7.強襲・中 ゠ 相対と猛撃の話

 とりでゆいいつ、そうっていい大きな建物。


 光量とぼしく、中をふつくにつまびらかすは不可能だった。

 そうして上方のくらがりはよくうかがえずも、しかし単に巨大なだけの掘っ立て小屋だ、という事くらいは見て取れる。

 雨風くらいならばしのげはするだろうが、とりでに置くような兵舎のよそおいとは、とても言えたものではい。

 たったこれだけの物をまもるなら、郭壁だってあんなけんろうに造らずとも、丸太組みのへいで十分に思われる。

 だいいちこのようにからかんであるのは、どうしたことか。


 リギシスの言うように、敵兵が詰めているとしたらこの建物の中、としか考えられない。

 だがこのくうどうっぷりでは、この場にそれが居る、と考えるに到底の無理がある。

 ほかにそれが可能そうな場所も、郭内には思い当たらない。

 規模からすれば、技術的にも動機的にも考えづらいが、あるいは地下でも掘ったか。

 そしてもそも、この建物は一体全体、何であるのか。


 そのようにんやりと、思い浮かべていた瞬間のこと。


「!」


 ──ヒョウ!


 それをかわせたのはぎょうこうと言ってよかった。


 つまりは、ひょっとしたら入口すぐそばの壁あたりになら、やみにまぎれて何者かが、待ち構えているかもしれない。

 そんな可能性くらいにしか、気が周っていなかったという事には、なる。

 だからこれはこちらの油断、そう言われてしまえばまでであるものの、ただ言い訳をさせてもらえるのであれば。


 こちらの警戒の裏をき、真上から降ってきたそれは、尋常でない程までにおそろしく鋭い一撃だったのだ。

 飛び掛かられる瞬間の、風切り音に感づくことがきなければ、情けなくもその一撃だけで、地に沈められていたに違いない。

 言葉どおりの間一髪、というところだったのである。


「うおっ!」


 リギシスもまた、上方からの襲撃を受けたらしい。

 そちらもどうにか、り過ごすには成功したようだ、が……これは?

 この目の前の者、は……?


 光?


 その小さき何者かの声が、りんと澄みわたった。


すがですね。気づいた様子も無かったですし、これは間違いなくもらっ……っと!」


 ──ガギン!


 言わせわらないうちに私は、じんを瞬時に発現させてはり掛かっていた。

 こういった場合には、相手に最後まで口上を語らせない、というのがじょうせきうものでもある。

 しかし、そんなわるきのような小細工もむなしく、私のいっせんゆうゆうと受け止められてしまった。


 そのわきから、リギシスを襲ったとおぼしき者も、声をげる。


「キュラト様!」


「大丈夫ですよ。そちらも油断をしないでください」


 私とギチギチ剣を合わせつつも、るがるのゆうといったていで、なだめるようにそう言ったのは、年端もいかない少女のようだ。

 背も高くない、とうよりしろ低く、防具もつけず薄着のその身は、どうにもきゃしゃで。

 一応その剣を、両の細腕にてあやつってはいるものの、とても私の剣を受け止めれるほどの力を持ち合わせているようには、えなかった。


 その長い髪からは、すららきらと、なにやら光がこぼれている。

 それはまるで、にじのごとき幻想的ないろいのこうりんで、このくらやみにおいてこのうえなく目立つ物だった。

 こんな事では、確かに奇襲を目的としなくとも、隠れているには注意のおろかになりがちな、上方へ潜まざるを得ないだろうが。

 しかし……。


 いま、キュラト様……と呼ばれたか?

 聴いたような名前である。


「お前、は」


「こんばんは、ごげんいかがでしょう。いえもう、おはようございます、ですかね」


「……」


きょうの剣。私がだれだか、わかりますか?」


「……」


わかりませんか。でしたら、キュラトーゼレネンティエーツェってったなら、どうでしょう」


「!」


 ──ズザアッ!


 私は跳び退がり、距離を取った。

 いったんは収まっていた冷や汗がふたたび、わっと噴き出してくる。


 魔王……?

 本物、なのだろうか。

 だとすれば、どうしてこんな所へ、きじきに?


