8.魔城・中 ゠ 待遇と名前の話

「はいです〜。自分で着れますか〜?」


「ん、ああ、大丈夫だ」


 ともあれ、にまにまがおになった女たちは、らかじめ用意していたらしい短衣と、木底に牛革でしつらえたくつを、こちらへ差し出した。

 差し出されたからには、今は私も丸裸であり、受け取らない理由は無い。

 だから私はそれを身につけた……のだが、これもこれで一体、どうしたことだろうか。


 飾りはほどあしらわれず、一見するに簡素な短衣だが、まさか私だからとざわざあつらえたのか、その生地は鮮やかなきょう色に染まり。

 それも、合わせの縫い目がことごとくけられ、素材としてもまよいなき絹織りの、ごく上等のもの。

 感触もらりとすずしく、夏の暑さをやり過ごすに持ってこいとは言えた。

 しかし絹はもそも、産量が少なくておいれと手に入れれたものではなく、ぜいたく品の部類に入る代物だったはずだ。

 くわえて、服の要所に取りつけられているぼたん、これがどう見ても銀である。

 そのみやびな光沢は、衣の紫色によくえたが、しかしそれがしょみんの服ならばかいがらか獣骨、あるいは木片のぼたんがせいぜい。

 もしくはぼたんもなしに、おびひもくくってすまされる場合も多いだろう。


 くつもそうだ。

 足全体をおおわずかわひもが主体で、これまた銀のぼたんでそれを留めるかたちになっている。

 通気性抜群の完全夏仕様であり、しかしやさしい起毛綿でていねいに裏打ちされて、足を傷めないようにも出来た親切設計だ。

 だとはいえ元来、このくつというものは外出時に、土砂やすいでいじんかいわいなどのぶつせきがんぼくそうねつや氷雪などの障害。

 それらから足を保護するための物なのであって、反しこのように足が盛大に露出するくつとはつまり、屋外での着用を想定していないもの、という事になる。

 要するにこれも、ぜいたく品だ。


 ──フサッ。シュ、シュ。


 はて、これがりょにあたえる、服とくつだろうか。

 身に着けつつも、そう首をかしげざるを得なかった。


「キュラ〜、済〜みましたよ〜」


「……そうですか」


 言われて少女はっくり、こちらを振り向く。

 その顔は、にわかに着飾ったこちらをよくながめてはいるが、はにんだような表情はそこから、かなか消えなかった。


 これが魔王か。


「改めて、きょうの剣。具合はどうですか?」


「悪くはい。それよりいろいろ、きたいことがるんだが」


「立って歩けますか? 今、食事を用意させてますから、話は食堂で」


 言われて、空腹を感じた。


 それにしても、しょくを出してくれるのは有りがたいし、すでに短衣とくつが与えられているのもそうだが、かなり理解に苦しむ。

 これが天使軍に捕らえられた魔族と言うなら、の手当てもなおりに、粗略てきとうなわへとつながれるだけだ。

 もしくはその場で処刑と称し、殺害されることも多い。

 あるいは、男であるなら男であるなりの、女であるなら女であるなりの、使えきのされ方もすることだろう。

 それが魔王軍に捕らえられた天使と言うなら、もっと非道ひどい待遇をうけても畸怪おかしくないはず、なの、だが。


「まだ無理しないでくださいね〜」


「また何か有ったら〜、すぐ来てくださいね〜」


「いつでも待ってますよ〜、須的ぜったいですよ〜」


 いやその、またとか須的ぜったいとかは、どういう意味なのか。

 よも、ふたたびられろという事ではあるまいな。


 それも含めた数々の疑問は解消しないまま、白い女たちに見送られつ、小さな少女に連れられつ、医務室を後にする事になったものである。


 さて、はて。


 ──カツ、カツ。カツ、カツ。


 ふたり供立って歩くが、しばしして廊下を先導するその少女から、なにやら謝罪をとりあえず受けたりした。


「あ、あの」


「うん?」


「その、乱暴しちゃってごめんなさい。本当は適当なところで、投降してもらおうっておもってたんですよ」


「とうこう?」


「はい。でも貴女あなたが、っくりするくらい強くって。私もけっこうがんったんですけど、とてもそんな呼び掛けしてるゆうとか無くって。剣まで折られちゃいましたし、ああするしか手が無いって思ったんですよ」


