6.侵入・中 ゠ 開錠と逃走の話

「くっ」


 嗚呼あゝ、慣れない。


 慣れないがしかし、このままけるわけにも行かない。

 そんな事をしては、今こうして奪った命にも、申し訳が立たない。

 めてこれが何かの夢だったらいい、などという罪な夢想はてて、自らの精神にむちうつと、まずは理力の剣を解放。

 例によって簡素なとむらいをほどこして、私は目標であるうらの内側へと、向かった。


 なお、り結びがひと区切りしたのち、いったんこうして理力の得物をしまうのはあるしゅ、天使の手癖とも言える。

 いかな不可思議の物質といえど、それが固形をとる代物であるかぎり、生身の物をろうものなら、その身が蓄えているあぶらを抜き連れてきてしまう。

 やいばたよらないやりぼうじょうなんかであればともかく、剣やなぎなたなどでは当然、それが塗りたくられるほどに、切れ味が失われていく。

 だから普通なら持参のかいや、たおした敵の服あたりで、これをけんめいぬぐい落としたりするもの。

 それが理力の発現物であれば、消失させるだけで御破算にきるのだ。

 まあ発現のたびに一応のしょうもうは有って、そう何度もくり返すわけには行かないが、それでも天使ならばこぞってそうするわけである。


 もっとも、こんなものが果たして天使と呼べるのかどうかは、私は知らない。


 ──ふうっ。


 答えの見えない哲学的な疑問はそれとして、私はひと息ついて呼吸を整えると、次の行動に移る。

 何をどうするかはらかじめ、リギシスと打ち合わせて決めてあった。


 ちなみに、こうして壁を登ってしまうくらいなら、折角あのように手薄の一角もったことだ。

 ざわざこの警備の厚い場所を、選ばなくてもいいのではないか。

 そんな疑問をリギシスは持った。

 仮にしょうへい全員がどこかへ行ってしまおうが、それでこのとびらが開くわけでもいのだし、そんな疑問もっともであろう。


 しかしまず、その手薄の一角もべつに、無警備というわけではい。

 だからこそ彼には、おとりとなってもらうため、別行動を取っているわけだ。

 それを合流などしてしまっては、全てがすいほうと化すから、リギシスも私と同時に壁を、という事にはきない。

 また、ほかの場所を選べば結局、彼までもがほりと壁を越えなければ、中へと侵入できなくなるのだ。

 登ること単体だけでもう、大半の者にあきらめさせてしまうこの郭壁、ねずみともなればその困難さは、格段に跳ねあがろう。

 あまつさえ、警鐘を鳴らしてしまった後ともなれば、さらに別の応援でも得れないかぎり、至難を極めることになる。

 それに、とびらのまえに番が固定して置かれていないのを見てとって、だからこのとびらには錠のほかに侵入がいされていない、と踏んだのだ。


 郭壁の反対側には階段が用意されており、そこを降りてみれば案の定、そのとおりの状態である。

 まあ錠というか、立派なかんぬきではあったが、やはり出撃門らしいとびらは備えつけのそれも、相応の大きさ。

 一人で動かすにはくたれそうだが、ともあれ外しに掛かる。


 ──ズッ、ズリッ……ガコン。


 いや、重い。

 どうにかせたものの、これはおもい。


 どうにか開くようにはなったが、今はまだ閉じたままにておく。

 リギシスが中へ入るより前に、とびらが明いているのを敵に発見されてしまうと、もはやどうしようも無くなるからだ。

 ついでにてっ退たいのときの事も考えて、とびらは開けたらまた閉めるよう、彼にも伝えてある。


 さてそのリギシスを、どう内部へ導くか。

 とりあえず彼は当座いま、警戒の目に動きが取れないでいるか、発見されて逃げまわっているか、取り囲まれてしまっているか。

 そのどれかだろう。

 最後の場合だともう、こちらにるべきことは無い。

 無情ではあるが、その状況で彼を救出しようとすると、こちらが当初の目的を果たすのが困難になってしまう。

