7.強襲 ゠ 相手を下す最善手は何か

7.強襲・前 ゠ 大人と怪訝の話

「っーか、妙な建物だぜ」


「ああ」


 そうと決まればこの、大きな建物を調べるしか無い。


 それは全体として、木造ではある。

 しかし普通、これだけの規模のものならば、柱くらいには石を使いそうなもの。

 それ以前として、兵舎というものを分割せずに、ひとまとめの建物にしてしまうのは非常に珍しい。

 部隊ごとに建物を分けることで、管理をしやすくなったり、れぞれに機能を持たせ、利便を図ったりなどきるからだ。

 ほか、幹部向けの建物を別個にしつらえることで、その威厳を保ったりする作用もあった。


 威厳、そんなものはくだらない。

 そう言いきる者も少なくないもの。

 しかし実際、軍隊のようにだれかを大量に配下へ置き、操作する場合において、これは一定の効果を発揮する。


 なんにしても、不気味なことには違いない。

 さっと中へ入ってしまうには、やや気の進まない部分がった。

 とはいえ、まずは入口を見つけなくては、どうにもならない。

 その部分で私とリギシスは一致をし、とりあえず速足でもって、ぐるりと建物の周囲を見物してみる事にはなった。


 ──タッ、タッ、タッ、タッ。


 その周りしなぼそと持った会話は、このような感じとなる。


「……いや。なんーかよ」


「うん?」


「あんた別に、そんなな奴じゃねーじゃんかよ。なんでなんかってんだ」


「それは言いっなしだな。だいたい、本当にいやな奴とはもっとこうかつで、仲間という名の都合のいいこまを、見つけるのが得意なものだろう」


「へえ、そんなもんか」


「全部が全部ではいだろうがな。私の場合はまあ、本格的な大人おとなの事情というやつだ」


「一応、いてやるぜ。それはおれを、稚児こどもあつかいしてるって事か?」


「すまないが、ある意味そうかもしれないな」


「おう、やっぱな奴なのか? けん売ってんのか?」


「いや、そういうわけではい。ただな、大人おとなになんか成ったところで、良いことなど何ひとつ無いからな。成ろうなんておもわないほうがいいぞ」


「なんだそりゃ」


「ほらな。こうやって、肝心なところにどうでもいい言葉を持ってきて、お茶を濁すのが大人おとなのやり口なんだ。どうだ、仲間入りしたくいだろう?」


「……納得したけど納得できねえ……」


 何にでも突っ掛からんばかりのはんこつ的な態度でありながら、その若さゆえなのかどうなのか、妙にこちらの言葉は素直に聞くリギシス。

 彼も今こうして、軍規のらちがいにある。

 大切と思う人を見失い、そのそうついがために部隊も抜け出さんと決意した、まさにその時。

 彼はいったい、何を思っただろうか、何を感じただろうか。

 それは、てつもない精神力を要する決断であったはずだ。


 私もまだ、忘れていない。

 ち上がろうか、そのためには常識にもりんにもそむこうか。

 初めて踏み出さまいかとおもったあの夜の、そのしゃくおうのう

 どうにかなりそうな程の、あの鼓脈ほんとう

 あるいは、つての自分と同じ道を辿たどり始めたのかもしれない、そんな彼がちょっと可愛らしくなったと言うか、なんと言うか。

 すこし私は気分を良くしたのかもしれず、まあ要らないことを語り始めたような気はする。


「ただな。君は今、いくつだ?」


「今年で十七だぜ」


「私はき、三十に届いてしまう。その私から、しんなところのお願いを言わせてもらえれば、だ。若くれるうちは、若いままでってくれ」


「は?」


「つまりだ。君は大人おとな稚児こどもの違いとは、何だとおもうか?」


「そりゃあ……あれだろ。大人おとなに成りゃあ、なんかすげえこときるとか、っかりしてるとか、かね持ってるとか……」


「ほう。本当にそう思うか?」


「……いや。そうじゃねえ大人おとなとか、腐るほどるもんな。ちげえわ、確然ぜってえそーゆうんじゃねえな」


「ふむ、やっぱりそうか。まあ私もそう思うんだが、しかし大人おとなと言うなら、あれだ」


「あん?」


「こうして囲いのそとに、ひょっり出てきてしまった君を、そっと元の場所まで押しもどしてやるのが真っ当な大人おとな、という事になるわけだがな?」


「そいつあ遠慮しとくわ。っーかなんだよ、あんたも稚児こどもって事かよ」


「さてなあ。ただ、人っていうのは大人おとなに成るほど、一定のふるいが期待されるものだ。それで割かし、おもいどおりな行動がきなくなってくるわけだな」


たりいもんだな」


「ああ。しかしだったら、結果的にこういう事になるのではないかと、私は考えたんだ」


「こういう事?」


あきらめないでいいのが稚児こどもあきらめなきゃいけないのが大人おとななわち、稚児こども不棄あきらめなもの大人おとなあきらめるもの。だとしたならまあ一概に、大人おとなればいいということは無いな」


