8.魔城 ゠ 印象とは役に立つものか

8.魔城・前 ゠ 封印と魔王の話

 薬房くさいような空気が感じられた。


「あ〜、意識もどったみたい。報告してきて〜」


「了解〜、ディラエラ」


 気がついた直後、そんなやり取りが聴こえてくる。


 目を開けてまず、視界に映るは模様のない、白の天井。

 それはおそらくしっくい塗りとうより、無地の白い壁布を張りめぐらせたような具合だ。

 後頭部に、それほど柔らかくはないまくらが感じられ、からだは薄いかけで覆われている。

 どうやら、寝台に寝かされているらしい。


 すこし頭を動かし、右手わきれば、白い壁と、屋外のよくうかがえる大きながらすまどが、目に入る。

 窓のそとでは、夕暮れなのか朝焼けなのか、そらが朱に染まり。

 やや風が出ているようで、広葉の木々が枝を、られていた。

 目にうかがえるその木々の部位からすると、ここは二階あたりの高さにあるへや、だろうか。


 ふとれば、右手だけでなくあしもとのほう、つまり正面にも同様に窓がり、小物の並んだたな調ととのえられている。

 なんとなくへやの明るさ加減から、私のまくら側の壁にももう一つ、窓がりそうだ。

 ひとつのへやにこれだけ沢山、これだけ大きな窓を取りつけれるのはまあ、貧乏な所帯ではい。

 その窓に張られたがらすだって、むらもみられず透度も高い、極上等級と呼べるいっぴんのようだ。

 なんたるごうしゃ


 窓の反対側、左手わきれば、一様に長い髪を一様に白布で覆い、一様に白衣をまとった若い女が、三名ほど。

 いや、うち一名がたった今、その二名の後ろに見えるへやとびらを開けて、出ていった。


 残るふたりはへやのなかが薄暗くなったことから、あかしともす作業をしているようだ。

 つまり外のあけは、東雲しののめでないほうのそれであるらしい。

 それが済むと片方、ディラエラとよばれた女がこちらの様子をうかがいつつ、話し掛けてきた。


「気分はどうですか〜?」


 思考はにびしく、んやりとしている。

 私は一体、どうしたのだったか。


 ……そうだ。

 確か、ラノルディ地方へと向かい。

 西部師団第よん大隊の陣をたづねるも、門前払いをされ。

 その後リギシスと出会い、ともに魔王軍のとりでへと潜入し。

 突如あらわれた魔王キュラトーゼレネンティエーツェと、やいばを交え。


 敗れた。


 ……そうか、そうだったな。

 それもほぼ手も足も出ずの、完敗だったな。

 しかもおまけに、私のに対してこんせつていねいな、解説までをもけてくれた気がするな。

 やれ、散々だ。


 そういえばその、完膚も無いまでにられたはずの、自分のからだは今、どんなものか。

 そんな事が気になって、自らの利き手を眼前へと運び、ながめる。

 動かそうとすれば、変わらず私の言うことを、聞いてくれた。


「……」


 生きて、いるな……。


「殺さなかった、のか」


 おもわず漏れた私のつぶやきに、どこか抜けたような声とことばづかいで、白い女たちが応えた。


「え〜と〜、私たちはただの医務官で〜。むしろ〜、生かすのが仕事ですし〜」


「そ〜そ〜、難しい事とかわかりません〜。キュラもうじき〜、来ると思いますし〜。そ〜いう事は〜、あの人に直接いてもらえれば〜」


 ……キュラ

 何なんだその呼び方は。

 しかも、もうすぐ来るとはつまり、魔王きじきに訪巡みまいへくるとでも言うのか。


 なんにせよ、案の定と言えばそうなのであるが、この者たちはやはり魔王の手下、という事らしい。

 そんな彼女らから粗雑にあつかわれないのはまあ、有りがたい事ではあるが。


「それよりも〜、質問に答えてもらえると〜」


「質問?」


「だから〜、気分。どうですか〜?」


 そういえば、たづねられたな。


「気持ち悪かったり〜、頭痛かったりしませんか〜?」


「んん、ああ。特には」


「そうですか〜。悪くなったらすぐ言ってくださいね〜」


「キュラもね〜、思いっきりっちゃったって言ってたもんね〜」


かたなかったんだろうけどね〜、あれちょっとっついよね〜」


確然ぜったい苦しいよね〜、可哀そうだよね〜」


「だいたいそれって〜、あとで面倒るの私たちなんだよね〜」


まに大変な事になってるしね〜、仕事増やさないでほしいよね〜」


「でもでも〜、目〜覚めるの早かったよね〜」


「そうだよね〜、おおごとになってなくてよかったよね〜」


「普通ならね〜、一晩くらいじゃ復活できないのにね〜」


すごいよね〜、っくりだよね〜」


 いや。

 待て。

 なんだそれは。

 魔王にられたら、そんなに長いことこんすいするのか。

 むしろこちらがっくりだというか、まああきれたものである。


 ひどはなしを聞いてしまったが、それよりさきほど自分の手に、見知らぬものを見た。

 それについて、ちょっとたづねてみる。


「ところで、だな」


「はいはいなんです〜?」


「これは?」


 右手の甲に、なにやら紋様が黒く刻まれている。

 何を示す紋なのかは、その意匠からはまったく読み取れなかった。


「あ〜、それですか〜」


 まあ読み取れないというなら、この白い女たちもその表情は、どこかとぼけたようなていである。

 何を考えているか、そこからはいまいち判読できない。

 それでも私のその質問には、素直に応じてくれた。


「封印ですよ〜」


「ふう、いん?」


「そうです〜。理力、使えないですよ〜」


「城内で暴れられても困るしね〜、そ〜いう所はっちりしとかないとね〜」


 ……理力を、封じられた?


