5.郭壁・後 ゠ 観察と協力の話

 なんにせよ、そのしたうちには実にまざまな、意味が含まれているのだろうな。

 そんなことを私がんやり考えつつ、剣をしまっていると、男は漏らすようにる。


「……リギシス、だ」


 見たおぼえのない顔だから当たり前ではあるが、聴いたおぼえのない名である。

 それではどこのだれだかわからないから、質問を追加した。


「所属は?」


「……西部師団第よん大隊第いち中隊第小隊」


「西のよん? すぐそこで陣を張っている部隊の隊員が、こんな場で何をしているんだ?」


「お、お前こそ何してんだ」


 ……いや、なあ。

 ほかだれでもない私に、そんな説明を求められるとは、夢にも思わなかったぞ。

 居ないはずの場所にいるだれかさんとは違って、私のそれはどう考えても、明白なはずだろうに。

 それは果たして、説明しないとわかってもらえないか。


 青いな、とあきれるよりしろほほましく、思うものの。

 りとて話をむだながかせても、得は無い。

 素直に教えた。


「このとりでを、攻略しようとおもっているのだが。君もそうなのか?」


「……だったら、どうだってんだ」


「段取りはどうなっている?」


「そんなこと……どうしてお前なんかに、言う必要が有る」


「君のじゃをしてはいけないと思ったからな」


 正味な話をするなら実は、じゃをされたくない、と言うほうが正しい。

 しかしまあそれは、言わぬが花、とうやつだろう。


「……見てのとおりだ。壁の向こうは、なんえねえ。みはりだって、じゃうじゃ居る」


「ああ、そうだな」


「……」


 黙り込んでしまった。


 つまり段取りなど、おそらくおもいついてもいないのだ。

 だからこそ、目標を前にしてただ独り、震えてだけいたのだろうから。


 きっと彼は、私のようにあつめれるだけの情報をまずあつめ、それをっかりぶんせきしつくすという、事を始めるまえに当然るべき手順を、欠かしたのだ。

 いまこの場に、手薄い警備のちかくにとどまっていたなら、入れそうな場所はどこかに無いかと、見つけに周りだけはたのだろう。

 ただ、そこまででとどまってしまったがゆえ、飽くまで薄いだけで無警備ではない現状に対し、打つ手をろくに探すこともきず、途方に暮れるへといたったわけだ。

 かしたら、このまま何もせずに陣へって返すことも、検討していたかもしれない。


 いや、それ自体はべつに悪いことではい。

 自身も量らず方策もさだめず、ただ無謀に行動へ出たところで、そこで待っているものは破滅以外に無いのだ。

 おくびょうさとは、裏を返せば危険予測力の高さ、なわちかしこさのあらわれとも言える。

 にする理由も特段なかった。


 ──ジリッ……。


 私がそんなことを考えていれば、リギシスはとりでのほうへと向き直り、またい入るようににらみ始めてしまう。

 られて私もなんとなく、とりでのほうをながめながら、しかし互いに黙ったままなのもなんである。

 質問をすこし、別のものに変えた。


「どうして独りで陣を離れて、こんな場までくることになってしまったんだ?」


「……」


「何も始まらないぞ、言ってみろ。内分の話なのだったら言いふらさないし、もしこっけいな話だったとしても、鼻でわらったりしないことは約束する」


「……わらい話が前提かよ」


 リギシスはまた小さくしたうつと、つりこぼした。


「エテルマが、もどって……こねえ」


「エテルマ? 君と、同じ部隊の者か?」


「ああそうだ」


「君の、女か?」


「……」


 彼は返事をしなかったが、まあそうなのだろう。

 ゆく不明になったとて、よっぽど大切な人物でもなければ普通、こうして単身こんな所まで、危険を冒しにきたりはしまい。

 そしてもし、それが身内や上官なのだとしたら、りのままに答えるはずだ。

 つまりは、それらに該当しない種類の大切な人物、そういう相手なのであるに違いない。

 もっと言うなら、素直に伝えないとするとそれは、何らかの約束を特にしていない相手、という事すら無きあらず。

