6.侵入・後 ゠ 錯乱と成長の話

 彼らの視界に依然ありながら、その追跡はくことがきた、と言っていい。

 取り残された彼らは、リギシスを探しているしょうへいもどしてくれるに違いない。

 おそらくあのやぐらは、そのまま塔にも成っており、その中を昇降したりきるように出来てはいるのだろう。

 しかし、そのもとの出口から彼らが追い掛けてくるのも、もう少し時を置いてからのはずだ。


 まあここは敵地であるわけで、他にも敵は山ほどるのだろうし、これで楽観をしていい事には全然、ならない。

 それでもここまでくればもう、リギシスの問題はリギシス次第、だ。

 無責任なように思えるかもしれないが、既に発見されている私が迎えにいってしまうのは、どうにもまづい。

 追手までをもき寄せて、彼の障害となるのが目に見えるからだ。


 それにもそも、ちあう約束をあえてていない、という事も有る。

 大勢を相手取った戦闘も十分に予想されるから、背中を預けれる者がいたら、それは心強くはある。

 とはいえ、知りもしない敵地での待ち合わせなど、無事に果たせる保証がどこにも無いのだ。

 だから、運が良ければまた会おう、ということで手打ちにしてあった。


 そういうわけで私はくらがりのなか、どうにか障害物をかわし、着地すると、本来の目的にもどる。

 私の目的とは、ここの指揮系統を破壊すること。

 そのための目標としては、総指揮を確実に、その配下の指揮をほぼほぼ、討って果たしてしまう事だ。


 もちろんその顔に、肩書きがちいち書いてあるわけも無いが、まあ見ればなんとなく、察しがつくものでもある。

 戦場ならば、前線にはけっして出ずに、後方から戦局を見守っている者。

 今のような休眠時ならば、居室の位置や周辺の警備密度、室内の調度品などからうかがい知れよう。


 るべきことをわかっていても、それが果たせるかは別問題。

 そのためにもまずは、探らねばならない。

 壁の上からながめたかぎり、郭内ではおおきな建物がただひとつ中央に鎮座しており、それを小屋や資材などが、取り囲むかたちとなっている。

 うすやみのため、細かく何があるかまではあくしきれないが、目星はどう考えても中央の建物。

 とりあえずはここへしのび込み、その内部を探るべきだろう。


 だが方針を固めるもしかし、まだしらんだばかりとはいえ朝は朝であり、警鐘が鳴ってしまったこともり。

 それにしては……郭内には人の気配が、なかった。


「……?」


 何だ、これは。


 静かなものである。

 確かに、このうえなく立派な郭壁が築かれているから、そこに全幅の信頼を、置いているのかもしれないが。

 それにしても不審だ。

 ここへ来る途中に感じた、妙な予感のこともあったから、きるかぎり用心をし、きるかぎりものかげに隠れ。

 背後の郭上への警戒をおこたることもせず、私は中央の建物を目指す。


 それも徒労に終わった。

 何事もなく、その建物へ辿たどりつけてしまったのである。


「……」


 何だ、これは?


 わなか、計略か。

 はたまた夢か、冗談か。


 何事なく辿たどりついたとは要するに、そこには番兵の一人すら置かれていなかった、という事だ。

 おまけに今だって、鳴りつづける警鐘のが聴こえてきているのに、郭壁方面からだれかがこちらへ接近するような気配も、まったく無い。

 郭の外周では盛大に火がかれる一方、どうしてか郭内は無灯火のくらやみだったから、それはいくらかとおしは、悪いかもしれない。

 とはいえ鐘のが、建物内まででんするに十分な大きさで、こう響きわたってもいる状況ですらある。

 なのに、それを聴きつけた何者かが、そこから現れるような事すらも、無いのだ。


 不気味である。

 敵陣の度真ん中の、そんな正体もつかめない建物のなかへ入るなど、そのような気はつい、起きてこなかった。

 私も命は大事であり、犬死にするつもりなど無い。

 ゆえに判断の失敗は許されないが、これは何をどう判断したものか。

 さあどうする。


「……っ」


 何だ、これは!


