7.強襲・後 ゠ 苦戦と練達の話

 まづい。


 こうも手が出ないとなると、本当なら攻撃をもうあきらめて、盾を発現させたほうがよかった。

 正直な話、理力の発現物を出したり引っ込めたりするにも、結構な気力的しょうもうがあるのだが、危機にひんするならそうも言っていれない。

 しかし今は、そんなゆうすらも、どうやら無さそうだ。

 盾を発現する前にはいったん、いまる剣を消し去らねばならず、そのすきかれて敗北するのが、目に見えてしまうのである。


 打つ手が無かった。


「やあっ! いあっ!」


「ぐっ! はっ!」


 ──クァン! キイィン!


 どれだけけんげきが、続いただろうか。

 時間にしてはあるいは、それほどでもかったのかもしれない。

 しかし体感にしては、非常に長く感じたもの。

 私の気力たいりょくしょうもうもやがて、限界へと近づいてくる。


 ……られるかもしれない。

 いや、このまま続けば間違いなくそうなる。

 どうにか……どうにかならないのか!


 ──ドスン!


「うっ!」


 焦燥も高まり、よいよ追い込まれてきたところで、私の背中に何かがつかった。

 これにすこし、気を取られてしまう。

 少女はそのすきき、好機とばかり剣をおおきく振りかぶって強襲した。


「はああーっ!」


 ──カキイイィィイン!