 さて、どうなのだろうな。


いつらと、やり合ってる最中だ。エテルマの奴、しちまって……そのまま、はぐれちまって……」


「探しても、元気な姿どころか遺体すら、見つからない?」


「……くそっ」


 ──タンッ。


 それでリギシス、今度はやや配慮するかのように、そっとたんだを踏んだものだが。

 これは。


 よく聞く話である。

 魔王軍に敗れた部隊の、その構成員。

 これがだれ一人として、かんしていないのだ。

 戦場に遺体としてった、ごく少数のそれらを除けば、消息はいっさい確認できていないのである。

 どうなっているかは定かでないが、しかしおそらく、ろくな事にはなっていないのでなかろうか。


 リギシスのおもい人にしても然程あまり、いい想像はきない。

 探せど探せども、大事なひとのゆくに当たらない、それはそれは狂おしかろう。

 悲痛で気の毒なことではあるが、それでも遺体が見つかっていないのなら、このとりでへ収容された可能性は、有る。


 なお一方で、敗戦となってしまったその跡地にて、無念にも発見される天使らの、その遺体。

 これがきちりと、そのおもを天へ向けられ。

 その目も閉じられ、その両手も胸にそろえられ。

 みょうなことに、かりそめにも礼儀正しく、ほうむられたようなていであることが多かった。

 どうしてそのような状態でるかは、完全に不明。

 かといって、ちいち魔族らがそんなことをている、とも考えづらい。

 それはそれで薄気味悪くも、なぞいた話ではあるが、しかし今はそんな話をする場合でもい。


「それで? きるきないは別として、ここへ来てどうしたかったんだ?」


「……」


「エテルマを取りもどす? それとも奴らをらしたい?」


「両方……だっ」


「そうか。なら協力しよう」


「……何?」


「実は私は、裏手のとびらねらい目とみているんだ。ただ、あそこへ見つからずに近づく方法がおもいつかなくて悩んでいるんだが、君はまさかこんな、いちばん危なそうな所から入り込もうとしていたんじゃないだろうな?」


 リギシスは、こちらが何を言っているのかわからない、といったていだ。

 それほど難解なことばを駆使したつもりも無いのだが、つぽつ確認を入れてくる。


「協力する……だと?」


「そう言わなかったか?」


「お前が、おれに……か?」


「ここに君と私以外の、だれが居るんだ?」


「……どうしてだ?」


「仲間だろう?」


「……」


 じゃをされたくない。

 それが本心だったが、それだけでなく助力をも仰げるのであれば、そのほうがはるかに良いに決まっている。


 そんな気持ちから、出た言葉ではあるが。

 これを受けたリギシス、その顔はしばらくの間、見ていてかいになるくらいの百面相を続けた。

 それはかなか終わらなかったが、時間がそう切迫しているわけでもし。

 私もんびり、き合ってみる。


 やがて彼の中で、何らかの折り合いがついたらしい。

 私が心ゆくまで彼の隠しげいたのしんだあと、次に彼からつづいた質問は、その性質をさきほどまでのそれと、明らかにって変えた。


「……ここが最極いちばん、危ない?」


「警備が薄いなら、薄いなりの理由わけが有るものだろう」


「そんなもんか。あんな、にも怪しいとびらがねらい目だって?」


「いちばんに思える、というだけだ。危険には違いない」


「危ねえのにそっから、入るってのか?」


「そうなるな」


「けどそれには、奴らがじゃなんだな?」


「そうだな」


おびき出すのを、おれりゃあいいのか?」


「そうしてくれたら有りがたいな」


ってもそれ引き受けたら、後から中入んの、かなりしんいな?」


「そうかもしれないな」


 会話がここまで進んだところで、リギシスはあかさまに偉そうな顔をした。


「それをどうにかじ込んでくれんなら、ってってもいいぜ」

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