 こんど警鐘が鳴ったのは、私の頭の中だ。

 これは危ない。

 直感し、息を飲み、その場に立ちつくす。

 さあどうする。

 あまりにも激しく、いやな予感でうずき。

 不気味な悪寒に支配され、そのさいつうに頭がガンガン揺らぐ。


 さあどうする、こんな所まで来ておきながら、退くなどという選択るはずも無く、さあどうする、かしたらこんなに困ったのは、生まれて初めてかもしれないが、さあどうする、ぐずと悩んでいたらそれこそ、敵兵に取り囲まれる事になろうし、さあどうする、さあどうする、こんな事では私は本当に、無事とは行かないともわからず、さあどうする、さあどうする、そういえばリギシスのほうは、無事潜り込めたのだろうか、さあどうする、さあどうする、無事かと言えば、アンディレアも今ごろは別の戦地のはずだがどうしているか、さあどうする、さあどうする、さあどうする、どうしているかと言えば、置いてきてしまった馬に難はり掛かっていないだろうか、さあどうする、さあどうする、さあどうする、さあ。


「……よう」


 唐突に掛かった声に、跳ね上がる。

 慌て、そちらへじんを突き出せば、なにやらけた感じのする悲鳴が、聴こえてきて。


「おっ、おおぉぉおい、何だよ何だよ……」


 その、ともなき情けなさに毒気を抜かれ、勝手にどうてんが治まってくると、そこに居たのはリギシスであることが認識できる。


「あっ、と。すまない、君か」


 かば慌てて剣を引き、しまった。

 びをいれる。


「悪かった。私はすこし、錯乱していたらしい」


 ふと彼の様子をうかがえば、剣をあつかう私ほどではいものの、それでも何やら赤黒いようなまつが、認められた。

 どうやらひともんちゃくかいできなかったらしく、しかしそれをどうにか処せるくらいには彼のやりは、有能のようだ。

 まあまあ、ある程度なりとも腕に覚えが無ければ、一人でこんな所まで来たりはしないだろう。

 納得の事といえば納得の事ではあるが、なんにせよ火のはふり払えたようで、まずはよかった。


 しかし、当然ながら心配を、彼もまた私へ寄越す。


「錯乱て……あんたみたいのでも、そんなふうになんのか?」


 いつの間にか、こちらの呼び方がお前からあんたに変わっているが、まあそれは何でも構わないか。


まつりあげてくれるな、かんぺきな者などいない。いや済まなかったが、おかげで目が覚めた。感謝する」


「べつになんてねえけどな。なんでそんなふうに、なっちまったんだ?」


「それは、だな」


 あたりをまわす。


 い変わらず、なんの気配も無い。

 そらこそこ明るくなってきているし、そろそろ中から早起きのだれかが顔を、出してきてもよさそうなころいであるはずだが、そんな様子すらも無い。


 リギシスもまた周囲をならってながめ、しかしまた不思議そうにたづねてくる。


「あー……ああ。まあ、そりゃあ確かにんにも居なくて、不気味っちゃあ不気味だけどよ。そんな、どうかなっちまう程か?」


「そうだな。何にどれほど反応するかは、人とその状態にり、といったところか。普段なら何ということも無かったはず、とは思うんだが今はちょっとな。ついさっき、いやな感じのする虫のしらせがあったんだ」


「ふうん? 案外あんたも、精神はそんな強かないんだな」


「苦し紛れに、こわりのほうが長生ききる、とでも言っておこうか」


「はん。どうせそんなん、冗談なんてもんじゃえんだろ。こころしてその言葉は受け取っとくけどよ、でもじゃああんた。どうすんだ? これ」


 なんとなく、私とふつうに会話をしながらも、すぐそばのおおきな建物を背に、それを肩越しにして親指で差すリギシス。

 さきほどにい対した時のような、おびえも迷いもうかがえず、状況をきちりとえ構えた、前向きの態度と言えた。


 ほんのいちどきのあいだに青みが抜け去ったようで、不思議な感じはする。

 あるいは彼も、いま初めてこのような、切迫した舞台に立ったのかもしれない。

 それによって一定の成長がうながされた、という事も有るだろう。

 特段そんな彼を、放り出していくような理由も無い。


ちゃけ、収まりがつかねえ。だからあんたが行かねっっても、おれぁ行くぜ?」


「いやそれなら、私も行こう。敵地のただなかざわざ、戦力をわかつことは無い」


「平気か?」


しゅうたいさらしたうえでは信頼に足りないかもしれないが、もう大丈夫だ」


たよりにはしてるぜ? じゃなかったら、なんかねえで置いてくだろ」


「それもそうか。ありがとう」

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