6.侵入 ゠ 敵に情は無用か

6.侵入・前 ゠ 登攀と奇襲の話

 ──カーン……。


 わずかそらしらみはじめるころ、すこし離れたところで耳の通る音がした。


 リギシスは郭壁のすみにある、ものみやぐらの警鐘を、投石でもってち鳴らす。

 そう宣言してみせたのだった。

 どうやらそのとおりにってのけたらしいが、しらんでいるとは言ってもまだまだ暗いし、暗くなかったとしてもあの高さだ。

 なにやらなんでも、理力でもって簡単な道具をこしらえる。

 そうは言っていたのであるが、それにしたってくもまあ、的中させれたものである。


 ──カーン……。


 そうして畳み掛けに、もう一回。


「……お、おい……?」


「……ああ、行くぞ……!」


 高きにはなるる場所から、かすかにそんな言葉が聞こえてくる。


 鳴った音が、りにって警鐘であるだけに、そしてそれが一度では、とどまらなかっただけに。

 しょうへいたちも、そちらの方角へと駆けつけざるを得ないらしい。

 もちろん鐘の鳴らし方には、意味の識別のために、合図の規定が有ろう。

 それに対し、いま鳴ったのはらばらに二回のみだから、それほど要警戒度は高まらないはず。

 それでもやはり、何が有ったかの確認は、どうしても必要になるかもしれない。


 とはいえ、どうもしょうへいほとんどが、とびら周辺の場から居なくなってしまった。

 さすがにこれには、こうまで簡単になってしまっていいものか、すこし思い悩まされる。

 折角あそこまで高かったしょうかい密度を、ゆえざわざかえしてしまうとは一体、しょうへいらにはどのような指導がされているものか。

 郭壁の高さに油断でもるのか、それともこれこそわなか。

 どうしても疑ってしまうところはったが、まあこのとりでもまだ、出来てから間が無いわけだ。

 警鐘に鳴られた経験もまた無くて、彼らにも対応の不慣れが有るのかもしれない。


 とは言ってももちろん、それでその全員までもが、駆けつけて行ってしまったわけでもかった。

 郭上に依然、二名ほどその影がうかがえる。

 もしこれが一名だけだったら、どうという事もかったはず。

 だからこそか、利口なことに奴らにも、単数になるつもりは無いらしい。


 いや、二人でも。

 不意をけば、なんとかなる、か……?