「……えっ」


 ──ギィン、カランカランカラン。


 勢いに乗った、そのはずの少女はあっにとられた様子で、自分の得物をながめている。


「あら。まあ……」


 私がどうにか理力のやいばで受けた瞬間、その鉄剣は折れていた。


 理力による生成物は、はがねよりもつよい。

 そんな代物でできているやいばと今、激烈な力でもって、二百といわず打ち合ったのだ。

 ものくろがねもとうとう疲労でげた、というわけである。


 もっとも、本来ならこんな細腕の少女が、岩へかって千回たたきつけたところで、鉄の剣などそう折れたものではいはずだった。

 そも、千や二百どころか、三十のりすら無理のようにしかうかがえないが、それはもうここへきて、言う意味も無さそうだ。


 無我夢中に受けはしたが、今のは本当に危なかった。

 ぎょうこうぎょうこう、剣の折れるに助けられたと言っていい。


 ややゆうが生まれたので、らりと後ろをうかがえば、背中につかっていたのはこの建物の、木板でできた壁だった。

 どうやら少女の猛撃に押されて、少しずつ立ち位置が後退していたらしい。

 このたいかく差にかかわらず、ここまで押されるとは、なんという拙様ざまだ。


 さらにわきうかがえば、私の相方ももうひとりの襲撃者に、応戦している。

 そちらは、そこまでのれでもいようだったが、いや。

 これではへいがあり、リギシスがまず見込んだとおりに、半可でない身のこなしを見せていた。

 そんな彼を相手取って、互角に立ちまわるその相手もまた、それなりの使い手と評価できよう。

 つまり、私とやいばを交わした少女と比べてしまえば、やや見劣りが認められる、というだけであり、あなどれたところなどんにも無い。

 相方の少女にならうものか、その得物も鉄の剣であったわけだが、しかしリギシスはついいまがた……ああ拙了しまった。


「は! や! せあ!」


「くっ、つあっ、だあっ!」


 これは行けない、かなりの接近を許してしまった。

 聴こえてくるせいのみによってでも、せい優劣のいづりありと判別できる。


 ああまで詰められてしまえば、やりで有効に攻撃するのは難しい。

 やりの優越性とは、距離を取ったまま相手を寄せつけないところに有るもの。

 反し、至近距離ではその長さがあだとなり、非常に身動きがりづらくなるもので、つまりこのままでは相手の剣のどくせんじょうだ。

 だからリギシスもやりしまい、剣に切り替えるべきなのだが、まづいことにそれをおもいつかないのか。

 または私と同じように、持ち替えのすきいだせないのか。

 あるいは、ながものあつかいしか訓練しない天使は割と多くいるから、彼もまたやり以外の武器が、あやつれないのかもしれない。

 接近を許したまま、苦戦を強いられている。


 これは、あちらもこちらも状況は、お世辞にも良くない。

 むしろ、悪い。


 そのなかで、うかがえた様子のなかで、強いて悪くない部分を挙げるとするならば。

 それは私の相手であるはずの少女が、いまぼうぜんとしつづけている所だ。


きょうの、理力……ここまで、丈夫、なんですね……」


 少女はそんな、のんなことをゆうちょうつぶやきつつ、ほうけたようにその口も半開きにしつつ。

 役に立たなくなった自分の得物を、げしげとながめていたのである。


 ──カラン。


 それもやがて、おもむろに捨て去った。

 見れば少女も、呼吸をするのに両肩を動かしている。

 さすがにあれだけの動きをすれば、全くのゆうというわけには行かないらしい。

 そして今、少女は……折れた剣を手放した少女は、丸腰。

 なわち、私の剣をうけるに使うことのきる物を、もう持って……いない。


 勝機!


「やあっ!」


 ──バッ!


 かば条件反射的、私のからだはおどり出て、少女の頭めがけたじんは最速でふり降ろされる。

 それはもはや、かわせるようないではい。


 もらった!


「っはい!」


 ──ぱしっ。


「なっ」


 何が起こったのか一瞬、わからない。


 私の剣は、届かなかった。

 両手の平ではさみ込むことによって受け、これを止めてみせたのである。

 そしてそのまま何事か、苦しそうに息を切らせながらも、相手は告げた。


「参りました。私の、剣をここまで、とごとく、なしてくれたのは、貴女あなたが初めてですよ、きょうの剣」


 ──はっ、はあっ、はあっ。


 にわかに信じがたい。


 この少女。

 いったい何を、てのけた……。


「今までどんな、天使を、相手取っても、剣を折られるような、ことは、有りません、でした。貴女あなたほど、の剣士は、きっと、魔王軍には存在、しないと思います」


 ──はあ、はあっ。


 金属とは、疲労を起こすもの。

 いくらはがねつよいからと言って、相手の威力をまともに受けつづけてしまえば、それだけ損傷がすすみ、寿命もんと縮まっていく。

 それを防ぐには、受け流しというものをよく駆使したり、おのが実力ではそもそもれぬ物を、よく見極めて避けねばならない。

 しかし相手がうわであればあるだけ、それをするゆうだってがれる。

 だから剣に限らず、道具というものを損なう事について、未熟な者ほど不可抗力と主張する一方、練達した者ほど未練不達と恥じるのだ。


 つまり、こう目前の敵にそう言わめたなら、まずその相手自身がそれなりの達人だったという事であり、同時に私の剣もその相手に対し、けっして無効なわけではかった。

 そういう事にはまあ、なる。

 なりはする、が……。


 ──はあ、はあ。


 理力の生成物には、その軽さに反して、相当な威力が乗る。

 これを受け止めるには、ばやさや器用さだけでなく、もそも相応の力が要るのだ。

 いらの腕力では、手で捕らえるに成功したとしても、勢いですり抜けてしまうはず。

 だと、いうのに。

 それをこの少女は、このきゃしゃな腕で、ってのけた……。


 がくぜんとしてしまった私へ、少女はこう続ける。


「でも、武器をけられてる、その目の前で、折れたとはいえ平然と、自分の武器を捨て去る、ような相手なんかへは、不用意に攻撃を、けるべき、じゃあかったですね。私の勝ちです」


 ──どすっ。


「うっ! ……」


 革製とはいえ、防具でまもられているはずの腹部に、強烈な衝撃を受けた。

 もろに急所を打たれた私は、意識がとお退いていく。


 それは、かぼそい脚からくり出されたとは到底思えない、てつもなくおもりだった。

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