「それは、どう受け止めたらいいのか、よくわからないがな。こちらはこちらで、お前に手加減をされつつ遊ばれているのかと、かなりみじめな思いをしたんだぞ」


「あ……それは、失礼しました。ごめんなさい、そんなつもりじゃあかったんです」


 あわててびをいれる魔王。

 本当、妙なくらい素直である。


 余談としてはこの少女、あやつる剣のさばきもまた、素直なものであった。

 武をたしなまない者にはあまり想像がつかないかもしれないが、実はその武器のあやつられ方をただ見るだけで、その成熟度はもちろんのこと。

 くわえてたい調ちょうや気分、性格ないし素性までを察したり、場合によってはその時点での考えや思想までをも、読み取ることがきる。

 つまりだれってたいるとは、ままかいまでもがせいりつもの、という事だ。

 会話である以上はまあ、うそをつく余地も無いではいが、それはまた別の話。


 その武器のなかでも剣こそが、っともよく会話をきる武器だ、という感触を私は持っていた。

 まあそれすらも好み、相性、あるいは考え方の問題なのかもしれず、これを気のせいだ迷信だと、っそ言いてる者も多い。

 それでも、少なくとも私はそうだったし、この考えに触発されたアンディレアもそうで、私らが剣を主に取るのはこれが理由だった。

 そうして会話をして、これよりほふらんとする敵にも当然ながらに命はあり、人格もあり、感情がおもいが存在すると。

 これを認める事こそが、その相手に対するめてもの敬意、その結果に対するめてものあがないなのだと、そう考えるわけだ。


 そして大まかに、この少女からは今、その剣さばきと同様のいんしょうを受けているものである。

 素直である事のみならず、自らのくり出す一手々々について、どうですか、どうですかと、確認をちいち入れてくるていでもあった。

 魔王とも呼ばれるような者が、そんなような人物だというのもやや、珍妙な話である気はした。


「まあ、敵同士だからな。そんなことが失礼に当たるかは知らないが、そういえば私は失礼どころか、ていちょうあつかわれているな?」


「そうですね。貴女あなたは随分と活躍してくれましたし、いろいろと声もった……っていうか好意的じゃあない声しか無かったんですけど、私の一存で客人として滞在してもらう事になりました」


「なぜだ?」


「……」


 少女はちょっと黙り、ややってから首をかしげてこちらを見ると、ほほんでみせた。


「言う義理も無いと思いませんか?」


 まあそれは、そうかもしれない。


 ただそのほほみの直前に、少女がらりこぼした、ちょっと引きったような表情。

 これを私は見逃さなかった。

 どうやらそれは相当に、言いたくない理由であるらしい。


 しかしそんな事は、教えてくれないなら考えていてもかたが無い。

 話の続きをすることにした。


「だとしてもすこし、自由すぎないか? 見栄や虚勢を張るわけでもなく、私には理力が無くともこそこの腕が有る、と自負している。お前が相手ならともかく、ほかが相手だったらどうだろうか」


「はい。ですから私が常に、貴女あなたそばにいるのが条件です。もっとも私は忙しいですから、貴女あなたが私のそばに、ってったほうが適切なんですけどね」


「私がお前の、そばに?」


「ええ。そういうわけで、行動にだけは不自由させちゃいますけど、それ以外はちゃんとお客さんとしてあつかいますから。んまり構えないで居てもらえたら、って思います」


 はて、その目的やに。

 私を魔王にまとわして、いったい何になると言うのだろうか。

 まあまあ、あの女医務官らのげんなどをおもい返してみれば、この子はもしかして、と思わない線も無いではかったが。

 いやしかし、なあ。


 そうして私が首をかしげていると、少女のほうもたづねてきた。


「それより貴女あなたへ、真っ先にきたいことがったんですよ」


「何だ? 不利になることはしゃべらないぞ」


きょうの剣。貴女あなたの名前を教えてください」


 

 名前など既に、っきりと知られているものだと思っていたが。


 そんな事をちょっと考えながら、こんな事をちょっと言ってやる。


「名前を、じゅじゅつにでも使うつもりか? 不利益になることは言えないな」


「そんなじゅじゅつなんて無いですし、もし有ってもそんなことるつもり無いですよ。信用してください」


「魔王がそれを言うか」


「あ……そこをかれると、ちょっと弱いんですけど……」


 私に言われると、少女はしょんぼりとした様子でうなれて、なにやら身を揺らし、よくわからない言葉をもそ漏らし始める。


「……そうですか、教えてもらえませんか……ああ……いえ、名前なんてものはしょせん、単なる記号でしかなくて、識別さえきれば、用は足りるもので……すでにきょうの剣っていう通称を知ってる以上は、特に不都合も無くって……いえでも、なんというかそれって、あの、ええとあっと、やっぱりその、んっと……」


 いや、どういう反応だろうかこれは。

 おもしろくなってきてしまったが。


 これが魔王か。

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