 ふたり連れ歩く、その廊下。

 片側は、平らでない壁が途切れず続いていて、玄武岩とおぼしきそれは、天然のいわはだそのままのてい

 やや無骨ないんしょうを受けはするものの、一定のかしさもまた感じられる。

 それに似合って、ずいどうのなかであるかのように湿っとりとした空気がその場を泳ぎ、歩くこちらの身をやんわりくるむ。

 岩壁の反対側にはおおきながらすまどが並んでいて、それを区切れさせるように柱、何かのへや、そこへの入口となるとびらなどが点在する。


 この、の敷地を壁で区切ってを成すでなく、個々のへやを廊下から外へ向かってり出させるかたちの建造は、実物にあまり例を見ない。

 ただ、そういう構造になっていれば、いずれのへやにおいてでも三面から、外の明かりを取り込むことがきる。

 へやの明るさこそ、そこで暮らす者のあかるさに直結するものだから、優雅な生活を夢見る者らはこぞって、これをえらびたがった。


 もちろんこんな建て方では、それだけ外壁面積が増えてしまい、必要な建材も工数もかさむだろう。

 あわせ、土地の有効活用などきたものではいから、実現できるのはきわめてゆうふくな者に限られる。

 その窓に使われているがらすいたひとつとっても、大きさは人のたけを優に超え、形状としてもひづまず平滑、かつ真っ透明で、ほうも含まない。

 こうもおそろしく精巧な出来栄えの代物など、それなりに蓄えが無ければあがなえないだろう。

 そこは、魔の物とはいえさすがは王か、つけてくれる。

 ただ全体としては、魔城とのことばからうけるいんしょうとは異なり、特におどろおどろしいような感じはしなかった。

 ごうしゃさは飛び抜けているものの、ふつうに有る普通の城、といったところだ。


 広い窓はみな閉じられており、外のにおいや風など感じることはきない。

 開く構造には出来ている様子だから、単にいましゃへいしているだけなのだろうが、しかし季節は夏だ。

 あまあ暑いし、一般にも換気がよくされる時候である。

 なのにこう閉じきっているとしたなら、それはこのいわはだままの造りのこと。

 夏季とは、気温よりも地温のほうが低いものであり、つまり外気を取り入れるよりはこちらのほうが、多少すずしいのかもしれない。


 その窓を通してでも、外はよいよ暗くなってきており、その様子はよくうかがえなくなった。

 それでも廊下の壁には、すでにあかしけられていたから、歩くに不都合は無い。

 明かりに照らされた床は、つやつやしく油でよくみがかれたかしりで、木底のくつをつくたびに、小気味よい音が響く。


 ──カツ、カツ。カツ、カツ。


 その足音が増したかと思うと、行く先からだれか人が、こちらへってくるのが見えた。

 白布を基調に、いっきくの遊びを含めつつも動きやすそうなあしらいの、侍従のように見えるよそおいをした、一人の女。

 なにやらその腕に、書類の束のような物が抱えられてもいる。

 やがて接近すれば、立ち止まってしゃくをし、そんな女侍従へ少女はかるく手を振るが、すれちがいざまその彼女は、こりと告げた。


「よかったですわね、キュラテ様」


「……言わないでください、ルワリン」


 少女がやや、弱ったような顔をして言い返した。


 そうして通り過ぎれば、女侍従はつんけんとした空気をき散らしつつ、とおかっていく。


「よかった?」


「……何でもないですよ」


 そのくるくるとした目は伏せがちに、その上のまゆは寄せられ。

 どうやら困惑のてい、といった感じだ。

 これで何でもないという事は、無いだろうが……それにしても。


 さきほどはああして笑い。

 今はこうして曇り。


 その豊かな表情はどう見ても、そのへんに当たり前に存在する、普通の少女のそれである。

 これが魔王だという話にはやはり、無理をふっしょくしきれない。


 ……どうしたものかな。


 私はこの少女に対する態度を、やや決めかねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る