「ぅあっ」


 ──ヒュイッ。


 とっに身をひねる横を、相手の剣が通過していった。

 一瞬にして、距離を詰めたというのか。


すがです」


 そう短く言った少女からまたきわく、一撃がくり出されてくる。


 ──ガジン!


 どうにか理力の剣で受け止めるが、はっきり言って重かった。

 剣をもつ手が、かるくしびれあがったほどだ。

 これは本当に、尋常ではい。


 きょうがくしていれば次の瞬間より、鋭いせいとともに猛攻が続いた。


「はっ! やっ!」


「くっ!」


 ──キン! ガギン!


 剣のつかる音が、鳴りひびく。


 相手のくり出す剣撃は、信じられないほど多彩で、速い。

 筋としては、技巧的にどうもちいられるような事は、とんど無かった。

 むしろ、そこをねらいます、と目で宣言してはそのとおりに振るうという、驚異的素直さともえるちょくせつな剣さばき、と言える。


 それでもその身をしこく動かしての、り、し突き、止めね、抜き打ち、振り回し、し流し、突き、連れ打ち、打ち止め、引きり、さかぎ、打ち、さかり、引き打ち、返し打ち、ぎ払い、打ち流し、ぎ、当てり、打ち上げ、り落とし、り上げ、打ち払い、打ちね、払い、追い突き、突き払い、ぎ打ち、打ち落とし。

 あまりの多様さでみだり迫られ、くわえてその速度には尋常ならざるものが有り。

 私はそのけんすぢとんど読めず、っという間に防戦一方へと追いやられた。


 相手のその少女の得物は、おもそうな鉄製の剣。

 それを重さのほぼ無い、理力の剣をりょうする速度であやつるのか。

 考えられない。


 強敵。

 圧倒的技量差。


 ここまでれた剣士とは、出会ったことが無い。

 しかもこれはどうやら、試されている、のだろうか。

 自身の攻撃に対するこちらの反応を、よく確認するような感がった。

 私があやいところへ追い込まれた途端、その手はゆるめられ、持ち直せばまた、激しさを増す。


 ……手加減されている。


 そういう事だろうか。

 しかしそこへ、怒りや悔しさを感じているゆうも無い。

 ただたすら、少女の剣を受け止めることで精いっぱいだった。


 剣ならば負けない、という気概を持っていた、はずだった。

 ともなって、ひょうとよばれるくだをも、どうにかとくできていたはずだった。

 これは特定の技やかたを、そう呼ぶものではい。

 つまり攻撃のとき、相手のすきくでなく、虚をく。

 なわち、予備動作を隠すなどして動きの拍子を察知させないことで、意外性により対応の機会を奪う。

 そういう事を実現させる、知恵やりを指すのだ。

 対応を許さないのだから、これに基づいて発動された攻撃は、たとえ見えていても防ぐことがきない。

 基本的に必中で、弱点をねらえたなら一撃必殺、だからこれは多くの武流において、奥義と位置づけられるほどなのだ。


 ただしそれで優位に立てるのは、敵の攻め手の軌道外にいる場合に限られる。

 まさに自分へかって攻撃がくり出されている最中に、その対処以外の動作なんかろうものなら当然、確実にじんしてしまうわけだ。

 そしてこの少女の場合、こちらへの剣撃が一向に途切れず、防勢から攻勢へ転じれないのである。

 めて、相討ちにち込めると確信できたなら、それもかならずしも悪手ではいかもしれない。

 しかしこの相手に対しては、そこまでてなお、有効な打撃を与えれるとは思えなかった。


 面とかって勝負を争おうという場合、およそにってはげきひっとういちげきひっさつりょうる。

 くり出される技をよくあしらい、疲労やひるみをもたらせば、そのぶん相手は動きをにぶらせ、手元を狂わせるからだ。

 ないしは痛撃により、しんとうでも与えれたらばめたもの、それはもう勝ったも同然。

 比較的お手軽な乱打によって、一撃必殺など発動させる余地を奪ってしまえば、事は済むのである。

 だから私だってもちろん、奥義にり掛かることなく、それなりに手は速く、その数も多く。

 そういった修練にも、努めてきていたはずだった。


 甘かった、足りなかったと言わざるを得ない。

 残念ながら、こんな速度にいていくのは無理だった。

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