 まじと、手の甲の紋様を見る。

 こんな物で、理力は封じれるものなのか。

 疑わしかったが、しかし試しに何か粗略てきとうな形を浮かべてみるも、確かにそれは発現したりしなかった。


 封じることが、きるのか。

 これはやっかいなものだが……。


 それより今、城内と言ったか。


「ここは?」


「魔王城の〜、本宮第いち医務室ですよ〜」


「ここって実質〜、キュラの専用なんだけどね〜」


 魔王専用の医務室とな。

 れやれ、それはまた随分な場所へと、運び込まれたものだが……しかし。

 魔王城とうからには、そこは魔界なのではないだろうか。


「天使は、魔界には、入れないはずだ」


「入れますよ〜」


「なに?」


「現に貴女あなたは〜、ここに居るじゃないですか〜」


「それは、そうだが」


「難しい事とかわかんないですけど〜。天使さん沢山、居らっしゃいますよ〜」


「沢山、だと?」


 神属の者は魔界へ入れない。

 魔属の者は天界へ入れない。


 それが常識であり、つてまで神魔全面戦争へと至らなかった、理由のいつでもあったはずだ。

 いったい何が、どうなっているのか。

 なにやらめんような、越界を可能にする魔術でも存在するのか。


「それよりも〜。のどとかかわいてないです〜? お水飲みますか〜?」


「あ、ああ。そうだな」


「じゃ〜あ〜、ちょっと起き上がってみましょうか〜」


 ──スッ。


 白衣の女ふたりは寝台のりょうわきへまわると、背中を支えてくれた。

 助けられながら、徐々に起き上がる。

 ほんの少しだけ腹部ににぶみを感じるも、差しさわりのある程度ではいようだ。


「痛くないですか〜?」


「どうやら大丈夫そうだ」


「それはなにより〜」


「はいお水です〜。一人で飲めますか〜?」


「あ、ああ。ありがとう」


 差し出された白磁製のわんを受け取り、水差しから注いでもらうと、その水をっくり口のなかへ流し込んだ。


 ──コクッ。


 のどを通せば、それはたいないわたっていく。


 ああ、これは良い。

 月並みな表現をすれば、生き返るようだ。


 と、そう一杯干したところでへやの戸が、ガチャリ開く。

 顔を見せたのは、さきほどに出ていった白衣の女に加えて、もう一人。


きょうの剣! 具合はど……あっ、わっ」


 りゅうりょうぜんと澄んだ声で、言ったその人物は年端もゆかぬ、少女に見える人物。

 たけはまあお世辞にも、高いとは言えない。

 色白の、らりときゃしゃなその身を、飾らないものの夏にはよく似合う、しらあいうすぎぬが包む。

 長くて真っすぐな黒髪からは、不可思議にもにじ色にひかる粒が、流れ落ちていた。

 目に宿された、そのかっしょくひとみるくる大きく、いとけなさを残すも、端麗に整った顔。

 そこには今、なにやら慌てたような表情が浮かべられ、うろえながら閉めた戸のほうへるりと向くと、ぽつり告げた。


「き、あの……着る物を、着せてあげてください……」


 っと。

 確認がおろかになっていたが、私はどうも裸にかれていたらしい。

 もちろんそれは、手当てをする上での事ではあろうが、起き上がったせいでかけめくれ、乳房が露出していた。


「おやあ〜?」


「キュラ〜、おっぱい見て赤くなるほど初心うぶでしたかな〜?」


「女同士だし〜、こんなの見慣れてるよね〜?」


「……うるさいです。黙って仕事をしてください」


「あ〜、察し〜」


「え〜、うっそ〜?」


「そうなんだ〜、ふぅ〜ん?」


「……何を察したと言うんですか。怒りますよ」


「きゃ〜、こわい〜」


になっちゃって〜」


「か〜わい〜」


「……貴女あなたたち……」


 女三人がにわかにりあがり、少女は消え入りそうな声でぷるぷる肩を震わせているが、なんだろう。

 ここの君主は、配下からられているのだろうか。

 うにこと欠いて、魔王を可愛いとは。


 まあまあ、そのめんぼうが愛らしいという点については、同意せざるを得ない部分も無いではいものの……いや。

 もともとが、キュラトーゼレネンティエーツェなる長っらしい名前から、その人柄はおろか、性別からなにからいっさいの想像がきたものではかった。

 その辺りが全ての元凶、とは言えるかもしれない。


 そもそもこの少女は、本当に魔王なのか。

 いんしょうだけで考えては行けないのかもしれないが、魔王と言えばやはり男性。

 それも筋骨隆々のたくましい肉体と、いかしいようぼうそなえて見る者を圧倒し、その腹のうちも陰湿でこぶりくろく、不敵で大胆で勇ましいごうけつ

 そのような人物が想像される。

 いったいだれがこのように、らきられんんまりきゃしゃかつ、その反応も素直そうな少女を魔王などと、思うものか。


 もちろん、これが替え玉として用意された別のだれかだ、という可能性ならじゅうぶんを通り越して、おおいにる。

 その疑いはてきれないわけだが、しかし私一人をこうやってあざむいたところで、天使軍側になんら影響が出るわけでもい。

 だいいちこれは、似せ者としてはちょっともう、いろいろ欠格するというか、人物像がそれらしくさすぎる。


 だから逆に、いちからじゅうまでをうそだとは、疑って掛からなくともよいのかも、しれないのだがしかし、それでもしかし。

 きゃあきゃあとはやす女たちや、こちらもれずに後ろ姿でうち震えている少女を目に、こう私はくづく思ったものである。


 ……なんとなく、だまらかされている気がするな。

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