「……ふうん」


 それも実は、なんとなく直観的にうかんだ言葉であって、その意味も正否も自分でよくわからないものだった。

 まあまあ大人おとなの事情ということばを、あきらめざるを得ない事情、とい換えてもんなり通る、とは言えもするが、さてき。

 よしんばそうやって、大人おとな稚児こどもを判定してみたところで、強い弱いを判定できたならどうした。

 との話と、同じ結論にしかならないのではないか。

 ならば特に、意味は無い。

 そう思うも、しかしリギシスのほうはこれに、なにやら深い理由や意義が、るとでもとらえたのだかどうなのか。

 その解釈に思考をめぐらせるかのように、黙ってしまう。


 結局、私のそんな投げりな言葉が、彼になにか影響を与えたのかどうなのかは、私の知るところとならなかった。

 どうせ人など、影響したりしなかったり、影響されたりされなかったり。

 そんな事を目的として、生きるようなものでもいだろう。

 なんでもよかった。


 ──ザリッ、ザリッ。


 まあそんな、毒にも薬にもならない会話を持ったものの、複雑とはとてもえない真四角な建物の一周など、簡単に果たせてしまった。

 その入口も、それほど労せず見つかった。

 位置としては、侵入してきたうらからみて右側、正面の跳ね橋門からみて左側。

 その中央あたりにのみ、大きなとびらが一つだけ備えられていて、ほかの面ではずっと木板の壁が続いている。

 おもい出してみれば、このとびらのちょうど反対側が、例のしょうかいの手薄なあたりだったように思うが、まあ今となってはどうでもいい。


 それにしても、と私とリギシスは小声で会話をしつつ、ふたり首をかしげる。


「これだけの大きさで入口が一つだけ、というのは釈然としないな」


「ああ。こいつあ不便じゃねえのか?」


「少なくとも、ちっとも兵舎らしくはい」


「開けてみるか?」


「ほかに入り込めそうな所は無かったな。あるいは、壁でも破ってみるか?」


「そいつはそいつで、敵さんに集まってくれっってるようなもんじゃねえか」


「こちらにも、かぎが掛かってなければいいがな」


「掛かってなくたって、よかねえ場合は有るだろ」


「まったくだ。この世は面倒に出来ている」


 念のため、もういちど周囲を確認したあと。

 ふたりして目で合図すると、とびらに手を掛ける。


 ──ガチン。


 荷を抱えた二、三人が、並んで通れるほどの大きなとびら

 とっが見当たらないので押してみれば、撥條ばね式の戸止めとおぼしき抵抗を感じはしたものの、至極っさりと開いた。


 ──ギッ、ツィー……。


「……?」


 郭内ゆいいつ、そうってよさそうな建物の、これだけ大きなとびらだ。

 にもかかわらず戸止めだけに任せて、夜間でもかんぬきを掛けないとは。

 それだけでも十分、相当にいぶかしかったわけだが。


 とびら越し、中の様子をうかがってみれば、奥行きすら感じられないまでに深きやみが、そこにる。

 内部はくうどう、という事か。

 どう目を凝らしても、なんの姿も認められない。

 こんな大きなとびらを固定できるほどの止め撥條ばねてた、けっして小さくはかった音だって、それなりに響きわたったはず。

 なのに、それを聴きつけた何者かが、こちらへ急行するような気配すらも、無かった。


 いぶかしさにも限度がある。

 そうわめき散らしたい気分にさせられた約二名だったが、それをどうにか抑え、小声で会話を交わす。


「何だあ、こりゃ……」


「まあ、入って確かめるしか無いだろう。しかし、これは」


 ──ザッ。ギシッ。


 おそるおそると足を進めてみれば、すこし湿っ気のある納屋のような空気も、感じられたが。

 不安も途惑いも、隠せない。

 あれだけ立派な郭壁を築き、少なくない数のしょうへいを立ててまでして、肝心の建物の中身がこうまでも、もぬけからなのだ。


「張りぼて、か?」


ーか、まずよ。敵さん大勢、ここへもどってったはずだぜ? 大勢、だ。どこへ消えたんだ?」


「そうだな」


「エテルマは、どこだ……?」


「ふむ。あるいはまさか、本当に縮地の魔術が? いや、しかし」


「そんなもん認めたくねえ……」


「無理も有るしなあ」

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