 両名ともまだ、鐘の鳴ったほうへ注意をけていた。

 それが再び下方へ、向かないことを祈りながら、その視線の逆方向へすこし距離を取ったあたりで、郭壁に接近。

 取りつき、じ登り始める。


 郭壁とは、遠目にはなめらかな平面に見えるもの。

 しかし実際には、きるだけ平たく割った石を、にかわしっくいで継ぎ、ただ積んでいるだけの代物だ。

 さすがに手に取りやすい突起は、施工中にとんど取り除かれるだろう。

 とはいえ、万全を期そうとすれば工期が際限なく延びてしまうから、なんとか利用できそうな手掛かりが、いくらか残っていたりするものだ。

 かつ、倒壊してはんにもならないから、高さが有れば有るほど、若干の傾斜がつけられてもいる。

 がんればけっして、登れなくはいのだ。


 ──ジリ、ジリ。


 どうにかそれを伝い、じ登るも、まず見つかってはならない。

 そして、なんとか登れるとは言っても、そこにきちんとした手掛かりが、ごていねいに都合よく続いているはずも無い。

 たよりないそれをたよったせいで、滑落してしまう危険が当然に……。


 ──ズリッ。


「っう」


 現に私は、片足を滑らせた。

 冷やりとする、以外に言えることが無い。


 ──ヒュウ、ヨウ……。


 そんな私をなお冷やかすかのように、一陣の風が吹き抜けていったりもした。

 その緊張は、ぜん高められてしまう。


「……」


 ──ふう。


 すこし深呼吸をし、心をちつけてからまた私は、転落にめゆめ気を払いつつ、とうはんを再開した。


 この郭壁、とりでのものとしてもけて高い部類に入る。

 例を見ない、と言っていい。

 言うまでもなく、発見されるその可能性も上がるにつれて増すが、上へと登っていくなら当然それだけ、高所恐怖というものがどうしてもつのってくる。

 それは、敵の存在からうける緊迫感ともって、狂おしいまでのはんとして私を襲った。


 それにどうにか、耐え。

 ひとつ、またひとつ、手と足を進めてゆき。

 りじりと郭上きんまで到達すれば、ところがその最上部はねずみがえしのように、すこし外側へとり出している。

 普通ならば、これには手が続かなくてとても登りおおせず、泣く泣くここまでの苦行を逆に、辿たどになっただろう。

 しかし私は、天使だった。

 理力により、かぎ付きのはしごのような物を発現させ、そっとこれをふちに掛けつける。


 何度となくいぐいと力を加え、きちんと掛かったことを確かめると、手でよく握ってからだを持ち上げて。

 り出し幅の都合で、足場なしにらさがるかたちとなり。

 い得ぬむづきが、両足を支配するのをこらえて。

 振らふらと前後にちつかないはしごを、汗でつかみ損ねないよう神経をとがらせて。

 一つ、ひとつ。

 ずしず進み、やがて郭上へ。


 どうにか上がりきった。

 れやれ、なんとか転落せずに済んだが。

 まだ気は抜けない。

 下からうかがったとおりに、二名のすがたが確認され。


 そしてここからは、より慎重に。

 須的ぜったいに物音をてぬよう、須的ぜったいに気配を悟られぬよう。

 そして風が、おもわぬ吹き方をしてくれないよう。


「……」


 その彼らはまだ、気づいていない……まだ、まだだ。


 そんなふうに私は祈りつつ、神経すりらしつつ、身低くにじるように迫るも、ここで私のするべき作業はまだ控えている。

 つまりは真下の門を、開くようにねばならないわけで。

 だから彼らには、ここから居なくなってもらわなければならないし、加えて言うなら、さわいでもらってもならない。


 そう。

 さわがずに、居なくなってもらわなければ、ならないのだ。


 ──シト。シト……。


 それには、そのためにはこうしてしのび、そこにそうして居る彼らの背後まで迫り。

 私の剣の射程圏内に、彼らを取り込み。

 どのように運ぶが良いか、剣の軌跡を頭の中でよくえがき。

 そのねらちがえぬよう、くよくみひらき、大きく息を吸い、止め、そして……。


 ──ドスッ! ビシュッ!


 ……そして、一人はこちらへ気づく前に、もう一人はこちらへ気づいた直後にれぞれ、くびつらぬかれ、くびがれた。

 相手たちは声をあげる間も無いまま、鮮血をふき散らす。


「……ぶはっ、はあっ、っはあ」


 気配をくらますため、止めていた息が盛大に、吐き出され。

 私の詰めていた神経も一気に、解放され。

 何ともえない、ひりつくようなのどさいなみが、起き。

 何ともえない、ぴりつくような全身の焦燥が、襲い掛かり。

 確かに浴びたはずなのに、まるで温度の感じれない返り血の、ぬめりつきだけはするようなでい感が、り。


 そういった、常例いつもどおりの、しかしどうにも慣れない不快を、私が感じたあと。

 次に目にした光景は……こういうもの。


「っ! ……っ」


 ──ヒュウ、ヒュウ。


 二人目のほうはくづおれたあと、何かを言葉にしようとしたらしく、のどにあいた穴からそんな音を、漏らしたが。

 そのまま絶命してしまった。


 ここに今あるのは、かつて二人だったもので。

 ただしもう、何でもいもの。


 ……そんな光景。


 何を、言いのこしたかったのだろうか。

 おそらくは、自らの意志というわけでし、上の者よりめいをただ言い渡されて、このような戦地へとおもむになった。

 あるいはその際、さとには忘れがたき何かを、残してきたかもしれない。

 そうしてこのような、異邦の地の夜半。

 不寝番という、至極面倒な役目にわれて、いそしんで。

 そらしらんできてうやく休める、そんな安らぎの時間が、訪れようとするころ。

 不意に敵は現れ、んまられ。

 我が命まさにうしなわれん、そんないまときと、い成ってしまったこの瞬間。

 いったい何を、言いのこしたかったのだろう、か?


 いずれにせよ、これでまた、ひとつ、ふたつ、唐突に命は、こぼされた。

 それは私より、ずっと、若い命だった。


 ……そうだ、突然の問答無用に命を奪うのは、きっとざんこくな事なのだろう……しかしそうれたくないのであれば、武器など手に取ってはいけない……情けは掛けるべきでないし、こちらが恨まれるのもすぢちがいだ……。


 そんな言い訳を、心の中ですることでしか、この手応えのまわしさも、血をあびた気持ち悪さも、紛らわせるものではかった。

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