 その事についてもきちんと話をして、彼には覚悟を決めてもらっていた。

 よって残りふたつの場合を考えるべきだが、まあこれらを区別する必要は無いだろう。

 最後の場合になると手が打てなくなるわけで、それを防ぐには彼を追ってさがすしょうへいらを、ほかきつければいい。

 つまり、する事に違いは無いわけだ。


 なので、まだ彼が捕らえられていない事を祈っておくとして、どう敵の気をくか。

 私はそれほど器用ではいから、彼のように見つからずに鐘だけを、鳴らすような粧得まねきない。

 ならば、いちばん簡単なのは私が敵に、ざと発見されることだ。

 こちらはもう、いつでも郭内へ入り込めるのだから、この郭上かその郭内で適当に騒ぎを起こせば、リギシスの負担はだいぶ軽くなるはず。

 そして当然彼は、さきほどに警鐘を鳴らしたやぐらからは、とおかっているはず。

 だからそのやぐらあたりで、行動を起こすのがいい。


 そう決めてあった私は、ふたたび郭上へあがると、そちらのほうへ向かう。

 これから見つけてもらいにいくと言うのに、ざわざしのびよる必要も無い。

 堂々と走っていった。


 ──タタッ、タッタッタッタッタッタッ。


 周囲は、少しずつだが明るさを増しており、それにつれ視界も、徐々に利くようになってはいる。

 そしてこの郭内には、あまりに高いこの郭壁よりも、控える建造物しか存在しなかった。

 だから反対側の郭壁も、いちおううかがえはするものの、まだそれをつまびらかに視認できるほどまで、明るいわけでもい。

 あるいは私も、しょうへいの一員と思われたか。

 目標のやぐらへ接近するまで特に、事は起こらなかった。


 結果として私は、先制を得た。


「っだれだ!」


 こちら方面へ向かったしょうへいの数は、そんなに少なくないはず。

 それを、リギシスがうまいこと絶妙な加減で、気配をのこしていってくれたものか。

 大多数は不審者さがしに、郭壁をつなて降りていってしまったらしく、そこに残っているのは五名ほど。

 もちろん、私も足音をたてて駆け寄っていたのだから、気づかれないはずも無い。

 ことに、っとも手近な位置にいた兵などはしろ、迎撃のかまえ十分の様子で、こちらに剣をけていた。

 が、発現された得物の色に、目を奪われてしまったか。

 私はその者のすきをつき、脚への一撃を加えることに成功する。


 ──ザシュッ!


「あぐっ……がああぁぁあ……っ!」


 じんは深きをえぐり、悲鳴ががった。

 当たり前だが、自分でっておいてなんだが、きっと痛いに違いない。


 痛いに……違いない。


 ……。


 嗚呼あゝくそ


くせもの!」


「こいつきょうの剣だ!」


 ──カーン、カカーン! カンカーン、カカーン!


 ねらいのとおり、警鐘を鳴らしてくれる。

 あとは、これだけの人数を一度に相手するような、危険をちいち冒す必要もなし。

 適当に郭内まで、逃げ延びればいい。

 それは果たしてこの状況において、私にとってかなり、やすいことだった。


「待て貴様!」


 そんな声に、応えるような粧得まねもせず。

 今いたやぐらへの階段をすこし降りもどると、適当なところから郭内のほうへ向かって、身を躍らせる。


「あ」


「おい」


「正気か」


 身を躍らせたとうより、どうもしょうへいらにはげに見えたらしい。

 まあ彼らには、理力というものの持ち合わせが無いから、とっには想像がつかないかもしれない。

 とはいえ、先制奪って優勢に立ったはずの者が、行きなり自害し始めたりするわけも無かろう。

 そこまでくらいにはめて思い至ってほしかった、そう思いつつ私は理力で、翼を展開する。


 ──ヒュウ。

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